EPISODE62 JUDGEMENT DAY
中東での仕事を終え、東ヨーロッパベースに戻ったアイリスたちはしばらくの間休暇を貰った。せっかくもらった休暇を何をしようかとベッドの上で大の字になりながら考えるが、何も浮かばない。
「……ナナとレイはオーバーホール中だから居ないし、こういうときは資料室に行くのが一番ね」
思い立ったら即行動!そういわんばかりにアイリスは資料室へと駆け足で向かっていく。中に入ると、いつものようにジャンル分けすらされていない本や資料が無造作に置かれている。絵本の隣にごてごてしたメカの資料が置かれていたり、シリーズものの本が3巻だけ別の棚にあるのは朝飯前と言ったひどい状況で、司書がいないのが響いているように見える。
「今日は何を読もうかしら……」
同じ棚を見ても、来るたびに置かれている本が違うという状況も全く見たことが無い本が常に陳列されていると見れば、それはそれで楽しめるというものだ。目に付いた1冊の本を取り、中身をパラパラと読む。どうやら、ファンタジーと分類されている剣と魔法の世界の話のようだ。
「書いた人も何千年後かには、実現するなんて思いもしなかったわよね。決めた。今日はこれを読もう。昔の人が思い描いた未来図って気になるし」
どれだけ昔の人かをしろうと発行した年を見ると、21世紀に出版された書籍のようだ。少し古ぼけた本ではあるが、挿絵や文字が読めないほどに劣化している様子はない。静かに読もうと奥の読書スペースに行こうとすると、慌てて本で顔を隠そうとしている男性が一人。
「どうしたんですか、宇月博士? 確か、今日は非番じゃな……」
「ああ、少し休憩。サボっているわけじゃないからね」
「サボっていたんですね」
「……いいかい、休養も仕事の内だ。自分では若いつもりだったんだけど、年を取ると実感するよ」
「それはどうでもいいんですけど」
「どうでもいいのかい!?……こほん、何か用かな?」
「別に用は無いんですけど……そういえば、ここにある本って新しくても21世紀までですよね。22世紀の本ってないんですか?」
「22世紀にはいると、AIの普及で在宅ワークが基本になったからね。家から出ることなく最新の図書が買える電子書籍の普及が一気に進んで、ペーパーの図書はマニア向けに売られるようになってその数は大幅に減少。その中で、この戦争で図書を含む多くの電子データが紛失したことにより、今では一部のマニアが持っていたペーパーの図書しか残っていないんだ」
「22世紀の本も読んでみたかったなぁ」
「21世紀の本も面白いものが多いんだけど……う~ん、そうだ。まだこの戦いが起こる前の出来事について話そうか。なんてことない退屈な日々かもしれないけど」
「ナナが生まれる前の出来事……お願いします」
宇月博士は今では遠くなってしまった日常を懐かしむかのように語りだす。
みーんみーんと昆虫の音がうるさい中、宇月はゆっくりと起き上がる。時計を見ると、起床時刻を過ぎており、慌ててすでに冷めたトーストを加え、パソコンの前に立ち、傍らに置かれているデバイスに怒声を浴びさせる。
「どうして起こしてくれなかったんだ、このポンコツAI!」
『昨日、遅くまで起きていたので、起床時間を遅らせました』
「くっ~、そこは起床時間はずらさずに起こすところだよ」
『承知しました』
(本当にわかっているのかな、このポンコツ)
宇月が愚痴っているデバイスに映っている女性は実在する人間ではなく、サポートAI。彼女たちの使命は購入者の生活を支援すること。映し出される絵と人格は購入者の趣味に合わせて少年少女、女性男性を切り替えることができる。
と言っても、市販品はここまでポンコツではない。このポンコツAIは「人のような判断ができるAI」を目指して彼が大手企業からの試供品を元手に改造した試作機だ。大部分のプログラムを改造しているため、一部の拡張ツールが接続できない不都合も生じているが、それは致し方ないことだと割り切っている。
「さてと、今日のスケジュールはと……」
『アダイオン社からの次世代AIの開発に遅れが出ています。まずはこちらから取り掛かるべきかと』
「君がその次世代AIのテスト機なんだけどね。このポンコツで出すわけにはいかないから苦労しているんだけど!」
『何を言っていますか。私ほど、マスターのことを思っているAIはいませんよ』
「そりゃあ、他にサポートAIがいなかったら君がナンバーワンじゃないか」
『それほどでも』
「ほめてない!誰だよ、こんなポンコツ作ったの!」
『マスターでは?』
「そうだよ、僕だよ!」
こんなポンコツの二の舞はごめんだと思いながら、別のAIのプログラムの作成に取り掛かる。だが、人間的な反応としてはまだ問題があり、機械的な挙動や多数のバグが残っている。どちらかといえば、ポンコツの方が人間らしいまである。
パソコン作業を続け、夕暮れに差し掛かろうとしているとき、バタンと机に突っ伏す。
「あ~、うまくいかない。なんでフリーズばかり起こるんだ」
『私は起こらないのに不思議ですね~』
「ポンコツだからね。フリーズするところが頭からすっぽり抜けているんじゃないか」
『動けなくなるAIよりかは優秀ですよ』
「ああ、そうだね。勝手に人の財布で出前を取ってくる程度には優秀だ」
『こういうときは栄養を取るのが一番です』
机に置かれている出前で頼んだ幕の内弁当を見る。これがコンビニに置かれているような安いものではなく、仕出し弁当のような高いやつだ。しかも、2つ。確かにお昼を抜いて、2人分くらいは食べれるかもしれないが、わざわざ頼むかと思うほどだ。
とはいえ、腐らせるわけにもいかず、夏場なのに寒くなった懐を思いいながら食べ始めるのであった。
「とまあ、こんな感じで日本で悪戦苦闘しながらAIの開発をしていたんだ」
「そのポンコツAIってもしかして……」
「……ああ、セブンスセブンの前身ともいえるAI。彼女が居なかったから僕はあの日に死んでいたと思う」
「あの日っていうのは……」
「ギースが人類抹殺を掲げ反乱を起こした日。その時、僕は海外出張でこの地に来たんだ」
宇月博士がかなしげな表情でいつまでも続くと思われた平和な日々が打ち砕かれた審判の日を語っていく。
残暑が残く冬。加速した地球温暖化で地中海地域ですら亜熱帯のような気候になって久しいころ、宇月はランチタイムを楽しんでいた。
「トルコといえばケバブを食べないとね」
『わざわざ外に出歩く必要は無いと思いますが』
「何を言っているんだい。せっかく異国の地に来たんだ。出歩かなくてどうする。デリバリーが流行っているから、店を探すのに苦労したけど、そういうのもいい思い出になるんだよ」
『理解できません。非効率です』
「人間って言うのは非効率を楽しむものなんだよ。効率だけ求めて言ったら、人間が機械みたいになるよ」
『AIである私には理解できません』
「理解できなくても学ぶことはできるよ。いくらポンコツだとしてもね」
『失礼ですね』
起こったような口調で話すポンコツを見ながら、アダイオン社に提出するデータの最終チェックをする。フリーズやバグはできる限り排除し、人のようにふるまうAI。そのひな形がようやくできたのだ。
(ポンコツと比べれば、少し機械的な感じもするけど……)
画面内で頬を膨らませているポンコツよりかは人の言うことはよく聞く。市販されるのであれば、こちらの方がよいだろうと思い、提出するデータを入れた記録媒体をカバンの中にしまう。
会計を済まし、アダイオン社に向かおうと思いながら、空を見上げていると白い飛行機雲が譜面のようにいくつも並んでいる。
「今日は何かのイベントでもあったのかな」
『連絡通信? 予定にはなかったはずですが……逃げてください!』
「それってどういう?」
ポンコツの返答を待たずして近くで大きな爆発と悲鳴が上がる。先ほどまでいた店は爆発の余波で、見るも無残な姿をさらけ出している。それだけではなく、自動運転していた車同士がぶつかり合い、大事故を引き起こし交通が麻痺、留守にしている家から勝手に火の手が上がり火災が発生とほぼ同時多発的に怒っている。
「て、テロか!」
『先ほどの通信にウィルスが紛れていたようです』
「君は無事なのかい!」
『ええ。特定のプログラムに感染するようですが、マスターによって改造されているおかげで私には効かないようです』
「そのプログラムは?」
『ギースプログラム。軍事AIギースを一般用にダウングレードした……現状市販されているAI共通のプログラムです』
「待ってくれ。元は軍事AI。そこにハッキングできるようなウィルスなんてそうそうないぞ」
『そのウィルスの発信元がアメリカのセントラルタワー。ギースが置かれている場所です』
「ありえない。それじゃあ、まるでギースがハッキング攻撃を仕掛けたようじゃないか」
『ですが事実です。真偽はともあれ、とにかくこの場から逃げましょう』
「逃げるってどこに!?」
『21世紀終わりに流行った終末論に影響を受けた政治家たちによって作られた核攻撃にも耐えられる地下施設がこの近くにあります。他の人たちもそこに逃げ込んでいるようです』
「わかった、道案内よろしく」
ポンコツのルート案内に従って駆け出していく宇月。その道中、両親を失ったのか一人で泣いている子供、がれきに挟まれた子供を助けようとしている親、飛来したがれきにあたって倒れている人たち……平和な日本では考えられない光景が次から次へとその目に映る。
そのとき、建物の影から大きな音を立てながらこちらを伺う1機の巨大なロボット、機械兵が現れる。
「あれは軍の機械兵。助かったんだ」
『いいえ、違います。逃げてください』
ポンコツの言葉に押されるかのように足を止めずに、地下施設へと向かおうとするとすぐ背後で爆発する。そして、機械兵の銃口には煙がゆっくりと立ち昇っている。信じられないものを見たかのような顔をしながら、宇月はその場から逃げようとする。
「一体どうなっているんだ」
『ハッキングを受けているようです。ですが、これなら……』
「軍の機体だぞ。ハッキングなんてできるわけ……うわ!?」
足元が吹き飛び、壁に激突する。そして、目の前には敵を排除しようと銃口を向けている機械兵。
「もう僕はこれまでかな」
いつ銃を引かれてもおかしくない状況、そんなとき、銃口を向けていた機械兵に向かってタックルをかます別の機械兵。何が起こったんだと思い、デバイスに目を向けるとそこにあるはずのポンコツの姿が表示されていなかった。
「まさかポンコツが操縦しているのか」
それを肯定するかのように頷き、目の前に立ちふさがる機械兵を持ち前の火力で薙ぎ払っていく。道は開かれた。道端ですれ違う人たちに、ポンコツの機械兵の後を追うように大声で呼びかけながら地下施設へと誘導していく。
ポンコツの機械兵も無傷とまでは行かないが、あっちこっちに部隊を展開しているせいで、遭遇する機械兵の数は思っていた以上に少ない。だが、地下施設にたどり着き、避難民が続々と地下施設へと群がっていく中、一網打尽にしようと機械兵が続々と集まりだしてくる。
「まだ全員、中に入り切れていないっていうのに」
それを阻止しようと無謀にも単騎で向かって行くポンコツ機械兵。いくら何でも無茶だと止めようとした宇月の下にメールが届く。それはポンコツからの最期のメッセージだった。
『私はマスターの期待に応えられないポンコツAIです。ですが、そんな私をマスターは消さずにおいてくれた。ですから、私はその恩に応えます。さよなら、お元気で』
ポンコツ機械兵に向かって走り出そうとした宇月は一般男性に手を引っ張られた地下シェルターに引き釣り込まれる。そして、どんどんと小さくなっていく彼女の機影。彼が最後に目にしたのは、満足げにうなずきながら、吶喊していく姿であった。
「戻ってこい、このポンコツAIぃぃぃぃぃ!!」
「結局、彼女は戻ってこなかった。避難暮らしの最初は彼女を失った喪失感で何もできなかった。でも、先生に声をかけてもらったとき、声が聞こえた気がするんだ」
「声ですか?」
「そう、声。彼女が『いじけていると思ったので、知り合いを呼びました』ってね。いつものように余計なおせっかいだよといいながら、僕はもう一度立ち上がったんだ。もう二度とあの日を繰り返さないために」
力強く言うそれは、ポンコツの喪失感を乗り越えたからこそ言える言葉だ。宇月博士の話が終わるや否や、キャシーがやや怒りながらその場に現れる。
「ああ、やっぱりここにいた!探しましたよ、宇月代表。まだ書類仕事があるんですから」
「ちょいと長居しすぎたね。僕もそろそろ仕事にもど――」
宇月博士が席をはずそうとしたとき、アラーム音が基地中に鳴り響く。それは資料室であるここも同じだ。急いで宇月博士が連絡を入れる。
「何があったんだ!」
【き、北アフリカ消失したとのこと!】
「何だって!? 資料室のモニターに映像は出せないのか」
モニターには南アフリカベースからの記録映像が映し出される。映し出されるのは天より降り注ぐ破壊の光が北アフリカを直撃し、大地を打ち砕いていく様子であった。
「あれは一体なんだ……」
呆然とする三人の前のモニターが突如、乱れ始め、代わりにギースが乗る機械皇帝と呼ばれる専用の機械兵の姿が映し出される。
【おはよう、諸君。私のプレゼントはいかがだったかな】
「ギース!」
(あれがギース……)
【最近、虫けらのように穴倉暮らしを決めている害虫が居てね。しょうがないから巣ごと駆除することにしたよ】
ナナやレイ、そのほか多くのマシンドールを見てきたアイリスでも、このAIとは分かり合えないと思うほど価値観が違うと思った。
【これは宣戦布告代わりだ。いきなり君たちの頭上に降り注いでも、他の地域の反発を強めるだけで面白くは無かろう。次に落とすのは3日後。人類が数少ない希望を求め、必死にあがいているのを捻り潰される様を特等席で眺めさせてもらうよ】
通信が途切れ、元の画面に戻る。突如の宣戦布告に戸惑っている中、アイリスは手を固く握る。
――人類存亡をかけた戦いまであと3日。




