EPISODE61 SECRET LABO
ギース軍の基地が崩壊してから数日後、アイリスたちは先の戦死者たちが眠る共同墓地に訪れ、手を合わせていた。他教徒でしかもほぼ見ず知らずの自分が冥福を祈るのは彼らにとっては筋違いかもしれないが、それでも彼らの安らかな眠りを願わずにはいられなかった。
「気が済んだか」
「ええ。ありがとうございます、モハメドさん」
「友好的な関係を築いていたならともかく、敵視されていた連中に祈りを捧げたいとはな。どういう神経しているんだ?」
憎まれ口をたたいているモハメドだが、その表情は以前よりも穏やかなものであった。ギース軍の基地を壊滅させたことで、溜飲が下がったのはザイードたちだけではないと言うことだ。
「どうと言われても……亡くなった人に祈りを捧げるのに理由がいるんですか?」
「そりゃあ、あいつらから見ればこっちに銃を向けてきた相手。憎むことはあっても祈ろうなんざ思わねえだろうが。それにだ。お前さんらの戦いっぷり、それなりの場数を踏んできた者ができるものだ。お前さんも含めてな。少なくとも、敵を憎んだことは無いなんてことは無いはずだ」
「……私だって憎んだことはあります」
そして、アイリスはあの日の晩、別れを告げて戻ってくることは無かった『ナナ』のことを思い出す。
ブリュンヒルデたちから告げられたナナのシグナルロスト。告げられたとき、自室に引きこもり、涙が枯れるまで泣いた自分。
もし、自分が魔法を使えたらと己の無力さを呪った。
もし、お兄様がクーデターをしなければ、レイやブリュンヒルデらもあの場に参戦でき、結果は違っていたかもしれないと兄の所業を憎んだ。
兄が弱っている今なら、決意さえすれば1000秒もあれば殺すことだってできる。相手がクーデターの首謀者ならば、私刑だとしても許されるはずだ。
大義名分はできた。あとは力を振るうだけだと、部屋に会った工作用のナイフを握りしめ、立ち上がろうとする。。
『人は自身の正義に誇りを持ち、たとえ敗北したとしても、その意思は誰かに受け継がれていく』
『私がこの力を振るうのは人を、国を、世界を救うために使う』
だが、ナナの言葉がアイリスの胸に突き刺さる。これは自身が誇れる行為なのか、受け継がせてもよいことなのか、その力の使い方は正しいものなのかと。
「わ、私には……できない……」
カランと落ちるナイフ。そして、再び崩れ落ちるアイリス。それから彼女が再度立ち上がるまでしばしの時間が必要となる――
「でも、それはだれも望んでいない。私がきっとその道を選んだら、平和のために戦い続けた大切な人に叱られると思います。だから、私を信じてくれた人のために、憎しみ合って剣を取り合うようなことはしない、自分が正しいと思うことを貫こうと思ったんです」
「だから憎まねえのか」
「はい」
(迷うことなく言い切りやがった、こいつ)
モハメドは甘いやつだと罵ろうかと思ったが、それは飲み込んだ。アイリスが憎しみや恨みを乗り越えてきたのは、言葉だけでなく彼女の態度を見ても明らかであった。
憎しみの連鎖を己の手で断った彼女のように、果たして自分も血塗られた銃口を降ろすことができるのかと考える。
「……できないな」
「えっ?」
「いや、こっちの話だ。お前さんら、ポイントX2843に行くって聞いたが」
「私たち、そもそもそこに用事があって……」
「あそこにあった施設は空爆されたうえに、機械兵の巡回コースになっていた。もしや、地下施設に侵入されているのではと調べようにも近づけなかったが、基地が壊滅した今なら、巡回している機械兵もいなくなっているだろうよ」
「情報ありがとうございます。私たち、これから向かうのでカシム君によろしくと伝えてください」
「ああ、伝えておく…………達者でな」
モハメドと別れを告げ、アイリスは指定ポイントへと向かっていく。
車内では応急措置を済ませたセブンスセブンが手を開いたり、閉じたりして動作に支障が無いか確かめている。
本人が言うには戦闘行動に問題ないと言っているが、爆発の影響によるフレームのゆがみ等が無いか自分たちの基地に戻ったら精密検査は必要だろうと思っていた。
「彼の言うように研究所の地下も壊滅的被害を受けていれば、無駄足になる可能性が高いですね」
「そうかしら。少なくとも未来の研究所内だと最深部の機械は正常に動いていたわ。だから、そんなに荒らされていないと思う」
「だとすれば安心ですね。侵入者迎撃用のトラップでもあったのでしょう」
「……待って。それって、私たちも潜り抜ける必要があるってこと?」
「だとすれば厳しい任務になるかもしれませんね」
「ねえねえ、ボクのこと忘れてない?」
「「ん?」」
「ボク、あそこの出身。トラップの位置くらい分かるよ」
「あ……」
「アイちゃん、素で忘れていたね。ひどいなー」
「ごめん。後で、携帯食分けてあげるから」
「やりー」
(別に食べなくてもいいはずなのですが?)
人は食べなくては生きていられないが、マシンドールはエーテルがあれば生きていける。携帯食が格段に美味しいのであれば話は変わるが、ただカロリーを取るために作られ味を二の次にしたレーションで喜ぶ理由がセブンスセブンには分からない。
「レイ、貴女はなぜ食べるのです? 私たちが食べなければ、その分だけ人に食事が回る。こちらのほうが合理的だと思いますが」
「だって食べたいときに食べたいじゃん」
「それだけですか?」
「それ以外に何の理由がある? エネルギー消費が激しいからってのはあるけど、ここに来てからはエネルギー消費の激しい武器は使ってないから、問題ないし。それに誰かと一緒にたべるってそれだけで幸せなことだと思うなぁ、ボクは」
「そうね。同じものでも一人で食べているときよりも二人、三人……みんなで食べたほうがおいしいわ」
「そういうものなのでしょうか?」
「きっとナナにも分かるときが来るわよ」
「そうですね。戦いが終われば食料生産にリソースを割けることができるでしょうから、ドクターたちと一緒に食べるのもいいかもしれません」
アイリスがそうこう話しているうちに目標地点に到達する。そこには無残にもがれきの山と化した建物の成れの果てが転がっていた。周りに機械兵がいるかレイに上空から見渡してもらうが、敵影の姿は一切見受けられない。モハメドの言う通り、このあたりから撤退したようだ。
「地下に施設があるって聞いたから……ナナ!」
「わかりました。ドリルアーム!」
建物の敷地内に入ったセブンスセブンが腕をドリルに換装し、地面を掘り進んでいく。そして、地下施設の廊下にたどり着いたセブンスセブンが大気中の成分に異常が無いことを確認し、地上から飛び降りてくるアイリスを受け止める。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、ナナ」
「よいしょっと。それじゃあ、ボクの里帰り? いや、もう自宅にいるから自宅案内? まあ、なんでもいいや」
三人が話していると、ガシャガシャと音を立てて何かがこちらに近づいて来る。暗闇の名からぼんやりと浮かぶ緑色のモノアイ。姿かたちはPタイプのマシンドールに近いが、パーツがつぎはぎ状になっており、新規で作られたのではなくスクラップから作られたのだろう。
「敵……でしょうか?」
「でも、なんか私の方を見ているような?」
じろじろと謎のロボットがアイリスを見る。そして、何か納得でもしたかのようにその場を離れ、地下施設内を再び歩き始めるのであった。
「なんだったんだろう?」
「敵ではなかったようです」
「多分だけど、人間がいる=機械の軍団であるギース軍じゃないって判断したんじゃないのかな。ボクのおじいちゃんって口は悪いけど、敵味方の識別はしっかりするタイプだから」
「良くも悪くも科学者よね」
「自称だけど、悪の天才科学者だもん!」
「そこは威張っていいのかはわかりませんが、こちらに敵意が無いのであれば好都合。先に進み、研究所内が無事かどうか確かめましょう」
ナナの言葉に頷き、アイリスたちは部屋を調べようと扉を開けようとするが、開く気配が無い。どうやら空爆の影響で自動的にロックがかかったようだ。そこで、アイリスは携帯デバイスを取り出し、ロックを解除していく。
「これくらいのセキュリティならハッキングは余裕……クラッキングだったかしら」
「おじいちゃん仕込みだもんね」
「うん、三日三晩閉じ込められたときはどうしようかと思ったけどね!」
日ごろの鬱憤を晴らすかのように空中スクリーンに浮かぶ文字の羅列を操作して、扉を開けていく。部屋の中は棚が倒れたり、物がおちて散乱するなどひどい有様であった。それだけ重点的に空からの空爆を為されていたことに、この施設をギースがどれだけ危険視していたかがわかる。
「ここは管制室みたいね。ちょうどいいから、基地に連絡しましょう」
「ギース軍にばれるのでは?」
「大丈夫。私の考えが正しいなら……」
カタカタとパネルを操作し、基地との秘匿回線を探す。ヴェクター博士が無事に東ヨーロッパ基地にたどり着けたということは事前になんらかの準備をしていたと考えていた。ならば、連絡手段の一つくらいあると思ったのだ。
「よし、あった。これで……」
モニターに待ちくたびれたと言わんばかりにヴェクターの顔が大きく映る。
【この回線が使われておると言うことは無事にたどり着いたというわけじゃな。免許皆伝といったところか】
「へへへ……」
【ワシの弟子ならこれくらいはやってもらわんとな。遠隔操作ができるようにシステムを組むぞ。そちらも協力せい】
「はい!」
「じゃあ、ボクはアイちゃんの護衛。万が一、中で何かあったとしても、研究所内はボクの方が詳しいからね」
「では私は外の監視をしてきます。ドクターアイリスを頼みます」
「おっけー、任せてよ」
セブンスセブンが退席し、アイリスとヴェクターがパネルを操作し、目が痛くなるほどの文字が流れていく。システムができるまでの間、機械兵は不気味なほどに一機も来ることが無く、無事に遠隔操作並びに自動演算のシステムが完成するのであった。




