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吸血鬼の眠る夜  作者: 華夜
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中央からの電話だと交換手が告げた名前に驚きはしたもののすぐに電話を繋いでもらえば、第一声だけでこちらの緊張に彼女は気付いてしまった。

『ライア、ごめんなさいね。緊急ではないの』

「そうなの?珍しいわね」

『准将に報告があるのだけれど、忙しいかしら?』

「いいえ。書類の進みもスムーズで、事件も起こっていないわ」

『良かった。今から十分後に折り返しの電話をもらいたいの』

時計を見て、時間を記憶する。

「伝えます」

『中尉を連れて行くようにも伝えてね』

「…分かったわ」

緊急ではないが護衛が必要ということは、何かが中央で起きたのだとは分かる。

電話を切ってから念の為、中央から何か報告が上がって来ていないかを確認した。何も来ていない。

ダフラス中尉に護衛の指示を出してから執務室へ向かった。

ノックをすれば即座に返る声に安堵する。

「失礼します」

扉を開けた正面の最高司令官席には、紛れもなく目当ての人物がいた。

「脱走なさっていなくて安心致しました」

「脱走する気力もないよ」

「では、気力が湧く情報を一つ」

「なんだ?」

彼女に関することだと気付くと目の光が変わる。

「今から三分後に一般回線からお電話をお願い致します。…研究所へ」

最後の一言で、上司は椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。

「何があった?」

「緊急ではないそうです」

「緊急でないことがあるものか。三分後だな」

司令部を出て一番近い公衆電話まではおよそ二分。慌ただしく出て行った司令官を、準備をしていても置いていかれた部下が追いかけて行った。

「…ちゃんと帰ってきてくれるかしら」

上司の恋人には何度か会ったことがあった。年齢が近いこともあり、上司抜きで双子の姉と三人で出掛けたこともある。

初対面の場でシャスールの試験を受けるのだと上司から紹介された時にはこんな華奢な女性がと驚愕したが、その試験の際に見せた強さには言葉が出なかった。見事A級シャスールとなり、彼女の弟とは道を別れて研究員を選んだ彼女は、いつしか上司にとってかけがえのない存在になっていた。彼女とその弟が絡む時だけ、上司は感情を抑えきれずに露わにしてしまう。二人が事を穏便に済ませても、上司がそれでは気が収まらずに介入してしまい、二人が困った顔をしているのを見たこともある。何人の士官が、将校が、彼の報復の餌食になったであろう。また新たな被害者が出ることにならなければいいと願いながら、上司が決裁を済ませている書類を確認して執務室から引き上げる。

上司が戻っても戻らなくても、定時で帰宅することは叶いそうだ。




はい、と電話に出た声が予想していたよりも柔らかくて、感じていた焦燥は早々に削がれた。

「私だ」

『そういう詐欺が流行しているそうよ』

「知っているよ。だが、私も君も、お互いの声を間違えることなどないだろう?」

くすくすと笑う声が電話越しでも心地いい。

「どうした?何かあったのか?」

『ゲラン少将、知ってる?』

「あぁ。第八部隊だろう?」

『彼がね、最初の扉を爆発させてしまったの』

「……何があった?」

『そんな怖い声を出さないで』

「ラミア。きちんと話してくれ」

こちらの反応を楽しんで、わざとこちらが動揺するように話していることは分かっているが、分かっていてもいつもその術中にはまってしまう。

『電話があったの。今から研究室を視察したいと。お断りをしたのに食い下がってくるから、この研究室は完全に独立した機関で、入りたいなら大統領の許可証を持ってきてくださいって言ったのよ。無理に開けようとしたら扉は爆発する仕組みだということも教えてあげたのに、十五分後くらいには爆発していたわ。被害に遭ったのが彼の部下でないことを願うばかりね』

「間抜けなことだな。まぁ、おかげで椅子が一つ空いたか」

『補佐官から電話があって事情を聞かれたから、しっかり事細かく報告しておいたわ。貴方のところにも連絡が入るかも』

「そうか。それは楽しみだな」

心の底からそう思って告げれば、彼女の楽しげな笑い声が空気を震わせた。

「研究所ということは、早速見たのか?」

『見たわ。収穫なし』

「そうか」

『がっかりしたところに電話が掛かってきたのよ。もう嫌になっちゃう』

落胆と苛立ちと、ほんの僅かな寂寥を滲ませる声に、今すぐ全てを放り出して側に駆け寄りたい衝動に駆られる。

「馬鹿な少将にはどこへ飛んでもらおうか。やはり南の果ての砂漠地帯がいいかな」

『そうなると思ったから、わざわざきちんと丁寧に教えて差し上げたのに』

声を上げて笑ってしまった。彼女のことだ。本当に懇切丁寧に説明したのだろう。

「君の忠告を無視したのだから、それだけで万死に値するな」

『あとのことは任せてもいい?』

「勿論だ。完膚なきまでに叩きのめしてやろう」

力強く請負えば返る曇りない笑い声に、安堵する。澱みを取り払うくらいのことはできただろうか。

「早く会いたいな」

『今朝まで一緒にいたじゃない』

「次は三ヶ月後だろう?早く帰ってきておくれ」

『努力するよう、シェルシスに伝えておくわ』

「頼むよ。待っているから」

『えぇ。待っていて。必ず帰るから』

愛しているよ、そう最後に伝えて受話器を置いた。

電話ボックスから出ようとしてジャックの雰囲気が変わったのを見てしまい、げんなりと肩が落ちる。

「目敏い奴らだ」

銃撃戦が始まる前に司令部に帰りたいと願うが、叶うかどうかは五分五分。この騒動で定時に帰宅ができなくなった場合、大尉の怒りが向けられるのは自分なのかテロリストなのかラミアなのか。最後の一択はないなと独りごちて、ジャックの開けた扉から外へ出た。

彼女との電話を冷やかす部下に軽口で応えながら、何箇所かから放たれる気配に、殺意を込めた気を飛ばし返す。彼女との幸せな電話の後に血生臭い面倒事は勘弁してほしかった。

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