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吸血鬼の眠る夜  作者: 華夜
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風の匂いが変わった。

「──…見付けた」

高い木々に遮られ陽の光もなく目に見える世界も不明瞭な中、追っていた獲物の前に剣を突き出せば、それでも相手はその切先を避けて立ち止まった。

「…っ…貴様、何者だ」

「我が名は、シェルシス・フランメイ。国軍第13部隊隊長だ」

「……国軍は12部隊までのはずだ…」

「よく知っているな。我等、第13部隊はお前達を一掃する為に秘密裏に作られた部隊だ」

「ふん。我等を一掃するだと?そんなことができるはずがない」

「さぁ、どうだろう。現にオレはこうしてお前を追い詰めているじゃないか」

「…っ…」

「ここまでだ。覚悟を決めろ」

「人間如きにやられてたまるか」

「それなら来いよ。誇り高い一族なんだろ?」

指先で招いて挑発してやれば相手はまんまとはめられて、自慢の長い爪を武器にこちらへ向かってくる。一般人ならその姿を目に止めることもできず、突風が通ったとしか思わないのだろう。

爪だけでの攻撃とは、よほどこちらは侮られているらしい。

「残念だが…その動きもこっちには全て見えてんだよっ」

「…がはっ…」

急所に向けられた爪をひらりと避けて、その胸にこちらの剣を埋め込む。

「…ぐっ…な、なぜ…っ」

「教えてやろうか?」

「…なに…?」

瞬きを一つ。

よく見えるように動けぬ相手の眼前まで迫れば、それでも時間をかけてようやく掴んだ正体に相手は息を飲んだ。

「…き、貴様、同族か…」

「無理矢理仲間入りさせられたんだよ」

「…寄生種か…」

「親以外にこの呪いを解く方法を知っているか?」

刺さる剣を僅かに心臓側へと動かせば、相手はそれでも楽しげに口の端を吊り上げる。

「…そんなものは…ない。き、きせいしゅは…ぐふっ…われわれが…にんげんであそぶ…ためにうみだしたもの……はっ…とくほうほうなど、つくってはいない…っ…」

「そうか。知らないか。残念だ」

「き、きさまは…なにものだ…」

「寄生種だ。他に答えが?」

「…名を、もういちど…っ…」

「面倒臭いな。一度しか言わない。よく聞けよ」

抜いた剣を振って付着したものを振り落とす。

「オレは国軍第13部隊隊長、シェルシス・フランメイ。地位は大佐。ephialtes(エフィアルティス)とも呼ばれている」

「…あぁ…きさまが…」

「そうだ」

「…はっ…なさけねぇ…」

自らを嘲笑い、同時に相手は形を失う。残されたのは地面を汚す灰のみ。

「永遠の命を持つが故の傲慢な心を捨て、悔いろ。今までにお前が犯してきた全てのことを」

そして灰の上にある真っ赤な石を取り上げ、ポケットから出した袋に仕舞った。



鬱蒼とした森は軍によって周囲を塞がれ、副官がいるであろう場所へ茂みを掻き分けて進んでいけば、銃が向けられる気配がした。

「大尉、オレだよ」

「大佐!…あぁっ、よかった。またお一人で行かれるんですから!」

「ごめんごめん。でも無事終わったしさ、許してよ」

「仕留めたのですか?」

「もちろん」

「それであれば、仕方ありませんね」

自らも構えていた銃を下ろし、全軍に武装解除の指示を出す。

「ありがと。さぁ、戻ろうか」

「お怪我はございませんか?」

「ないよ。見ての通り、無傷」

「よかった。車を外れに待機させています。それで直接司令部へ」

「ありがと」

軍服の黒いコートを翻して一歩進み、しかしもう一度だけ振り返り、脳裏に焼き付く灰を風に舞い散らせ、今度こそ吸血鬼の隠れ家であった森を背に歩き出した。



「あ、大佐!」

「悪いな、また勝手に行って」

「いえ。グラスニー大尉にはお会いになられましたか?」

「あぁ。叱られたよ」

「仕方ありません。全軍退避の指令が出て、大尉はまたも置いていかれたと悔しく思っておいでのようでしたので」

「純血種だったからな。逃さず周囲を固めるのは、大尉にしか頼めない」

絶対の信頼を口にすれば、彼もまた悔しさを仕舞い込むように笑んだ。吸血鬼に思うところがあるようだが、触れずにおく。

「では、こちらへ。車の用意が出来ています」

「ありがとう」

「東か南か、どちらへ行かれますか?」

「ここだと…東の方が近いか」

「はい」

「それじゃ、ウェールへ向かってくれ」

「分かりました」

車のシートに身を委ね、久し振りに会う男を脳裏に浮かべる。

「──…あいつ、元気かな…」





この国では古の時代、人間は吸血鬼と共に生きていた。

動物の血を吸血鬼が得、その肉を人間が食す──それが永きに渡り当たり前に続いていた為に、人間は吸血鬼という生き物に対して恐怖等の拒否感情を抱くことはなかった。自分達が肉を食すのと同様に、吸血鬼は血を食すのだと。


しかしおよそ200年前、突然その関係は終焉を迎えた。


吸血鬼が人を襲うようになったのだ。吸血鬼が身近であった為に発見された遺体から吸血鬼の仕業だと人々が見破ることは容易く、人間は吸血鬼と共に生きることをやめ、吸血鬼を狩ることを生業とする者達が現れると、彼等を“シャスール”と呼んだ。

すると国を統治する国軍は吸血鬼殲滅を目標に掲げ、年に一度試験を行い、それに合格した者のみがシャスールを名乗れるように法律を制定したのだ。

シャスールには個々のレベルに合わせたライセンスが発行され、最高のA級ライセンス保持者のみに特別な名が与えられる。

しかし世間には異名のみが公表され、本名や姿は公にされなかった。

制度を制定した当初は合格者が現れる都度情報を公開し、その力を見せ付けるようにデモストレーションをしていた国軍だが、A級シャスールのみが狙われ、殺される事件が連続して起こるに至り、その行為の危険性に気付いた。吸血鬼にとって単体では脅威とまでは言い難いB級やC級シャスールとは異なり、A級シャスールともなれば十分な脅威となる為、生命の危険に晒される確率が高くなるのだ。

今現在A級シャスールは国内でも僅か一桁の人数しか存在せず、その彼等がどこで何をしている人物なのかも謎に包まれている。

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