18.初めてのスキル
恩恵能力を宿すことができるのは、手の指だけである。
指をすべて使って、最大十個の恩恵能力を宿すことができる。
恩恵能力を得るためには、恩恵を受ける神の神殿へ、行く必要がある。
そこで神託を授かり、試練を課せられる。その試練を越えることにより、恩恵能力を宿してもらえるのである。
「そろそろ、君たちも恩恵能力を宿していきましょう。宿したい恩恵能力は考えてありますか?」
レイチェルの問いに、道具箱、と二人同時に言った。
「俺は絶対に、道具箱がいいな。すごい便利じゃん」
「魔法にはないからね。冒険者には絶対必要な恩恵能力だよ」
レイチェルは、うなずいた。
「はい。とても役に立つ恩恵能力です。君たちなら、道具箱の小ならば、すぐにでも宿すことができると思いますよ」
「ですが、道具箱は、最小サイズでもCランク魔物一万体倒さなくてはならないんじゃ……」
「Cランクで一万、Bランクなら千、Aランクなら百体撃破です。私の計算では、すでにそれぞれ条件を満たしているはずです」
ここ一年は、三日に一度は、異界迷宮の攻略に出ている。
もちろん、毎回、攻略まで行くわけではないが、それでも異界迷宮は、魔物の出現数が多い。一回で百体近く倒すことも、ざらである。
「そんなに倒したのか、俺たち」
感心するルイン。
「神託を授かってから、試練が始まるんじゃないんですか?」とカルス。
「いえ、すでに条件を満たしていた場合、試練を受けずに恩恵能力を宿してもらえます」
「それじゃあ、俺たち、すぐに道具箱が宿せるってことかい?」
うおおっ、とルインが喜んだ。
カルスも嬉しそうだ。
平静を装っているが、口元がニヤニヤしている。
「師匠も、そういうことは、もっと早く言ってくれよ」
「あまり早く恩恵能力を宿さない方が良いです。一度、恩恵を受けた指は、その神の恩恵以外を受けることはできません。自分に必要なものがなんなのか、きちんと考えた方が良いです」
「道具箱は、絶対決まりさ。師匠、これから神殿に行ってもいいかい?」
ルインは、もう、いてもたってもいられない様子だった。
王都には戦神、知恵神、技神、愛神の四大神すべての神殿が建っている。
恩恵を受けようと思えば、すぐにでも、受けにいくことができるのだ。
「分かりました。では、一緒に行きましょう」
「子供じゃないんだから、俺たちだけでも大丈夫だよ。なあ、カルス」
「いや、師匠に来てもらおう。僕たちだけだと不安だよ」
カルスは言った。
本心からではない。
ルインの言葉に、レイチェルがとても切なそうな顔になったので、気を利かせたのである。
「ああ、それもそうだな。やっぱり師匠にも来てもらう」
ルインも、カルスのアイコンタクトを受けて、すぐに意見を翻した。
「そうですか。では一緒に行きましょう」
嬉しそうな顔で、レイチェルが言った。
ルインもカルスも、その顔に弱い。
さっそく技神ヘルミッサーの神殿へ向かう。
とはいっても、レイチェルの恩恵能力を使えば一瞬である。
◇
「『転移』もいいよなあ」
「『転移』は神殿では宿してもらえませんよ」
「そうなのかい? じゃあ、師匠はどうやって『転移』を手に入れたのさ」
「邪竜を倒した際に、エルフから譲っていただきました」
恩恵能力は、その恩恵を与えている神の許しを得れば、譲渡することができる。
レイチェルの恩恵能力のいくつかは、そうして宿したものだ。
技神ヘルミッサーの神殿は、王都の城に、ほど近い場所にある。
これは技神が特別というわけではなく、ほかの三神の神殿も同様である。
王国の祭事の際、王が神殿に赴いたり、逆に大神官が城へ赴くこともある。
近い方が、互いに便が良いのだ。
技神ヘルミッサー神殿は、青と白石を組み合わせて建てられた美しい建物で、壁や柱に様々な彫刻が施されている。
彫刻家のほとんどは技神を信仰しており、神殿のどこかに彫刻をすることは、神への感謝を意味している。
もちろん、宣伝にもなるので、新しい神殿が建てば、たくさんの彫刻家が押し寄せることになる。
玄関口の大扉は開いており、その先は、技神ヘルミッサーの大彫像が建っている、玄関広間となっている。
正方形の磨き抜かれた床石。
天窓から降りそそぐ光が、白石で作られた技神の大彫像を輝かせている。
技神ヘルミッサーは、巻き毛の美青年。
半裸で槌を手にしている。
どことなく雰囲気がルインに似ており、カルスがそれを指摘。
レイチェルも、うんうん、と、うなずいた。
「そうかなあ。自分じゃあ、分からないけどな」
金色の巻き毛をかき回す。
カルスとともに、身長はグングン伸びている。
今のところ、ルインの方がカルスよりも五センチほど高い。
すでにレイチェルを追い抜いてしまった。
日々の鍛錬の甲斐あって、その体つきはたくましくしまっており、十四歳には見えないほどだ。
美少年は、順調に美青年へと進化を進めており、街を歩けば、すれ違った少女たちが高確率で振り返る。
それは相棒のカルスも同様。
こちらは眼鏡をかけるようになって、知的な雰囲気が増している。秀才然とした雰囲気の美少年だ。
カルスが、自由時間の際に入り浸る図書館では、密かに少女たちの噂になっている。
露出狂鎧を着た美女と、美少年二人の取り合わせは技神神殿でも、注目を集めた。
だが、露骨な視線はなかった。『狂乱戦乙女』は、畏怖される存在なのである。
大彫像を迂回して奥に行くと、受付がある。半円形の白石の長机に、女性が三人ついている。
技神神官の青い神官衣を着ている。
「こんにちは、レイチェル様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
神官女性の一人が、言った。
「弟子二人に、恩恵を授けていただきに参りました。よろしくお願いします」
よろしくお願いします、と弟子たちが頭を下げる。
「ちょうど、空いている『祈りの間』があります。こちらへ」
受付の神官女性に連れられて、通路を進む。
「レイチェル様のお弟子さんたち、評判ですよ」
「そうなのですか?」
「はい、主に女の子たちが噂をしていますよ」
レイチェルは、誇らしいような、腹立たしいような、複雑な気持ちになった。
ルイン君とカルス君の魅力は、見た目だけではないですわ、などと思うのだが、レイチェル自身も美形に弱いので、人のことはいえない。
案内された部屋は、何もない部屋だった。奥の壁が水面のようになっており、鏡のように部屋を映している。
そこに時折、波紋が浮かんで、鏡を揺らす。
「恩恵能力についての説明は、必要でしょうか?」
神官女性が、レイチェルに言った。
レイチェルは首を横に振った。
「二人とも、道具箱の恩恵能力を欲しています」
「わかりました。では、お一人ずつこちらへ」
神官女性の言葉に、ルインが前に出た。水面のような壁の前に立つ。
「『神域の窓』に両手を当ててください」
ルインは、『神域の窓』というらしい水面に、両手を当てた。
水面に大きな波紋が起こる。
だが触れているルインは、不思議な感覚だった。
なにも感触がないのだ。
代わりに、陽光を受けた時のような、温かみを感じる。
これでいいのか、とレイチェルを振り返る。
大丈夫です、とレイチェルが小さくうなずいた。
「では、私と同じ文言を唱えてください」
「は、はい、お願いします」
「神域におわします、技神ヘルミッサー様。どうか私のこの指に……」
そこで神官女性は、一度、言葉を切った。
「ここで、技神様に捧げる指を立ててください。どうか私の、この指に、道具箱の恩恵をお授けください」
ルインは、神官女性の言葉をなぞるように、繰り返した。
立てた指は、左手の親指である。
だが、なにも起こらない。
ルインは不安になって、もう一度、振り返ろうとした。
「動いてはいけません」
神官女性の叱咤。
はいっ、とルインは固まった。
三分間ほど経った頃、ルインの立てた親指が、青く光った。
えっ、と神官女性が、素っ頓狂な声をあげる。
ルインの親指の輝きは、すぐに消えた。
もういいかな、と振り返る。
「終わりました。これで、ルイン君は『道具箱』持ちです」
呆気にとられている神官女性の代わりに、レイチェルが答えた。
「あの、ひょっとして、すでに試練の条件を満たしているのですか?」
「はい。そのはずです。ルイン君、恩恵能力を使ってみてください。指で円を描けばいいだけです」
ルインは言われた通り、左手の親指で宙に円を描いた。
すると、その軌跡に、青い光線が引かれた。青い輪の中に、黒い円ができる。
ルインは、そこに腰に下げている財布の革袋を、投げ入れた。
すぐに黒円が消える。
よしっ、とルインはガッツポーズをとった。
「小の道具箱は、ちょうど、この部屋くらいまでしか入りません。入れ過ぎないようにしてください。それから、時間も緩やかですが流れます。外の三分の一程度の速度です。別々に入れたものは干渉しあいません」
レイチェルが事細かに説明する。
最後に、なにか補足はないか、と神官女性を見るが、彼女はその通りです、と一言いうだけですんだ。
ルインに続いて、カルスである。
ルイン同様に、『神域の窓』の前に立って、両手を中に入れる。
神官女性の言葉をそっくり覚えており、彼女が言う前に、恩恵を願う言葉を唱えてしまった。
カルスは、左手の人差し指である。
やはり、三分間ほど時間をおいてから、人差し指が青く輝く。
今回は、神官女性は、驚かなかった。
ただ呆れたような顔で、レイチェルを見ていた。
「もう一つ、恩恵能力を宿したいのですが」
道具箱を試した後に、カルスが言った。
神官女性ではなく、レイチェルに、である。
「どんな恩恵能力を宿したいのですか?」
「『念話』です」
「なるほど。良い選択だと思います」
レイチェルは、うなずいた。
「それって、どんな恩恵能力なんだ?」
「頭の中で会話できるんだよ。戦闘の時に便利だと思って」
「へえ。そんなことができるんだ。便利だな」
「『念話』は一対一の会話になりますが、『上級念話』は複数の相手と同時に対話が可能です。どちらも、『念話』保持者が、つないでいる間だけですが。ただ、『念話』は『心言葉』の上位に当たる恩恵能力なので、まずは『心言葉』を宿さなくてはなりません」
神官女性が面目躍如とばかりに、説明する。
「『念話』は、せいぜい半径十キロ程度の効果範囲ですが、『上級念話』は距離は関係なく、会話をすることができるはずです。ただ、異界迷宮と外のような、時間の流れが異なる相手とは、つながることができません」
レイチェルが言った。
神官女性がしまった、というような顔をした。
レイチェルに補足されたことを、気にしたのだ。
「すごいな。それなら、どんなに離れてても、カルや師匠と話せるじゃないか。俺もそれを宿そう」
ルインが言った。
「そうですね。私もこの機会に宿しておきましょう。以前も、『念話』までは宿したことがあるのですが、『上級念話』は、試練を越えられず、別の恩恵能力を宿してしまいました」
「師匠が越えられないって、すごいなあ。どういう試練だったんだい?」
コホンコホン、とカルスが咳払いした。
察しろよ、と目配せする。
ルインには、通じなかった。
「『上級念話』の試練って、どういうものだったんですか?」
神官女性に聞く。
「それほど難しいものではありませんよ。『念話』を二年間、一日十分、毎日行うだけです」と神官女性。
あっ、とルインは、レイチェルの事情を、ようやく察した。
相手がいなかったのだ。
「友人や恋人、家族などがいれば、そういう方と行うと良いですよ」
神官女性が、さらに駄目押しする。
ルインが、恐る恐るレイチェルの顔を見ると、ものすごく寂しそうな顔。
ルインの胸は、しめつけられた。
「だったら、みんなでやろうよ。そうしたら、楽しそうじゃん」
ルインは、明るい声で言った。
レイチェルの顔が輝く。
「はい。そうしましょう。それがいいです」
さっそく、ルインとカルスは、『心言葉』を授けてほしいことを、『神域の窓』にて願った。
今度は指は光らず、『神域の窓』に文字が現れた。
――――――
汝、言葉をあふれさせよ。
――――――
「どういう意味なんですか?」
「何でもよいので、言葉を十万回発するというものですね。ひとり言でも大丈夫ですよ」
ルインの問いに、神官女性が、すぐに答える。
「短く言いやすい言葉で、朝晩千回くらいずつ唱えれば、五十日で条件を達成できますよ」
「私は当時、心がやさぐれていたので、ソレル死ね、と唱え続けました」
レイチェルの言葉に、ほかの三人は、うわっ、と引いた。
「では私の番です」
レイチェルが言った。
「師匠は、どの指に宿すんですか? 全部、埋まっていますよね」
「『特別脱出』です」と、レイチェルが右手の中指を立てる。
「『死神の鎌』の方が使い勝手が良いので」
「だ、駄目ですよ。そんなレアな恩恵能力を上書きしては。少々お待ちください。今、仮譲渡先を探してきますから。本当に、待っててくださいね」
女性神官が言って、慌てて出ていった。
「『特別脱出』って、そんなに凄い恩恵能力なの?」
「確か、『脱出』が異界迷宮の玄関口に転移できるもので、『上級脱出』は一度、脱出したポイントに、また戻ることができる。『特別脱出』は、その上位なんだろうけど」
物知りなカルスも、どういう能力があるのか知らなかった。
「『特別脱出』は、異界迷宮の自由なポイントに脱出ポイントを複数設定できます。玄関口まで戻らなくても、階層に下りた階段まで戻るとか、そういう使い道があります。ただ、『死神の鎌』はどこにでも自由に移動できるので、こちらの方が上位です」
「宿すための試練が、ものすごく大変そうだなあ」
「そうでもありませんよ。異なる千の異界迷宮での『上級脱出』の使用です。ただし、一つの異界迷宮で脱出と復帰を必ず一往復すること、です」
「千……」
「無理だろ、それ」
呆れるカルスとルイン。
レイチェルが、首をかしげる。
「そうですか?」