04.イケメン少年を弟子にする
料理屋『豊穣の光』亭は、そこそこ値段は張るが、味はトリストの庶民街で一、二の名店である。
レイチェルはSランク冒険者だけあり、ガッツリ稼いでいる。
一ヵ月で五百万エリネ(一エリネが約一円)は、ゆうに稼ぐ。
すでに貯金額は十桁を上回っており、サンダーワンド伯爵家を再興しようと思えば、彼女の功績も相まって簡単にできる(王宮では金がものをいうのである)。
だが、金を使って男を囲うという発想が、レイチェルにはなかった。
小説でそういう知識は得ているが、こじらせ処女のレイチェルは、ロマンスに、ものすごく憧れているのだ。
あまり食に対するこだわりがないので、普段は美形の男が居そうかどうか、という基準で店を選んでいるが、今回は腹を空かせた子供たちにご馳走をしたいと、確かな店を選んだ。
二階の窓際のテーブル。
昼食にしては遅めの時間のため、二階フロアは空いている。
レイチェルは、二人のために、料理を多めに注文した。
フライドチキン、牛肉の炒め物、サラダ、スープ。
すぐチキンとスープが運ばれてきた。
湯気を立てるチキンをまぶしそうに見る、対面の子供二人。
金髪の子が、ゴクリと唾を飲んだ。
「召し上がってください」
レイチェルの言葉に、二人が同時にチキンが盛りつけられた大皿に、手を伸ばす。よほど空腹だったのだろう。
レイチェルは、勢いよく骨付き肉にむしゃぶりつく二人を、眺めた。
サラサラの黒髪に黒い瞳の子は、カルス。
もう少し前髪を伸ばして眼鏡をかけたら、小説に出てくる美形エリート文官そのままだろう。
もちろん、少なくともあと五年分は年をとらなくては、だが。
ふんわりした癖っ毛の金髪に紺色の瞳の子は、ルイン。
高い鼻に、下がった目尻。甘いマスクだ。
身ぎれいにしたら、小説に出てくる女泣かせの美形貴族という感じになるだろう。
やはり、あと五年は年をとらなくてはならないが。
レイチェルはため息をついた。
なぜ大人になってから現れてくれないのでしょう。
アプロデア様は意地悪ですわ。
レイチェルのため息を気にしたのだろう。黒髪のカルスがチキンを口から離した。
「あの、本当にありがとうございました。それに、こうしてご馳走までしてくれて。今はお金はありませんが、必ずお返しします」
レイチェルは首を横に振った。
ルインへの返答というよりは、将来の美形男子への想いを、振り切ったのである。
とりあえず、五年後にまた会いましょう、と約束をしておこう。
五年間で恋人ができるという保証はないのだから。
カルスはまだなにか言いたそうだったが、目の前の料理の魅力に負け、再び食事に戻った。
二人はよく食べた。
だが、レイチェルが、次々と追加で注文するために、料理が無くなることがない。
やがて、子供たちは大きくなった腹に手を当てて、満足げな息を吐いた。
「ああ、食った食った。俺、このまま死んでもいいかも」
ルインが言った。
「僕もだよ」
カルスも言って笑いあう。
満腹して気が緩んだのか、二人ともすっかり緊張が解けていた。
レイチェルへの警戒心が、無くなっている。
あれ、すごい美味かったな、とか、あんな料理初めてだよ、とかそんな他愛のない会話。
レイチェルは、それを聞きながらも、先ほどフロアに入ってきた青年を見ていた。
目を奪われるほどのハンサムではないが、整っている。
身ぎれいだし、学もありそうだ。
バランスの良い男である。
この子たちの手を借りて、お近づきになれないものでしょうか、とレイチェルは考えた。
例えば、彼らのどちらかにぶつかってもらって、自分が謝りに行く、というような。
しかし、それらの作戦を子供たちに伝えるのが、とても困難そうだ。
レイチェルは口下手である。
レイチェルが、そんな不埒なことを考えている間に、ルインとカルスの注意はレイチェルに向いた。
この、ものすごい鎧を着た美女は、なんなんだろう。
見知らぬ自分たちを助けてくれ、おまけにご馳走してくれた。
ルインとカルスはコソコソ話をした。
レイチェルには丸聞こえだったが、彼女は特に注意を払わなかった。
カルスが、彼女は冒険者で、しかもかなりランクが高いという話をして、ルインがそれなら冒険者について色々聞いてみようぜ、と提案。
「あの、レイチェルさんは冒険者ですよね」
カルスが切り出した。
レイチェルはうなずいた。
一応、顔は子供たちの方へ向けたが、視線の端では、『バランスの良い男』を捕らえている。
意識もそちらに向けたまま。
「とてもお強いように見えますけど、ひょっとしたらAランクなんじゃないですか?」
カルスは昔から冒険者に憧れており、そちらの知識は若年ながら豊富だ。
一般的な冒険者のランクがBからDの間。一握りの有名冒険者がAランク。
レイチェルは首を横に振った。
ルインが露骨にガッカリした顔になったが、気にしなかった。
彼女はそれよりも、『バランスの良い男』が自分を見ていることに気が付いており、いかにさりげなくアピールするかを考えていた。
「じゃあさ、Bランクなの」
ルインが言った。
レイチェルは、これにも首を横に振る。
ルインの失望が大きくなった。
「おい、ぜんぜん、強くねえじゃんか」
カルスに耳打ちする。
「馬鹿、聞こえたらどうするんだよ」
カルスが耳打ちを返す。
ちなみに、レイチェルには完全に聞こえていたが、彼女は気にしなかった。
カルスは、彼女のような若い冒険者ならばCランクが妥当だと思っていたので、失望はしなかった。
むしろ、『完全回復』が使えることの方が、ランクなどよりもよほど重要に思えた。
「実は僕たち、冒険者になるためにこの街に来たんです。でも、冒険者ギルドに行ったら、冒険者登録ができるのは十三歳からだって言われて」
「別に一歳くらいいいじゃないかよ。俺たち、ラビットボール、倒したことあるんだぜ」
「Eランクなら、薬草集めとか、お使いみたいな依頼が多いって聞いています。僕たちだってできると思います」
「なあ、なんかいい方法ないかな。俺たち、冒険者にならなきゃあ、生きてけないんだよ」
レイチェルは、優しく微笑んだ。
笑みは子供たちに向けているが、その実、見せたい相手は、離れた席にいる『バランスの良い男』である。
もう少し、顎を引いた方が良かったでしょうか、などと考えている。
「なんか、方法があるんですね?」
カルスが食いついた。
「ありません。一年後にまた来たら良いです」
にべもなく言うと、レイチェルは『バランスの良い男』の方を見た。
目が合う。
キュンときた。
しかし、相手の方は、そっと目をそらしたので、長く見ていてはいけない、と視線を子供たちに戻す。
子供たちは怒ったような、失望したような顔で、レイチェルを見ていた。
レイチェルは、もう一度、はっきりと言うことにした。
「年齢が達していなければ冒険者になることはできません。家に戻り、一年間しっかりと鍛えてから、戻ってくると良いですよ」
「戻れる家なんかないんだよ」
ルインが怒鳴った。
「俺は口減らしで追い出されたんだから」
口減らし。
兄弟の多い貧しい家では、子供を早めに家から出して、ほかの者たちの食い扶持を確保する。
ルインは五人兄弟の次男。今年は作物が不作で、冬を乗り切るために食い扶持を減らそうと、街へと出された。
彼が冒険者になりたいと常々言っていたことから、両親は、少し早いが、と口減らしをすることに決めたのだ。
レイチェルの注意がようやく『バランスの良い男』から、ルインに向かった。
帰る家がない、だから冒険者になるしかない。
確かに冒険者ほど、結果だけで判断される職業はないかもしれない。
冒険者には、年齢も性別も身分も入る余地がない。
優れた冒険者か、否かだけである。
レイチェルの目が、ルインからカルスに向いた。
カルスには育ちの良さを感じる。彼も口減らしとは考えにくい。
「カルは、俺についてきてくれたんだ」
ルインがカルスの肩を叩いた。
「いい機会だったんだよ。僕だって冒険者になりたかったんだから」
照れたように頬をかいてカルス。それからレイチェルに、黒曜石のような瞳を向ける。
「本当に方法ないんでしょうか。いきなり冒険者になれなくても、なにか、ギルドの手伝いをして、お金を貰えるようなことがあれば」
「そのような制度はありません」
即答したレイチェルだったが、今度は、彼らになにかできることはないか、考えた。
十二歳では働き口は少ないだろう。職人などの弟子入りならば、年若いうちから住み込みで働けるが、冒険者志望で街に来た二人に提案するのは酷だ。
そこまで考えて、ふと、以前読んだ小説が思い浮かんだ。
男爵家の侍女見習いとして入った平民の娘と、男爵の恋愛話である。
見習いとして入った小さな娘が、美しく成長し、男爵が心を奪われる、といような話だった。
レイチェルは、二人の子供たちを見た。
金髪のルイン。成長すれば人目を引く美形になることだろう。
黒髪のカルス。ルインほど目立たないが、秀麗な顔立ち。きっと眼鏡が似合う美形になることだろう。
思えば、今まで自分は焦り過ぎていたのではないだろうか。
じっくりと待つことも重要なのではないか。青い果実が食べ頃になるまで待って……。
とても子供には見せられないような妄想を、頭の中で繰り広げるレイチェル。
だが、はたから見ると物憂げですらあった。
美女の沈思する姿に、二人の子供は侵しがたいものを感じ、彼女が口を開くのを待った。
レイチェルの妄想は、金髪と黒髪の二人の青年に求婚されたところで終わった。
ニヤニヤという笑みが浮かぶところだが、伯爵令嬢として躾けられたレイチェルの表情筋は、ふんわりとした優し気な笑みをアウトプットした。
これに子供二人が見とれた。
「お二人がすぐに冒険者として働くことは無理です。ギルドの制度もそうですが、実力的にも難しいです。薬草を集めているところを魔物に襲われることは頻繁にあります。冒険者の簡単な仕事というのは誰でもできるかわりに、危険があります」
レイチェルにしては長いセリフだった。文節、文節で長い間が挟まったり、言葉尻が切れたりした。
ルインとカルスがなにか言おうとするのを、レイチェルは手で制した。
「私の弟子になると良いです」