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02.レイチェル・サンダーワンド

 街灯もまばらな暗い夜道を、露出狂鎧ビキニアーマーを着た妙齢の女性が、歩いている。


 女を狙う質の悪い男たちにとっては、かっこうの獲物だろうが、この街に住む者ならば、誰も彼女を狙おうとは思わないだろう。


 レイチェル・サンダーワンド。

 別名『狂乱戦乙女バーサクバルキリー』をこの街で知らない者など、ほとんどいない。

 今夜、彼女を口説いた若手の冒険者たちは、つい先日、別の街から来たばかりだった。


 冬も間近だというのに、マント一つ羽織らずに白い肌を夜気にさらし、波打つ赤毛を揺らしながら、颯爽と歩いている。


 彼女のことをよく知らない、今夜の一部始終を見ている者がいたら、口説いてきた男を見事に撃退したことに気を良くしているのだろう、などと思ったのかもしれない。


 実際のところ、レイチェルの気は沈んでいた。


 なぜ、うまくいかないのでしょうか。


 そう、レイチェルは、なにもナンパ男を撃退する気などなかったのだ。

 それどころか、お持ち帰りされる気満々だった。


 せっかく、美形が声をかけてきてくれたのだ。金髪サラサラで、目もパッチリしてて、ものすごく好みだった。


 冒険者になりたてなのか、自分のことを知らないらしく、女として口説いてくれた。


 しかも、彼だけではなかった。

 彼の仲間たちもまた、美形ぞろい。

 秀才型の魔法使いは、眼鏡の奥の理知的な目がセクシーだった。

 エルフのちょっぴりやさぐれた感には、エロスを感じた。


 これはひょっとして、噂に聞く、『はあれむ』、というやつなのではないでしょうか、とレイチェルは胸をおどらせた。


 金髪美形と、いたす。

 彼のパーティに入る。なんだかんだで、ほかの仲間たちとも、いたす。

 とても自然な流れである。


 いきなり、エルフと魔法使いが帰ろうとしたので、ムッとして、少し強めにテーブルを叩いたのがいけなかった。


 ひび割れたテーブルを見て、金髪美形が露骨にひるんだ。


 今まで、俺に全て任せておきなよ、いい夢見させてあげるよ、みたいな顔をしていたのに、ものすごく情けない顔になってしまった。


 それでも、レイチェルは、せっかくのチャンスを逃すわけにはいかなかった。


 男が、それも若い美形が誘ってくれるなんて、何年ぶりのことか。

 それも、うまくいけば、タイプの違う三人と、ムフフな感じに。


 レイチェルは攻めた。

 ガンガン攻めた。

 話すのは、とても苦手なのに、できるだけ話した。笑うのも苦手だが、これも頑張った。


 酒も、飲ませた。

 そして飲ませすぎた。金髪美形はつぶれかけ、泣きを入れてきた。

 なんだか、ものすごく悪いことをしている気になった。


 ともかく、同衾どうきんしてみましょうか、と考えて、金髪美形を気絶させ、彼らの宿へ運んだ。


 宿の主人が、犯罪を目の当たりにしたような顔で見ていたが、無視した。


 ベッドに金髪美形を放り込み、その隣にちょこんと座って、彼を起こす。

 目を覚ました彼は、目を見開き、怯え、泣きながら謝った。


 これはもう、なにを言っても無理だ、とレイチェルは思った。

 だから、露出狂鎧ビキニアーマーを脱いだ。

 恥ずかしかったが、脱いだ。


 そしたら、金髪美形はあろうことか、嘔吐した。

 レイチェルは強靭な心の持ち主だが、さすがに泣きそうになった。


 初めてなのに、勇気を出して脱いだのに、うぷっ、おえっ、おぼぼぼ、である。

 

 ベッドごと金髪美形を路上に投げ捨て(壁は破壊した)、逃げるように帰途についた、というわけである。


 レイチェル・サンダーワンドは、伯爵令嬢である。

 いや、伯爵令嬢だった。

 サンダーワンド家は、レイチェルが十歳の時に、取りつぶしになったのだ。

 派閥争いの、帳尻合わせのようなものだった。

 父は処刑され、母は病が悪化し、父の後を追うように死んだ。

 伯爵家に仕えていた者たちは、金目の物を持ち去って、逃げてしまった。


 残ったのは、ばあやのソレルだけ。


「お嬢様。こうなっては冒険者になるより仕方がありません」


 ソレルは昔、冒険者だったこともあり、やたらと冒険者贔屓ぼうけんしゃびいきだった。


 そんなことは誰も頼んでいないのに、レイチェルを鍛えた。

 父にやめろと言われても、密かに鍛えた。母に厳しく叱られても、夜中に起こしにきて鍛えた。


「いつか、お嬢様は、ばあやに感謝いたします。こうして、真夜中に泣きながら素振りをしたことが、必ずお役に立ちますとも」


 そんなソレルだったので、ガランとした屋敷で途方に暮れるレイチェルに、「ばあやは、いつかこの日が来ることがわかっていましたよ」とドヤ顔で言ったのも、無理からぬこと。


 レイチェルは、さすがに頭にきてソレルをののしった。

 こんな時に不謹慎。わかってたんなら忠言しろ。

 口下手ながら、ばあやに精一杯クレームをつけた。


 結果、殴られた。

 頭を軽く叩く、とかそういう感じではなく、顔にパンチを喰らった。

 三メートルくらい吹っ飛んだ。


「いつまで、貴族のおつもりですか。あなたはもはや平民。しかも、身寄りもなく財産もない孤児なのですよ。もちろん、このソレル、孫のように思っているお嬢様を見捨てるようなことはいたしません。きちんと、冒険者として身を立てていけるように、鍛えてあげます。これからは、ばあやではなく、師匠というわけです。ですから、今、お嬢様を殴ったのも腹を立てたからではなく、師に対する礼を欠いたとか、そういう感じのものです」


 レイチェルは理不尽に感じたが、ばあやに理屈は通じないということを、身に染みてわかっていた。

 だから、素直に従った。


 ソレルは、レイチェルを徹底的に鍛えた。今までやらせたかったけど、伯爵夫妻の目があってできなかったような無茶な鍛錬を、バンバンやらせた。

 その甲斐もあり、レイチェルは強くなった。


 ソレルは、レイチェルを鍛えるとともに、彼女に世知辛せちがらい世の中を渡っていくための処世術を、教えた。

 その一つに、こんなものがあった。


 男を信用してはいけない。

 彼らは、女を犯すことしか考えていないクズである。

 やるだけやって飽きたら捨てる、そういうゴミどもである。

 婚約者がいながら平気で浮気をするカスである。

 既婚者でありがながら、他の女との間に子供を作るゴキブリである。


 男は利用するもの。信用したり、愛したりするものではない。


 その訓戒には、ソレルがかつて恋人や夫に浮気された過去話が付随しており、最後は「フィリップ、死ね」とか「ルシフル、死ね」とか、怒声をあげながら大地や壁に正拳突きをして終わる。


 ソレルのそんな訓戒のせいで、レイチェルは男を敬遠するようになった。


 冒険者デビューしてから、何度も声をかけられたが、そのたびに、彼は私を騙して犯すつもりに違いありません、と恐怖を感じて先制攻撃で相手を殴った。


 ソレルの教えの一つにあった。

 られる前にれ、である。


 何事も機制を先することが重要。

 相手の攻撃の前に叩く。

 いや、相手が攻撃の意志を持った瞬間に叩く。

 いや、相手が攻撃の意志を持ったかどうか、少し微妙でも、とりあえず叩く。

 

 ソレルは、オールラウンダーの冒険者であった。

 ギルドの幹部も務めたことがあるという凄腕である。

 どのような武器も使いこなせたし、当然、格闘術もたしなんでいた。

 それだけではなく魔法も使えた。攻撃魔法も防御魔法も治癒魔法もである。


「結局のところ、信用できるのは自分の力だけです。一人でなにもかもできるようになりなさい」


 気が付けば、レイチェルはソロの冒険者としてSランクになっていた。

 そして、気が付けば、『狂乱戦乙女バーサクバルキリー』などという異名まで、つけられていた。


 その、ばあやであり、師でもあったソレルはもういない。


 死んだのではない。

 五年前に、真実の愛を見つけたと言って、ずいぶんと年下の男と結婚して出ていったのである。


 あれほど男をさげすんでいたのに、「男といっても人それぞれですからね。誰もがフィリップやルシフルやエリオットやカイゼンやロックドックのようなクズというわけではありませんよ」などとシレッと言ったのだ。

 しかも、「お嬢様もいつまでも冒険者などとヤクザな生き方をせず、もうそろそろ身を固めては?」などと、ふざけたことまで言った。


 さすがのレイチェルも、これにはキレた。


 師弟の激闘。

 おかげで屋敷が半壊した。


 だが、ソレルがいなくなったおかげで、レイチェルは解放された。

 なんだかんだといっても、幼少時から世話をしてくれたソレルを、慕っていた。

 ばあやをガッカリさせたくない、という気持ちがあり、あの人、とても優しそうで素敵、などと思っても、すぐに振り払ってきた。

 どんな美形でも、ぶん殴ってきた。


 とにかく男のことをもっと良く知ろう、と屋敷の書庫にある、それっぽい本を読み漁った。

 母が恋愛小説好きだったこともあり、参考書にはことかかなかった。


 読んでいるうちに、恋愛というものに憧れを抱くようになった。


 素敵な男性と恋愛したい。キスとかしてみたい。その先もしてみたい。あんなことやこんなこともしてみたい。

 妄想ばかりが膨らんでいった。


 ところが、である。

 いざ、実践を、と勇気を出して、盛り場に行ってみるも、くだんの恐ろし気な異名のせいで、男が全く寄り付かなくなっていた。


 まずは、男嫌いというイメージを払拭ふっしょくしなくては、とレイチェルは考えた。

 どうすればいいだろうか。


 今まで寄ってくる男を片端から殴ってきたので、生半可なことではくつがえらないだろう。


 男好きっぽい姿をしたらどうだろうか。


 あら、最適なのがあるではないですか、ということで、身に着け始めたのが、露出狂鎧ビキニアーマーである。


 どこに需要があるのかわからないこの防具が、レイチェルの用途にとっては、最適だった。

 こんなものを、男嫌いの女が装備しているわけがないのだから。


 さすがに、最初は恥ずかしかったが、そこはSランク冒険者である。


 魔物との激闘の末、全裸に近い姿で街まで戻る羽目になったこともある。

 それを思えば、大事なところはしっかり隠せているわけだし、見るからに戦士といういでたちである。不審者に間違われることはない。


 こうして、レイチェルは露出狂鎧ビキニアーマーを装備するようになった。


 だが、これで私の体に殿方の視線が釘付けになることでしょう、とドキドキワクワクしながら、酒場に入ってみるも、なぜか、視線は集まらなかった。


 それどころか、露骨に目をそらされている気がした。へんな緊張感もあった。


 慣れない恰好で、慣れない場所に来たせいでしょうか、とレイチェルは思った。

 だから、馴染むために、やたらといろんな酒場に出入りするようになった。


 母の蔵書には、かなり大衆的なものもあり、冒険者や平民の物語も多かった。 

そうしたものの中には、酒場で一人飲んでいる女は、すぐ声をかけられる、といのは常識のようになっていた。


 しかし、おかしい。

 いくらレイチェルが一人で飲んでいても、閉店まで誰も声をかけてこない。


 いや、たまに酔っ払いが声をかけてくることはあったのだが、すぐに我に返り、命ばかりはお助けを、というような感じで謝罪してきた。


 待っていても駄目だ、とレイチェルは思った。

 このままでは、どんどん年を取っていっていくだけ。自分から行かなくては。

 そんな決意のもと、好みの男性に声をかけてみたこともある。


「あの、すみません。なにか、お気にさわりましたでしょうか? どうか、お許しください。少しですが、これでどうか、どうか」などと泣きながら財布を渡された。

 

 レイチェルは口下手である。

 こんな場面で出てくる言葉がない。無言で立ち去るしかない。


 結果、『狂乱戦乙女バーサクバルキリー』に因縁をつけられ、あわや殺されるところだった、というような噂が流れることになった。


 それならば、連れのいる相手に声をかければ、とやってみたものの、やはり因縁をつけられたと誤解され、鬼気迫るような謝罪へとつながった。


 レイチェルは諦めなかった。

 彼女は不屈の精神の持ち主だった。

 何度、謝罪されても、命乞いのちごいをされても、男に声をかけたり、声をかけやすいような退屈そうな雰囲気で飲んだり、と努力を惜しまなかった。


 この五年間、そんなことばかりしていた。むしろ、そのついでにドラゴンを倒したり、小国を救ったり、魔王の復活を阻止したりしていた。


 何度かチャンスはあった。

 今日のように、街に来たばかりでレイチェルのことを知らない相手と。

 あるいは、レイチェルの勇名がとどろいていない、遠い場所で。

 

 ことごとく、失敗した。


「私はもう乙女ではありませんから」と、胸をそらして『狂乱戦乙女バーサクバルキリー』の二つ名を、返上することはできなかった。



 レイチェルの街、トリストはガイラス王国の王都である。

 街の中央に王城が建ち、その周辺に貴族たち上流階級の屋敷が並んでいる。


 レイチェルの家も、その一つだった。

 実は伯爵家が取りつぶしになった際に、一度、召し上げられてしまったのだが、譲渡する先も決まらず、老婆と子供が住んでいるだけなら、と見逃されていたのだ。


 レイチェルが勇名を馳せるようになると、報酬代わりに、再び下賜かしされた。

 

 荒れ果てた庭を横切り、半壊したままの屋敷へと向かう。

 平民の家とは比べるべくもないが、貴族の屋敷としては小さめである。

 王都に滞在する時だけの住まいだったので、侯爵以上でもなければ、どこも似たり寄ったりである。


 扉が半分しかない玄関を抜け、彫像が横倒しになった玄関ホールの階段を上る。

 荒れ果てた一階に比べ、二階はまだ掃除されている。


 ニャアニャアと猫たちが寄ってきた。

 ワンワンと犬も寄ってきた。

 ガサリガサリとデススコーピオン(金属のような銀の巨大サソリ。Bランク魔物)も寄ってきた。


 死にかけた子犬や子猫を拾って、世話をしているのだ。

 デススコーピオンは、ソレルが趣味で飼っていたものである。


 レイチェルは、彼らに慰めてもらいながら、素敵な殿方もどこかに捨てられていないものでしょうか、などと考えていた。

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