01.ビキニアーマーを着た最強喪女
酒場である。
それも、際どい服装のウェイトレスがいるような、店である。
にぎわう店内には、一般人とは少し雰囲気の違う者たちが多い。
服装は金属鎧の者から、ダボっとしたローブの者まで種々雑多。男ばかりかといえば、そうでもなく、客の三割程度は女性である。
冒険者。
主に戦うことを生業とする者たち。この『三日月を喰らう』亭は冒険者御用達の店なのである。
そんなテーブルの一つで美形男子が仲間と酒を飲んでいた。
金髪碧眼、まつげが長く、パッチリ二重に、通った鼻筋。小顔な上に体つきは細身筋肉。
周囲のテーブルの女性たちが、チラチラと彼を見ているのも、うなずけるほどの美形オーラが漂っている。
ちなみに、彼はこの物語の主人公でもなんでもないので、名前はない。
ただの美形冒険者Aである。
「いやあ、俺たちも、あと少しでCランクだな。いい調子じゃねえか」
小柄で色白で痩せ形の男が、ビールを、グビリ、と飲んだ後に言った。
耳が尖っている。エルフである。
彼もエルフだけあって、美形だが、隣に座る美形冒険者Aに比べると明らかに見劣りする。
「やっぱり、俺が天才だからかね」
ガハハと笑う。
里を飛びだして、外の世界に染まりすぎてしまった感じの、エルフである。
「まあ、順調だと言えるでしょうね。もっとも、僕たちの実力からすれば、当然の結果ですが」
眼鏡をクイッと上げて、とんがり帽子にマントの青年が言った。
魔法使いである。目元のクマが気になるが、彼も中々の美形である。
「この調子で一気にAランクまで駆けあがっていこう。次は、Cランクの依頼を受けようと思う。それでランクアップだ」
美形青年Aが言った。彼がこのパーティのリーダーなのである。
おう、と二人の仲間がグラスを掲げた。結成してからまだ二ヵ月程度しか経っていないが、彼らのパーティは順風満帆。
少しばかり調子に乗っていた。
「となれば、今夜は景気づけに派手にやろうぜ。女が欲しいな」
エルフが言いながら、店内を見回した。
ナンパする女を見繕う。彼は、同族に比べて肉付きのいい人間の女が、大好きだ。
「まったく、仕方のない人ですね」
魔法使いの青年が苦笑いした。だが、彼も若い男で女好き。
カウンターの隅で、一人、酒を飲む女性に向けて顎をしゃくる。
「彼女なんてどうです? 体に自信のあり、なおかつ淫乱だろうと推測がつきます。なぜなら露出狂鎧を着ていますからね」
「おっ、いいねえ。よし、行ってこい、リーダー」
エルフが、バンっと美形冒険者Aの背中を、叩いた。
美形冒険者Aは、しょうがない奴らだな、という顔で席を立った。
仲間たちの士気を保つのも、リーダーとしての役目である。
彼は、戦士としての腕は今一つ、というか、明らかに弱い。
そこそこ優秀な二人の仲間に比べて、明らかに劣っている。
だが、彼は一つだけ、強力な能力を持っていた。
能力と言っても、戦神、知恵神、技神、愛神の恩恵である恩恵能力とは無関係。
だが下手なスキルよりもずっと有用な能力。
『女殺し』。
ただそこにいるだけで、女性から意識され、軽く微笑んだだけで、好意を持たれる。
この能力を使い、彼は様々な場面でパーティに利益をもたらしてきた。
美形冒険者Aは、カウンターの露出狂鎧の女性に近づいた。
顔は分からないが、肩甲骨まで伸ばした波打つ色鮮やかな赤毛が、白い背中を彩る様は、とても艶っぽかった。
「こんばんは、お嬢さん」
カウンターに手をかけると、美形冒険者Aは、柔らかな口調で言った。
微笑をたたえた顔は、キラキラと輝いてさえ見える。
「よければ、僕たちと一緒にどうですか? 男ばかりでむさくるしく思っていたところなんです。あなたのような方とご一緒できれば、とても美味しく酒を飲めるのですが」
ストレートに言った。
彼の容姿は、下手な技巧など必要としないほど突出しているのだ。
露出狂鎧の女性が、顔を向けた。
美形青年Aは、思わず息を飲んだ。
炎のような赤毛が彩る相貌は、想像以上に美しかった。
年齢は二十台半ばだろうか。
大きな切れ長の目が特に印象的だ。
不思議なことに、彼女が着ていると、豊かな胸を強調してやまない露出狂鎧が、まるで下品な感じがしない。
露出狂鎧の女性は無言だった。
青紫色の瞳で、美形青年Aを見つめる。
だが、『女殺し』は、伊達ではない。
美人に慣れている美形青年Aは、予想外の獲物に歓喜こそすれ、相手が落ちない、とはつゆほども思わなかった。
「驚きました。こんな美しい方だったなんて。アプロディヤかと思いました」
美形青年Aは、あまり教養があるわけではないので、愛神アプロデアの名を、間違えて覚えていた。
だが、彼の美形笑顔は、そんな言い間違いなど、関係がない。
現に露出狂鎧の女性の顔に、恥じらいの朱がさした。
「アプロデア」
女性がボソリとつぶやく。
「えっ、なんです?」
美形冒険者Aが、ここぞとばかりに顔を近づける。
女性の顔が真っ赤になった。
落ちた、と美形冒険者Aは思った。
「実は僕たち、まだまだ新米冒険者なんです。あなたのような人に、色々と教えていただければ助かります」
顔を近づけたまま、ささやくように言う。内容は重要ではない。
距離が重要なのだ。
「さあ、僕たちのテーブルへご案内します」
美形冒険者Aは女性に手を差し伸べる。
その手がギュッと握られる。
思った以上に強い力に、美形冒険者Aは驚いたが、女戦士なら当然か、と気にもとめなかった。
彼女が腰にさした剣は、柄から凝っている。かなりの業物だろう。
美形冒険者Aは、露出狂鎧の女性を連れて、テーブルに戻った。
彼は冒険者として、あまりにも未熟すぎた。
それなりに経験を積んだ冒険者ならば、カウンターに座っているのが彼女一人であることを、不審に思っただろう。
また、近くのテーブルの、見るからに強者パーティという冒険者一行が、彼女に遠慮するかのように静かに酒を飲んでいたことを、警戒したことだろう。
なによりも、彼が露出狂鎧の女性に近づいた時、店内に異様な緊張が走ったことに気づいたはずだ。
だが、美形冒険者Aは、冒険者として未熟なだけでなく、周囲の雰囲気に鈍感でもあった。
まるで貴族の令嬢をエスコートするように、露出狂鎧の女性を、仲間たちの待つテーブルへと連れて行く。
エルフが、歩くたびに揺れる彼女の胸に、だらしなく顔を歪め、魔法使いがくびれた彼女のウェストを凝視する。
美形冒険者Aは仲間たちにウィンクし、手柄をアピールした。
自らが招いたのが、戦神の娘『戦乙女』の異名を持つ、Sランク冒険者だとは、思いもよらなかった。
◇
一番最初に彼女に違和感を感じたのは、エルフだった。
彼女が席について、あらためて乾杯したあと、不意にゾワリと、薄い体毛が逆立つような気がした。
なにか分からないが、ヤバい。
そういう感覚。
一般的なエルフの寿命は三百歳。
成人年齢は五十歳。
最初の五十歳まで成長し、二百歳くらいから徐々に老化が始まる。そのため、エルフは、圧倒的に若者の姿形をしている者が多い。
彼は百歳前後だった。
エルフとしては、若い方である。
だが、成人してからすぐ里を出た彼は、生まれ故郷にこもり続けるエルフに比べ、様々な経験を積んできた。
そして経験は、直感の精度を上げる。
彼は、露出狂鎧の女性を、あらためて見た。
女戦士ならではの、引き締まった体。
そのくせ、胸やら尻やらの肉付きはとてもいい。特に胸は素晴らしい(彼は、同族には存在しない、胸の谷間をこよなく愛している)。
顔は、人間の女性にしては整っている。
目つきが鋭いところはエルフっぽい(エルフは目尻がつり上がった、三白眼が多い)。
だが、彼の直感が告げているのだ。
この女、なにかが、ヤバい、と。
「なあ、考えてみたらよ。俺たち、こんなことしてる場合じゃないんじゃねえかな。ほら、明日、Cランクのヤマを受けるんだろ。今日はこの辺でお開きにして、明日に備えねえか?」
エルフは言った。
「言っていることが先ほどと真逆じゃないですか。今日は景気づけに派手にやるんじゃなかったんですか?」
魔法使いが不審な顔をする。
「いや、ほら、ちょっと頭が冷えたっつうか。なんつうか」
エルフは、彼女をチラリと見て、言った。
「どうしたんですか? あなたの大好きな谷間がありますよ。しかもあんなに深い」
魔法使いが耳打ち。
ゾワワっとエルフの体毛が、さらに逆立つ。ヤバさが増した。
彼女の視線が、自分の顔に突き刺さっているのを感じる。
この感じ、俺は知ってるぞ。
ドラゴンだ。
彼が冒険者を始めて最初に組んだパーティ。
ある日、偶然、ドラゴンと出会った。
運よく、ドラゴンは人間たちを見逃してくれたが、あの時の恐怖は、体の芯に残っている。
今のこの感じは、ドラゴンが真っ赤な目で自分たちを見ていた時の、あの感じに似ている。
大した獲物じゃない、だが、一応、喰っとこうかな、でも、歯に服が詰まったら嫌だなあ、というような。
「おいおい、こんな綺麗な人を前にして、緊張してるのかい? らしくないよ」
美形冒険者Aが言った。
ドラゴンの視線が、よそへ移ったのをエルフは感じた。
よし、あとは気配を消して、空気に徹するんだ。そして、隙をみて、いつの間にか姿を消す。
「彼はエルフにも関わらず、人間の女性が大好きなんですよ」
美形冒険者Aの言葉で、彼女の視線が再びエルフにいった。
てめえ、俺の話題を出すんじゃねえ、とエルフは心中、仲間を罵った。
「本当にどうしたんだよ。なんだか、おかしいぜ」
美形冒険者Aが、心配そうな顔をする。
だが、それは優しい自分、をアピールするためのものだ。
なぜなら仲間たちは、女のいないところで、彼のそんな心配顔を、見たことはないのだから。
そこで、魔法使いの青年が、違和感を感じた。
彼は直感など信じない。
論理的な根拠のないものには重きを置かない、理系男子。
なぜ、巨乳大好きエルフが、及び腰なのか。
それに、こんな美人でいい体をした、露出狂鎧の女が、一人で飲んでいるのもおかしい。
この酒場には女好きの冒険者がたくさんいるはずなのに。
新人の自分たちが彼女に声をかけても、横やりがない。
そういえば、と魔法使いは、ある噂を思いだした。
露出狂鎧を着たSランク冒険者『狂乱戦乙女』の噂だ。
気性が荒く、暴れ出したら手が付けらない。
彼女を怒らせたある国の王が、半殺しにあい、それを止めようとした騎士団は全滅。城は倒壊した、とかなんとか。
同じSランクの冒険者たちからも恐れられている、危険極まりない女性。
ひょっとして、目の前にいる彼女がそうなのでは……。
うっ、と奥のテーブルから、うめき声が漏れた。
魔法使いは、声の主を見た。
屈強な男が、青ざめた顔で露出狂鎧の女性を見ている。
いったいなにが、と魔法使いは彼女を見た。
美形冒険者Aが、彼女に顔を近づけ、なにやらささやいている。その手は彼女のむき出しの背中に置かれている。
「そろそろお開きにしませんか? 確かに、明日は特別な日ですからね」
魔法使いは言った。
「君までそんなことを言う。いったい、どうしたんだい? お楽しみはこれからじゃないか」
言って美形冒険者Aが、彼女の腕に手をやって、引き寄せた。
彼女のショルダープレートが胸を打つが、彼は気にしない。
なぜ、この大胆さが、戦闘で発揮されないんだ、と魔法使いは心中、仲間を罵った。
「なあ、いっそ、二人きりにしてやらないか? なんだか、俺たち、お邪魔そうだぜ」
エルフが言った。
美形冒険者Aを切った。
「確かにその通りですね。僕たちは先に宿に戻るとしましょうか」
魔法使いも言った。
彼も美形冒険者Aを切った。
「悪いね、今は彼女と二人っきりになりたいんだ」
美形冒険者Aが、密かに仲間たちにウィンクした。
分かったよ、作戦変更だな、きっちり仕上げてから、ちゃんと宿に連れてくよ、などと思っている。
バン、とテーブルが鳴った。
露出狂鎧の女性が、指で叩いたのだ。
「ここに居てください」
それは澄んだ声色だった。
大きくもなく、高すぎず、低ぎず。心地よいとさえいえる声。
だが、エルフと魔法使いは金縛りにあったように、席を立てなくなった。
彼らだけではない。
店内にいるもの全てが硬直して動けなくなった。
彼女を抱き寄せていた美形戦士Aも、彼女が指で叩いたテーブルに、蜘蛛の巣状に亀裂が走ったのを見て(テーブルの天板は分厚くガッシリとしている)、ようやく自分がなにを相手にしているのか気がついた。
「名前……」
沈黙を破って再び彼女が言った。
「まだ聞いてません」
「あ、あの、ご無礼を働くつもりはなかったんです。あまりにも、あなたが美しかったものだから……」
青ざめ、口説き文句を、命乞いに変える美形冒険者A。
もちろん、彼女の腕にかけた手を離した。
……はずなのだが、彼女はピッタリと身を寄せたまま離れない。
「……あの……」
美形冒険者Aが、身を引きながら必死で声を絞りだす。
「大胆な人。でも好ましいです」
ポッと顔を赤らめて彼女が言った。
そこからのやりとりは、美形冒険者Aにとって、まるで薄氷の上を歩くようなものであった。
どうやら自分の『女殺し』の技は効いているようなので、彼女をいい気分にさせたまま、なんとかフェードアウトしよう。
退席するにできなくなったエルフと魔法使いの、恨みがましい視線を受けながらも、必死で彼女のご機嫌を取った。
『落とすモード』から『接待モード』へとスイッチ。
だが、『女殺し』が効きすぎたのか、彼女は積極的になっていた。
美形冒険者Aがテーブルに置いた手に、手を重ね(これが石像ででもあるかのように重く、動かせない)、椅子の尻を半分追い出して、椅子に座り(だが、彼の体は彼女に完全にロックされ、不安定さは皆無)、次々と注文した酒を飲ませてくる。
その間に、店内にいた男性客は、そそくさと、帰っていった。
巻き込まれるのを恐れたのだ。
「あ、あの、もう、本当に、勘弁してください。明日は、大切な日なので……」
つぶれかけた美形冒険者Aは、半泣きになりながら許しを請うた。
「……分かりました」
露出狂鎧の女性は言うと、そっと美形冒険者Aの首筋に手を当てた。
クテンと彼の頭が垂れた。
ひっ、とエルフと魔法使いが声を漏らす。
とうとう、殺られた。次は俺たちの番だ。
「先に宿へ運びます。場所は……」
「『冒険者の門出』です」
エルフと魔法使いの声が重なった。
露出狂鎧の女性はうなずくと、立ち上がった。
接着されているかのように、美形冒険者Aの体も一緒に立ち上がる。
彼の体が魔法のようにくるりと反転し、彼女の腕に収まる。
露出狂鎧の女は、美形冒険者Aを抱き上げたまま、店を出ていった。
あとに残されたエルフと魔法使いは、安堵の息を吐いた。