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03.出会い

 森。

 紅葉を始めた木々の葉が、日に照らされて鮮やかに映える。


 森を分け入った、木漏れ日の降りそそぐ道で、馬車が横転している。

 馬たちが興奮していななく声。


 それに、咆哮が交じる。

 獣ではない。

 吠えているのは巨人だ。


 身長は4メートル近くあるだろう、トカゲのようなざらついた緑色の肌に包まれた、はちきれんばかりの筋肉。

 長い腕に比して短い脚。大きな手で握るのは、丸太のようなこん棒だ。

 お情けのように薄い髪、小さい頭に尖った耳。

 魔物トロールである。

 

 トロールの前には、腰を抜かす御者と、馬車からなんとか這い出てきた、身なりのよい若者がいる。


 魔物が、若者にこん棒を振り下ろす。

 若者の悲鳴が響く。


 悲鳴は、すぐに終わるはずだった。

 少なくともトロールは、そう思った。

 こん棒でグチャリとつぶれて、お終いのはず。


 だが、なぜかそうはならなかった。

 それどころか、こん棒はトロールから離れていた。


 太い腕とともに。

 

 トロールの切断された腕の断面から、青い体液が、勢いよく吹き出す。

 今度は痛みに吠える。


 若い男とトロールの間に、女が立っていた。

 露出狂鎧ビキニアーマーの赤毛の女。レイチェルだ。


 レイチェルはトロールを凝視。

 正確には、緑の巨人の股間にぶら下がるイチモツを凝視していた。


 先にトロールが動いた。

 残った左腕をぶん、と振り回して、レイチェルを殴る。


 レイチェルが下から剣を一閃。


 振り上げた剣を、カチリと腰の鞘に収め、彫像のように静止したままのトロールに背中を向ける。


 その後ろで、トロールが縦に割れた。


「怪我は?」


 レイチェルは、尻餅をついている若い男に、声をかけた。


 身なりが良く、富裕層であることが見て取れる。

 しかも、中々、ハンサム。レイチェルの守備範囲だ。

 股間から湯気がたっているが、それは見ないことにした。


「大丈夫……ですか?」


 男の前にかがんで、胸の谷間をアピール。

 物語では、こんな風に、命を助けられて恋に落ちるのが王道パターンなのだ。


「あ、ああ、ありがとうございます」


 若い男の視線が、レイチェルの顔と胸の谷間を、行ったり来たりしている。


「怪我は、ないです。本当に助かりました」


「そう。良かったです」


 レイチェルは、手をさし出した。


 その手につかまる男性。


 強い力で引き寄せると、そのままレイチェルの胸に飛び込んできた。

 レイチェルはガッチリとそれを抱きこんだ。


「怖かった?」


「ええ、とても」


 見つめ合う二人。


 これは良い感じなのではないでしょうか、とレイチェルは期待に胸を膨らませた。

 

「旦那様、大丈夫ですか?」

 老齢の御者が声をかけてきた。


「ああ、間一髪だった。君は?」


「問題ありませんです」


 言いながら、御者が、レイチェルにぶしつけな視線を投げる。


「冒険者の方ですかね?」


 この方、邪魔ですわ、と思いながらもレイチェルはうなずいた。


 腕の中の若者が、身じろぎする。

 レイチェルは、仕方なく彼を解放した。


 はっ、と若者が気づいた。


「赤毛に、露出狂鎧ビキニアーマー。ひょっとして、あなたは『狂乱戦乙女バーサクバルキリー』では」


 レイチェルは、しぶしぶ、うなずいた。

 嘘をついてもすぐにバレることである。


「なんと、あのレイチェル・サンダーワンド殿でしたか。国内で三人しかいないSランク冒険者」と御者。

「これはすごい。孫があなたのファンなのです」


 レイチェルの見るところ、若者は彼女に対して、恐怖は感じていないようだ。

 好奇心、それに憧憬のようなものさえうかがえる。


 やはり、この方は運命の相手なのでは……。


 いやがおうにも高まる期待。


「私の妻もあなたのファンなのですよ」


 若者の言葉で、レイチェルの意気は急降下した。

 一気にやる気がなくなった。


「もしよろしければ、フレクラの街までご同行願えないでしょうか。お話を聞かせていただければ、良い土産になります」


 レイチェルは、無言で倒れた馬車に近づくと、それを戻した。


 おおっ、と若者と御者が声をあげたが、気にもとめなかった。


 軽く礼をすると、レイチェルは、左手の親指で円を描いた。

 宙に青い光の円が浮かび上がり、次の瞬間、大きく広がってレイチェルを飲み込んだ。


転移ワープ』の恩恵能力スキルである。


 レイチェルは、木製のドアの前に立っていた。

 賑やかな通りで、後ろで馬車がひっきりなしに行きかっている。


 ドアを開け、中に入る。


 テーブルセットが並び、奥はカウンターで仕切られている。

 その先では、青い制服を着た男女が働いている。


 テーブルについているのは、武器や防具で武装した男女。

 フレクラ街の冒険者ギルドである。


 レイチェルの登場で、店内は静まり返った。その中を、彼女の靴音だけが響く。

 カウンターで書類を整理していた女性が、微笑みでレイチェルを迎えた。


「お疲れさまでした。先ほど、トロールの気配が消失したのを確認しました。さすがはレイチェル様です。報酬はいつも通り、ギルドカードに振り込ませていただきますね」


 レイチェルは、うなずいた。


 この方には、きっと素敵な恋人がいらっしゃるのでしょうね、と、ひがむ気持ちが起こる。


「なにか入用な物はございますでしょうか?」


 Sランクともなれば、冒険者ギルドもなにかと融通してくれる。


「素敵な殿方が欲しいです」

 つい、心の声が口から出てしまった。


「はい?」


 レイチェルは首を横に振って、カウンターから去った。




◇◇◇




 フレクラ街での用は済んだので、すぐに王都トリストに戻った。

 

 まだ昼前。

 とりあえず、武器屋や防具屋に行ってみる。いろいろな場所に行けば、それだけ出会いが増えるはずなのだ。


 新しい武器屋で店主から、レイチェルの愛剣『デステニオン』を見せてほしいと言われ、見せてやったり、防具屋で新作の露出狂鎧ビキニアーマーを見せてもらったり。

 そんなことをしていたら、昼も過ぎて腹もすいてきた。


 若い男たちが行きそうな店を、見繕みつくろって歩く。

 こう、ガッツリとした、食べ応えがありそうな料理を出す店が良い。


 王都トリストは、富裕層の住む中心部と目抜き通り近辺こそ整然としているが、それ以外は、ごちゃごちゃとしていて道が入り組んでいる。


 路地や狭い裏道が多い。

 そんな裏道を歩いていると、「泥棒」という叫び声が、後から聞こえてきた。


 直後に、脇をすり抜けていく影が二つ。子供だ。

 十一、二歳だろう。歩く人々をかわしながら、全力で走っていく。


 それから数秒遅れて、中年男が駆け抜けていく。


 子供たちが無事に逃げきれれば良いな、と思った。


 大抵の街には、裏を仕切る盗賊団がある。王都トリストもその例に漏れず、泥棒や違法取引、風俗などを取り仕切る盗賊団があった。

 この街の盗賊団は、王のひざ元だからか比較的健全で、子供を犯罪に使役することを禁じているので、先ほどの子供たちは本業ではないだろう。

 素人のスリは捕まりやすい。


 レイチェルは、彼らが走っていった方角へ向かった。

 子供がひどい目に合うのは嫌いなのだ。


 子供たちが細い路地に逃げ込み、追跡者が遅れて入る。


 確か、あそこは袋小路のはず。

 レイチェルは少し足を早めた。


 薄暗い路地。

 人一人通れる程度の道幅。

 レイチェルのショルダープレートがときどき、壁をこする。

 板切れやレンガが転がっており、腐敗臭が漂う。


「もう逃げ場はないぞ、ガキども」


 路地の先で中年男が、ゼエゼエとしながら言った。


「覚悟しろよ。俺は、盗賊団に顔が利くんだ。連中にたっぷりヤキを入れてもらうぜ」


「大して入っちゃいないだろうに、しつこい」

 子供の一人が言った。金髪癖っ毛の男の子。手には戦利品らしき小袋を握っている。


「飢えた子供に恵んでくれてもいいと思うけど」

 もう一人の子供。サラサラとした黒髪の男の子。


 二人とも、腰には小ぶりの木剣を下げている。だが、それを使う気はないようだ。


 中年男が、指をボキボキと鳴らしながら、近づく。

 ガッチリとした体つき。子供たち二人を足しても、とても彼の体重には届かないだろう。


 金髪が、後ろの壁に背中をつけて、両手の平を重ねて前に構えた。


 黒髪が走って跳ぶ。

 金髪の構えた手を蹴って、さらに高く跳んだ。

 後ろを塞ぐ壁のふちに手をかけると、スルリとよじ登った。


「ルイン」

 黒髪が手を下に伸ばす。


 金髪が助走をつけて跳ぶ。

 黒髪の手をつかんだ。そのまま壁に足をかけて、引き上げられる。


 そこで、足がつかまれた。中年男が引っ張る。子供たちのつないだ手が離れ、金髪が落ちた。


「逃げろ、カル」

 金髪が叫んだ。


 直後に中年男に殴らて、吹っ飛んだ。


 黒髪が壁から飛び降りて、そのまま中年男の背中に飛びついた。すぐに振り払われる。

 地面に背中を叩きつけられ、咳き込む黒髪。


 中年男が彼の髪をつかんで、持ち上げる。

 そのまま殴ろうと、もう一つの手を振りかぶる。


 レイチェルの手の平が、それを受け止めた。


 そこでようやく、中年男も子供たちも、レイチェルの存在に気が付いた。


 目を見開く中年男。

 肌を大いにさらした女が、いきなり現れて驚いたのだ。


「なんだ、あんた……」


「許してあげてください」

 レイチェルは言った。


 中年男は拳を引こうとするが、レイチェルの手が、ピタリとくっついて離れない。

 その間に、レイチェルは、中年男のもう一つの手、黒髪の子供の髪をつかんでいる方の手を、トンと叩いた。


 中年男の手の平が開いて、黒髪の子が解放される。彼はすぐに金髪の子に駆け寄った。


「盗人の肩を持つってのか、ああ?」


 こういう時に限って、相手はレイチェルのことを知らない。

 説得する言葉がスルスルと出てくるレイチェルはでない。

 可愛そうだから、では相手も納得しないだろう。


 レイチェルは、ふらつく金髪に肩を貸して立ち上がらせている黒髪の子に、目を向けた。

 レイチェルの視線を受けて、男の子が顔を向ける。


 細面で眉目秀麗。

 とても利発そうな顔立ち。あと五年もすれば、レイチェルの大好きなタイプの美形になるだろう。


「お金、返しなさい」


 レイチェルの言葉に黒髪の子は、金髪の子が握りしめている小袋を取り、それを放った。

 あらぬ方に飛んでいったが、レイチェルは中年男を離して、それを取った。

 流れるような動作で、男に小袋を握らせる。


「金を返せばいいってもんじゃねえ。盗みは盗みだ。警兵に突き出しゃあ、焼き印押されて、牢獄行きだ」


「だから許してあげてください」


 レイチェルは中年男を見つめた。


 肌もあらわな美女から見つめられ、中年男はあらぬ気を起こした。レイチェルの腰に手を回し、好色な笑みを浮かべる。


「あんたの態度によっちゃあ、許してやってもいいけどよ。なにせ、こっちは昼飯を食いっぱぐれたうえに、ずいぶん走らされたんだからな」


「どうすれば良いのですか?」


「わかるだろ、ほら。ちょっとばかし、俺と仲良くしてくれればさ。金をとられたことなんてすっかり忘れちまうぜ」


 男の手が下がり、レイチェルの尻を撫でた。

 次の瞬間、レイチェルの肘が、男の顔面にめり込んでいた。


 鼻血を宙にまき散らして、吹っ飛ぶ。

 中年男は地面に転がり、そのまま動かなくなった。


 やってしまいました、とレイチェルは慌てて男のかたわらに、膝をついた。

 嫌悪感からつい攻撃してしまった。死んでいなければ良いのだが。


 幸い生きていた。

 もう半歩、距離が近ければ頭蓋骨を粉砕していたところだ。


 レイチェルは、左手の人差し指を立てると、宙に輪を描いた。

 青い光の円が現れて、それが広がる。

 そのまま人差し指で、中年男を指した。光の円が中年男を囲い込んだ。

 中年男の体が、強く黄色く輝いた。あまりにも強い光のために、路地全体が明るくなった。


「『完全回復フルリカバリー』。それも恩恵能力スキル……」


 黒髪の男の子が、輝く中年男を信じられないような目で見ている。


 レイチェルは、その間に、彼らの側に立っていた。

 輝く中年に見とれる男の子の横顔を見ながら、どうして五年後に現れてくれなかったのでしょう、などと思っていた。


 男の子が、いつの間にかかたわらにいたレイチェルに気が付いて、かばうように、肩を貸す金髪の子を後ろに下げた。


「怪我を見せてください」

 レイチェルは言った。


 黒髪の子は、金髪の子の半分が青くなった顔を見て、それからレイチェルに視線を戻した。その視線が、最後に中年男にいった。

 すでに回復の光は消えかけていた。


「お願いします」


 黒髪の子は言って、ほとんど体によっかかっていた金髪の子をレイチェルに預けた。


 レイチェルは先ほどと同じように、左手の人差し指に宿らせている恩恵能力スキルを、発動した。

完全回復フルリカバリー』は、治癒魔法では最上位である。

 生きてさえいれば、どれほどの大怪我でも治すことができる。

 また、石化や毒、呪いなどの状態異常も治すことができる。


 治癒魔法も使えるレイチェルだが、さすがに最上位の『完全回復フルリカバリー』までは使えない。『上級治癒ハイヒール』がせいぜいである。


 治癒魔法ではなく、一日に三回しか使えない『完全回復フルリカバリー』の恩恵能力スキルを使ったのは、単に魔法を使うのが面倒だったからである。

 どうせ、今日はもう仕事をするつもりはないので、温存しておいても意味がない。


 男の子は、今度は間近で『完全回復フルリカバリー』を見ていた。黄金に強く輝く金髪の子。


「『完全回復フルリカバリー』の恩恵能力スキルなんてあるんですね」

 レイチェルに尊敬の眼差しを向ける。


「二年前に、いただきました」

 レイチェルは言った。


 元は、魔王復活を企む邪教の教祖が、持っていた恩恵能力スキルである。

捕らえた後に恩恵能力スキルの剥奪が行われ、神殿経由でレイチェルに贈られたのである。


「物知りですね」

 レイチェルは言った。


 冒険者や神殿関係者でもなければ、光の強さで『完全回復フルリカバリー』だとはわからないだろう。


「一回だけ、神殿で見たことがあります」


「そうですか」

 

 話し方も、年の割にはしっかりしている。

レイチェルは、なぜ私は二十六歳なのでしょう、と悔しく思った。

同い年とはいわずとも、せめて十四、五歳だったら、絶対に捕まえたのに。


 光が収まった。

 意識が朦朧もうろうとしていた金髪の子も、それで、はっきりと覚醒。

二人でレイチェルに礼を言う。


「お腹、空いているのですか?」


 レイチェルの言葉と同時に、二人の腹がキュルキュルと鳴った。

 二人の顔が赤らむ。


「私も空いています。食べに行きましょう」

 レイチェルは言って、微笑んだ。

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