EPISODE6 試験
ヴェスパーが離宮にあるアイリスの下へと向かう時、アルフレッドから託された任務をどう遂行するかを考えていた。
(使い捨てても良い駒は少ない。私が手を下すにしても、王宮内でコトを起こすのは不味い。となれば、街にでも出かけた時に、通り魔の犯行に見せかけ……)
腰に付けたナイフの重みを確認する。そこらで売っている市販のナイフなら、道端に捨てたとしても、凶器の足取りから自分につながることはない。姫を守れない情けない騎士という汚名をかぶることになっても、あの暗殺をばらされて極刑よりかはマシだ。
(くそ。魔物にやられたなら、部下のせいにできたというのに! あの女が助けなければ……)
ナナのことを毒づきながら、彼女の部屋のもとにたどり着く。そんな彼の心情を知らない騎士団員がヴェスパーに敬礼をするのをみて、問い尋ねる。
「姫様は中か?」
「いえ、今日はナナの試験の様子を見に行くから留守よろしくねと仰って、外へと飛び出しに行きました」
「馬鹿もん!なぜ、それを貴様らの隊長である私に言わない!」
「で、ですが、副団長が許可を取ると……」
「……ちっ、やはりあっち側の人間か」
「隊長?」
「なんでもない。私は急用を思い出した。君たちは引き続き警備をするように」
(姫様に直属の部下が付くようになれば、警備の人員をこちら側に変えても暗殺はしづらくなる)
ヴェスパーは焦りを感じつつも、今後の暗殺について見直す必要があると思い、自室でそれらの計画の練り直しをするのであった。
時は少し遡り、アイリスが見張りの騎士と言い争っていた。本来の予定では参加するはずがないアイリスが調査に同行したいと言い出したからだ。
「正気ですか、姫!?」
「ええ、正気も正気。魔物を間近で見られるチャンスだもの」
「魔物を見たいなら、近くの森でもいいでしょう。あそこなら、危険な魔物も少なく、万が一の事態もないと思われます」
「あそこの魔物、変異種でも来ない限り、網羅しちゃったし……」
「姫様らしく大人しくしてくださいよ……」
騎士が疲れたような顔をしながら、アイリスをどう説得しようかと考えたとき、精悍な顔たちの中年男性が現れる。アイリスの前ということもあり、加えていたタバコの火を皮の服に当てて消し、騎士の男性に話しかける。
「どうした?」
「ふ、副団長!今日は非番では?」
「噂の姫の恩人とやらを見にな」
副団長と呼ばれた男がナナを上から下まで値踏みするような顔でじっくりと見る。
「どうかしましたか?」
「ん? いやあ……そういや、なにか言い争っていたようだが?」
「実は姫様が調査に参加したいとおっしゃって……」
「別にいいじゃねぇか。それに今回の調査はヴェスパーじゃなくてウェイカーの部隊だろ。アイツの腕なら信用はできる」
「ですが……」
「それとも何か、俺たちは姫様一人護衛することができない腰抜け騎士団だとでも?」
「い、いえ!そんなことはありません!」
「だろ。いつ帝国との全面戦争が起こるか分からないこのご時世、護衛任務の一つや二つこなさなくてどうする。ウェイカーには俺から話しておく」
(もしヴェスパー隊長が様子見に来たら、怒られるの自分なんだけどなぁ……)
「アッシュ副団長、助かったわ」
「そうかい。ただし、何があっても大人しくすること。これが条件だ。あと、姫なんだから無暗に頭を下げるのもどうかと思うぜ。まぁ、こいつは大きなお世話かもしれねぇな」
新しいタバコを口に加えたアッシュが背を向けて去っていく。副団長の許可が下りたことで零れるような笑顔で外に出ていくアイリスを見て、見張りの騎士は自分の隊長であるヴェスパーが来ないことを祈るのであった。
数十人ほどの部隊で構成された城門前に集まる。先頭にいる副団長よりかは年若い男性が指揮を執っていることから、彼が副団長が言っていた隊長のウェイカーであることが伺いしれる。
「この度の任務は大森林の魔物の調査並びに同行する姫様の護衛である。これは片方だけ遂行しても意味が無い。我らはこの二つの任務を遂行し、だれ一人欠けることなくこの地に戻ることで任務を完了したこととなる。そのことを忘れるなよ!」
部下たちが敬礼をし、魔術師らしきローブを着た男性らが呪文を唱え始めると、城門に魔法陣らしき模様が浮かび上がる。
「マスター、あれは?」
「あれはテレポートの魔法陣よ。魔法陣でつないだ2つのゲート間を行き来することができるの」
「私たちの時代のワープ技術に近いですが、あれは無機物に限定されていました。まさか生物にも対応できるとは……」
「ナナから見ると未来の技術だもの」
「ふふ、そうですね。文明が崩壊したからと言って、どこかで見下すような思考をしていたのかもしれません」
「油断大敵よ。さあ、私たちも入りましょう」
魔法陣の中へと飛び込んでいくと、そこは草木が生い茂る鬱蒼としたジャングルが広がっていた。後ろを振り返ると、石でできた鳥居のような門を騎士団の人間が守っていた。
「よし、全員揃ったな。今日は南エリアB地区にある湖を調査し、付近の魔物の種類や数を記録していく。期日は3日。何もないことを祈るように」
「何かあった場合は?」
「当然、原因解明のために調査を続行する。わかったな」
元気よく敬礼をする騎士団員たち。膝付近まで伸びている草花をかき分け、奥に進んでいくと、隊長が身を隠すようにしゃがみ始める。その先には緑色の肌を持つ子供くらいの大きさの醜悪な顔つきの人型の魔物が数体いた。
「ゴブリンだな。1体1体は弱いが、群れる習性がある。あれだけの数とは思えない。索敵班、状況は?」
「サーチ魔法をかけたところ、ゴブリン後方数百メートル離れたところに別の魔物がいます」
「群れから追い出したゴブリンを囮におびき出したところを狙い撃ちにする算段か。となれば、弓の名手であるケンタウロス辺りが有力候補だろう。普段はもう少し奥にいるのだが……」
「どうしましょうか?」
「狙撃に注意すれば、ゴブリンの駆除自体は容易だろう。だが、問題はケンタウロスだな。アイツがいると、いつ狙撃されるかもしれん。早いうちに駆除はしたいところだ」
「それならば、私がケンタウロスを倒します」
「ナナだったか。アイツは足が速いぞ」
「私の足の速さであれば、問題ないと思います」
「よし、ゴブリンはこちらが引き受けよう。魔法班、攻撃呪文の詠唱開始。魔法攻撃を放ったと同時にナナがケンタウロスに突撃する」
「了解。ファイアーボール」
「了解。ウィンドカッター」
「装着武装展開、Gブレード」
後ろにいた騎士が魔法を放ち、ゴブリンたちが火や風の刃に襲われていく。それと同時に片腕を光の刃に変えたナナが木々を蹴り、飛び回りながら、猛スピードでケンタウロスとの距離を詰めていく。それに気づいたケンタウロスが撤退が間に合わないと判断したのか、矢を放っていく。
「頭、首、胸狙いですか……確かにどれも人の急所です。刺さればの話ですが!」
3本の矢を斬りはらいながら、さらに距離を詰め、刃が届く距離まで詰め寄る。ケンタウロスが下半身の馬の足でナナを踏みつけようと大きく前足を上げるが、問答無用と言わんばかりに刃を振り上げ、ケンタウロスを一刀両断する。
「ケンタウロスの駆除を確認。付近に同様のエーテル反応が無いことから、同種は存在しないと判断」
後ろを振り返ると、騎士団のゴブリンの駆除が終わっていた。どうやら初撃の魔法がそのままとどめになったようだ。
「ケンタウロスをゴブリンと同じ速さで討伐とはな」
「あれは……本当に人間なのでしょうか? なんらかの強化魔法を使ったにしては……」
「さあな。だが、それを言ったら団長は化け物ってなるぞ」
「失礼しました」
「最近は書類整理ばかりでストレスもたまっているらしいし、ふらっと姿を見せるかもな」
「一緒に来てくれば百人力なのですが……」
「おいおい、池を血の池に変えるつもりか。俺たちの目的は調査であって駆除ではないことを肝に銘じておけよ」
「はっ!了解しました」
調査隊は付近を警戒しつつ、森の奥へと進むのであった。
森を抜け、湖畔にたどり着いた調査隊一行。そこには人の数倍はあるかと思えるほど大きなカエルが周囲を埋め尽くさんかと思うほど、繁殖していた。そのうちの一頭が調査隊を見つけたのか、じろりとこちらを見つめて、出方を伺っているようだ。
「巨大カエルがここまで繁殖するのは珍しい。大雨でも降ったか?」
「隊長。原因の追究より、ここで奴らを倒さないとさらに数を増やしますよ!」
「こいつらがこのあたりのエサとなる魔物を食い尽くし街に出る……スタンピードが起こるか。やむを得ん。これより我が隊の目標を巨大カエルの駆除に変える」
「カエルだけにですか?」
「ニック、お前は減給だ」
「そんな!」
「減給されたくなかったら成果を見せろ。仮設班は荷物を下ろし、周囲の警戒に当たれ。カエルを狙う大蛇が来たらたまったもんじゃない」
ウェイカーが指示を飛ばし、カエルに攻撃を仕掛けていく。攻撃をかく乱するためか、何名かの騎士は魔法で空を飛び、攻撃を仕掛けていく。伸びてくる舌を躱しながら、近づき剣を突き刺していく。
ナナも負けじと光刃を振るうが、数は一向に減らない。
「数が多いですね……Gブレードからエーテルキャノンに変更。チャージ開始」
ナナの右腕が刃から砲塔に変化し、光が徐々に集まっていく。それを妨害せんと、舌や踏みつけをしようと襲い掛かるが、それらを躱しながらもチャージを続けていく。
「97……98……99……フルチャージ完了。射線軸に味方がいないことを確認。エーテルキャノン、発射!」
放たれた極太のビームがカエルたちを貫いていき、その姿を消滅させていく。一気に数が減ったことで、カエルたちが驚いたのかその動きを止める。戦いの最中でその隙を見逃すはずもなく、攻撃はさらに勢いを増していく。
人間たちの猛攻に怯えたのか、背を向けて敗走するカエルまでもがいる状況だ。カエルたちの攻撃が減った分、回避行動をとる回数も減り、その分、攻撃に回され逃げようにも逃げられない状況に陥る悪循環となっていく。
「敵性勢力の大幅減少を確認。Gブレードに変更し、殲滅戦に移ります」
右腕を青白く光る刃に変えたナナは逃げまどうカエルたちに突撃し、その刃を振るうのであった。
誰一人欠けることなく終わった巨大カエルとの戦闘だったが、騎士たちの疲弊も激しく、当初の目的を遂行することは困難であった。そのため、湖の調査は後日行われることとなる。
数日後、アイリスの下に報告が届く。それはナナをアイリスの騎士として認めるという内容だ。
「やったわね、ナナ!」
「はい、マスター!」
「早速で悪いけど、私の工房で色々と手伝ってもらうわ」
部外者だったナナが正式な立場を貰ったことで、本人曰く機密の塊である自身の工房へと招き入れるのであった。