EPISODE8 脅迫
自分たちの畑で村人たちが農作業をしていると、猛スピードで駆け抜ける二つの人影。新手の魔物かと見間違うほどのそれらはまっすぐ村へと向かっていた。
「夜になるまでに着いてよかったわ!」
「ええ。夜行性の魔物のデータが無いので、戦闘面では不利になります」
「ナナなら大丈夫でしょう?」
「そうとは言い切れません。少なくとも、私の時代になかった技術がある以上、断言は不可能です」
「そういうところ、冷静よね~」
「機械ですから」
「それもそうね。じゃあ、村長のところに行きましょう」
村の中に入っていくと、表舞台にはあまり出てこないせいか、ナナの予想に反してあまりざわつくような様子はない。ただ、パーティーに出るような華やかなドレスではないが、高そうなフォーマルな服装をしていることから、お偉いさんとは認識されているらしく、積極的に話そうというものはいない。
そんな中、二人を出迎えたのはがっちりした体格のバートンという男だ。父親が急死したらしく、現在は息子である彼がこの村を治めている。そんな彼が力強くアイリスの手を握りしめる。
「お待ちしておりました。立ち話も何ですので、私の家でごゆっくりと話をしましょう」
「ええ、お願いします」
周りの家と比べると豪華、むしろ浮いているとさえ感じる豪邸に招き入れられた二人。応接室まで行く間の廊下でナナは窓側に置かれている代を不思議そうに見つめる。
(中央部だけ円形上に埃が少ない……壺のようなものが置かれていたようですが、撤去したのでしょうか? それに壁にも日焼けしていない箇所が少なからずある)
「どうしたの?」
「ええ、絵画や壺を撤去したのかと思いまして」
「ああ。この家は父が建てたのですが、少々金遣いが荒かったようで……値のつくものを売って村の人たちに還元しているのですよ」
「なるほど。搾取していたと」
「お恥ずかしい限りです。彼らを苦しめた詫びとして税を少なくしたのですが、どうやらその工作もばれてしまったようで……」
「その件についてはしっかりと報告させていただきます。今までと同じ暮らしができるとは思わないように」
「ええ、わかっていますとも。私たちが不正を働いていた資料もご用意しております」
応接室に入ったアイリスは用意された資料を目に通していく。たしかに、最近までやや過剰にとっている旨が書かれており、前村長のサインも記載されている。ゴーグルをつけて分析しても、筆跡はいずれも前村長の物であることがわかる。
実はバートンが悪者で亡き父に濡れ衣をかぶせようにも、アイリスが来ることがわかってからこの資料を捏造することは不可能ということだ。あまりにも出来すぎている状況に不信感を持ったアイリスはナナに小声で話しかける。
(そうですね。先ほどから心拍や体温の変化、発汗量の変化を見ていますが、嘘をついているような変化は見受けられません)
(じゃあ、村長の言っていることは真実ってこと?)
(どうでしょうか? あらかじめ決められた台本通りに事が進んでいるなら、動揺がないのかもしれません)
(揺さぶりをかけろってことね)
「悪事を働いているとわかったのであれば、なぜそのことを報告をしなかったのですか?」
「父が存命であれば、自首するよう勧めていたでしょう。しかし、亡くなってから発覚しました。父の名誉を傷つけるのはどうかと思い……思わず隠してしまいました」
「ですが、貴方はこうして証拠を開示しました。矛盾しているのでは?」
「王女殿下を遣わせると聞いたとき、陛下は数少ない証拠から、真実を嗅ぎつけたのだろうと思いました。逃れられぬと思い、こうして資料を……」
「(嘘をついているようには見えないけど、ここは揺さぶりをかけるためにも)嘘ですね」
(心拍数上昇……図星と言ったところでしょうか)
「……う、嘘ではありません!虚偽の報告をした私が言うのもおかしな話かもしれませんが、信じてください」
「……わかりました。ですが、虚偽の報告をしたこともあり、後日別の方が伺うと思われます」
(心拍数低下……ポーカーフェイスはうまいようですが、自分をごまかすことは下手のようですね)
「ええ、わかっておりますとも。なにぶん小さな村なので、王女殿下をお泊め出来るような宿泊設備が無く、こちらで食事とお部屋をご用意しましたので、今日はそちらでごゆっくりとお過ごしください」
普段よりも豪華な食事を済ませた後、案内された部屋に荷物を置いたアイリスは一息入れた後、ナナにどうだったと問い尋ねる。
「身体機能に乱れが無かったことから、前村長が着服していたのは事実だと思われます。村の人間に確認する必要はありますが、税負担を軽くしたのも嘘ではないかと」
「そこは聞きこみしたらすぐわかることよね」
「はい。ですが、動揺した箇所が1つだけありました」
「あのハッタリかしら?」
「ええ。マスターの派遣は彼にしたら想定外の出来事だったはず。つまり、じっくりと策を練る時間は無いと判断できます」
「でも、自分が悪者になっても嘘をつくメリットって何かしら?」
「はい。たいていの嘘は自分が有利になるようにするためのものです。となれば、彼は悪者になっても守るべきものがあったと言えます」
「お金や名誉は執着してなさそうだし、そもそも悪者になった時点で無くなるわよね。それ以外となると……人質とか?」
「はい、その可能性は高いかと。推論の域から出ませんが、前村長が何者かに人質を取られ、着服していたお金を手渡していたとすれば、代替わりしたとしても現村長を脅そうと考えるはずです」
「でも、それを良しとしなかったバートンは自分の家の物を売ってやりくりしていた。こんな感じかしら?」
「はい。ですが、推論に推論を重ねているので、証拠が欲しいところです。明日、村の人間に聞き込みをしてみましょう」
「そうね。何か新しい情報が出るかもしれないもの。今日は早く寝ましょう」
「おやすみなさいませ、マスター」
長旅の疲れもあり、ベッドで横たわるとすやすやと眠りについたアイリスを見たナナはこっそりと部屋から出る。深夜ということもあり、廊下の灯りは消え、真っ暗闇となっている。
「暗視モード起動。周囲にいくつかの生命反応あり。彼らの視界に入らないように移動します」
音を立てないように見回りの警備の人間の監視を潜り抜けながら、応接室前にたどり着く。うっすらと灯りが漏れ、誰かがいるようだ。
(熱源感知……数は2。1人は人間サイズですが、もう一人は随分と大きい……この世界でも数mサイズの人間は見受けないはず)
城下町や村の人間を見れば、成人の人間のサイズはナナたちの時代と大差はない。となれば、人間以外の誰かと話をしていることになる。人外の存在を警戒しつつも、ナナはゆっくりと部屋の音を盗み聞きする。
「で、その中央の連中は明日帰るんだな」
「は、はい……代わりの者に貢がせるよう指示しておりますので、問題ないかと」
「よしよし。ご苦労だったな、バートン。で、迷惑料としてこれくらいの金をよこせ!」
「こ、ここれは……いくらなんでも……」
「この家を売っ払えば、これだけの金は工面できるだろ。食料は良い、餓死しなくて済むからな。金はもっと良い、獣人共の国で使えるからな。好きなだけ食えるし、女も抱ける。というわけだ、金をもっと寄こせ。俺様は短気だからな、思わず村の人間を食っちまうぜ」
「待ってくれ、それだけは……」
「それともなにか、中央の小娘を差し出してくれるのか? 遠くから見ていたが、どっちも肉付きは悪いが、顔は悪くねぇ。そいつらを差し出すなら、前と同じ金額にしてやってもいいぜ」
「そんなことをすれば、この国が黙っていないぞ!」
「そのときは獣人どもの国に逃げ込むだけだ。国境を越えればセーフっていう決まりがあるんだろう。人間って面倒くさいよなぁ」
(なるほど。人外の存在から村人を守るためにお金を……)
ナナは静かに右手を銃口に変える。そして、アイリスに向けられた殺意に対しての怒りと共にエネルギーが少しずつ溜まっていく。
「最大値ではありませんが、吹き飛ばすならこれで十分です。エーテルキャノン!」
右手から放たれた光の奔流が人外を建物の外へと吹き飛ばしていく。土埃が晴れると、そこには2本の角が生えたオーガが怒り狂ったような目でこちらを睨めつけていた。
「その姿……ドクターから昔ばなしで聞いたことがあります。鬼ですね」
「オーガだ。おい、頭のいかれた女、貴様こそ何者だ」
「ナナと言います。まさか意思疎通ができる魔物がいるとは思いませんでした」
「はっ、俺様をそこらのゴブリンと同じように思うなよ」
「でしょうね。ゴブリンなら先の攻撃で倒せていましたから」
ナナはどうやって目の前の敵を倒そうかと考えつつ、右手を刃に変えて、走り出していく。屋敷内がパニックになっている中、ナナにとってはこの時代、初の夜間戦が始まる。