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吸血鬼の眠る夜  作者: 華夜
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クレプスクルムレアは五つの領地に分かれており、国軍は各地に総司令部を置いている。

その総司令部は各地方の中心となる都市に建てられ、その都市の名前を総司令部の名称として呼ばれることが一般的であった。

中央総司令部はエスタシオン。

東方面総司令部はウェール。

西方面総司令部はヘルプスト。

南方面総司令部はアエスタス。

北方面総司令部はイヴェール。

クレプスクルムレアにとって吸血鬼は殲滅すべき敵であり、討伐の為の研究には莫大な予算が注ぎ込まれていた。



中央総司令部の裏手から研究棟に入り、更に奥へと進むと自分専用の研究室がある。厳重な鍵をいつも通りに開けて中に入り、次の扉の鍵をまた開ける。そんなことを五度繰り返すと、ようやく研究設備が現れた。

誰もいない室内を機械の電源を入れながら通り抜け、奥の私室に鞄と上着を置いて、代わりに白衣を手に研究室に戻れば機械が稼働を始める頃。

そのうちの一つに、今回の収獲である心臓石を置いた。

吸血鬼の死後に残る心臓石は血の色をしており、そこに彼等の生前の全ての情報が込められていると考えられている。その情報をいかに引き出すかがこの部屋で行われている研究だった。

紅茶を淹れながら心臓石が変質して色を変えていく様子を観察する。力が強い吸血鬼であればあるほど、加えられる力に抗うので変質するまでの時間が長くなる。

ほんの僅かだけ人間の血が入り混じったにおいが本人からしていたので期待していなかったが、思いのほか時間が経過してから変質の気配を見せ始めた。


ゆらりゆらりと石の中で赤が蠢き、その波の中から黒い闇が姿を現す。


完全に赤から黒へ、吸い取るものから吸い取られるものへと変わったことを確認してから手に取って目を閉じた。この石の持ち主の死ぬまでの生き様が脳裏に浮かび上がる。

吸血鬼は永遠に途切れることのない時の中で生かされ、自ら死ぬことも許されず、攻撃を受ければ相手に関わらず反撃を試みる本能を持つ。しかしその絶対数は少なく、同じ種の仲間を見つけることは長い一生の中でも奇跡に近い。

寂しさから人間に近寄り不完全な仲間を増やす者も少なくなく、だが吸血鬼に比べれば圧倒的に弱い彼等が吸血鬼と共に過ごせる時間は長くはない。自ら命を絶つこともできないが故にその長い命に終止符を打てるのは自分よりも相手の力が強い時だけ。

葛藤の末に発狂し、無差別に人を襲い続けた吸血鬼と出会ったこともある。

この心臓石の持ち主も、長い時間を生きていた。孤独の中で愛する人を見つけ、だがしかし己の血には抗えず愛する人を殺してしまったこと。後悔を抱えながら三度同じことが繰り返されて、吸血鬼という種に向き合い、抵抗することを諦めたこと。己を殺してくれる純血種を探していたこと。東で殺された者がいるという噂を聞きつけて東へ向かっていたこと。そしてその道中でシェルシスに見つかり、長い長い生を終えたのだ。

その全ての情報を見終えると、手中の心臓石はぱきん…と高い音を立てて割れた。

「今回も収穫はなし…」

砕けた石を他の石の欠片と一緒に箱にしまう。また次の吸血鬼を探しに行かなくてはいけない。

リア大尉が中央に着くのは明日で、シェルシスと中央駅で合流して北の果てに行く段取りになっていた。

椅子の背に凭れて、目を閉じる。吸い取った吸血鬼の感情がまだ全身を渦巻いていた。引き摺られそうになるそれを剥ぎ取るように己から切り離して行く。

だがしかし、その時間は無機質な電話の音によって遮られた。

「はい。フランメイです」

『お電話が入っております。第八部隊隊長ゲラン少将殿です』

「分かりました。繋いで下さい」

交換手が電話を繋げる間に、深呼吸を二つ。まだ先程の澱みが抜けていない。

『ゲランだ。どちらのフランメイ殿だ?』

「シェルミア・フランメイと申します」

『姉の方か。今から研究室へ行く。開けておいてくれ』

少将の肩書きに相応しい傲慢さに呆れてしまう。

「お断り致します」

『…なんだと?』

「何故、こちらに?」

『吸血鬼研究第一人者の研究を視察に行って、何が悪いのだ』

「それであれば、やはりお断り致します」

『お前に拒否権などない』

「ございます。こちらの研究室は何者の干渉も受けず、何者の介入も許されない、独立した研究所としての立場を有しております。それは大統領閣下より正式に許可を頂いておるもの。大統領閣下のお許しがなければ、何人たりともこの研究室には立ち入ることはできません」

『勝手に入ろうとしたらどうなるのだ?』

「爆発します」

『………は?』

「これも大統領閣下から許可を得ておりますが、正式な鍵はこの世にただ一つだけ。それ以外の手段で立ち入ろうとしますと、その瞬間、部屋が爆破される仕組みになっております」

『………』

絶句したままたっぷり十秒はかかったであろうか。これが電話ではなく目の前にいる人であったなら、手を振って意識の確認をするところだ。

「お分かり頂けましたでしょうか、ゲラン少将。どうしても視察をというお話でしたら、大統領閣下の許可証が必要です」

『…ふん、そこまでの機密事項であるなら仕方がない。また改めよう』

ガチャンっと大きな音を立てた受話器を耳から離し、溜息を一つ。体内に残っていた澱みが苛立ちへと変わってしまった。もう帰宅してフィリアルに電話をして笑い話に変えてしまおうかと思案していると、アラートと同時に、遠くで爆発音が聞こえた。また溜息を一つ。どうやらあの少将は愚かにも乗り込んで来たらしい。何も知らない部下だったのなら可哀想だと思うが、一つ目の扉の仕掛けは殺傷能力が低いものなので怪我はしても軽く済むだろう。

大統領補佐官から問い合わせの電話があり、事のあらましを伝えて、少将への処分を頼んでおく。

後見人にもなっているフィリアルよりも高位の将軍の起こした事件なので、予定より早まったが、フィリアルに電話を掛けることにした。彼はきっと馬鹿なことをと朗らかに笑い飛ばしてくれるだろう。その声が聞けたら、この身の内に溜まる苛立ちも消え去ると思うのだ。

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