EPISODE52 TIME TRAVELERS
アイリスの話を聞き終えた宇月博士たちは、真剣な表情で考え込む。少女が適当なことを言って、嘘をついていると一蹴できるのであればそれはそれでよかった。だが、彼女が嘘を言っている様子はないし、何よりレイ、そして未来の技術で作られた「はしるくん」の存在が彼らの頭を悩ませていた。
「儂が作ったと自称するレイを調べてみたが、この設計の癖、パーツの刻印は儂のものじゃな」
「簡易検査ですけど、彼女は僕たちと同じ人間。あと、レイの基本データを確認しましたが、すごく洗練されている。一朝一夕で出来るようなプログラムじゃない。これはかなりの年月の蓄積があってのものです」
「『はしるくん』というのを見せてもらったが、構造自体はシンプルにも関わらず、どうやって動いているのか見当もつかん」
「先生方の話もあわせても、アイリスちゃんの言葉に偽りは無いと」
宇月博士の言葉に静かに頷く二人の博士たち。世界最高峰の頭脳を持つ二人がこういうのであれば、間違いは無いと断言できる。そして、別室で待たせているアイリスを招き入れ、軍への報告から戻ってきたセブンスセブンと一緒に再び話し合う。
「僕たちが調べた結果、君たちの言っていることが嘘偽りのないことだと証明された」
「よかった。でも、なんで私たちはタイムスリップをしたのかしら?」
「それについては先生たちから話があるよ。説明お願いします」
「うむ。そもそも転移技術とは何かから説明しないといけない。転移技術には4次元、すなわち3次元に時間の概念が組み合わさった空間を利用しておる。これを4次元空間と呼ぶ。この4次元空間を利用すれば、3次元の影響を無視できるほか……」
「もう少しわかりやすく教えていただけませんか?」
「やや正確な表現ではないが、時間と空間を無視できるワープ空間というものを通すことで、このペンを隣の部屋に転移することができる。このことを踏まえてヴェクター、お前さんからD4と次元崩壊について話してやれ」
「指図するな。あの欠陥兵器は当たった部位からワープ空間に送り込むことで破壊するんじゃ。心臓が北に30m1時間後に転移、脳が南に5km30秒後に転移となればその生物は絶対に死ぬじゃろ。これは例えであって本来は細胞単位かつ近距離で送り込んでおるから、バラバラになるだけじゃろうがな」
「うわあ……アレってそういうことで起こっていたんだ」
アイリスは大亀戦や自分が死に際に起こった出来事を思い出す。手が細かく砕けているのに痛みが生じない現象。あれは転移している最中ならば、痛みが生じないのも当然だと思える。その後、まともに再構成されないのであれば、そこにあるのは確実な死であることも。
「だが、3次元でできたものに強度があるように4次元のものにも強度はある。特に『今ある世界』と『無数の平行世界』を分け隔てている4次元空間、これを次元の壁と呼ぶ。ちょっとした転移ならば次元の壁が壊れることはないが、D4を乱用すると耐えきれなくなり壊れる。家の壁に野球ボールを何度ぶつけても壊れんが、鉄球や砲弾を何度もぶつけたら壊れるのと同じじゃ」
「その次元崩壊が起こったら、いや起きたんだけど、その後はどうなるんですか?」
「そこにあった4次元空間によって守られていた世界は消失、つまり、そこから先の未来は完全に消失する。それどころか、時間は一次元的につながっておるから、その影響は過去にも伝播する」
「過去に伝播……あっ!」
「気づいたようじゃな。今ここにおるお前たちは次元崩壊した未来からこの過去に転移した存在。二人だけ選ばれたのはこの時代にアンカーとなりうる縁があり、それが道しるべになったと考えられる」
「私たちに共通する縁といえば!!」
「そうか、ボクもアイちゃんもセブンに縁があるから、この時代に来れたんだね。ヒルデが居ないのは、そこまで次元崩壊の際に近くに居なかったせいなのかも」
爆心地近くにいたとしても、ゼロツーの元となったGD-01ならば縁があったかもしれないが、ゼロツーは彼女のコピー品にすぎず、縁があると呼ぶには薄い。仮にあの場に1号機や2号機が居たとしても同様だろう。
そして、タイラントも出会った日数からしてアイリスたちと同じくらいの縁があるとは言い難い。
「すべては仮説の上だがな」
「我々にはギースの野望を阻止すると言う使命がある。だが、次元崩壊をとめなければ、人類に未来はない」
「でも、どうやって!」
「転移技術を応用し、君たち二人を元居た時間軸に送り込み、D4ミサイルの発射を阻止する。我々から見れば未来改変により、現代への影響を無くす」
「そんなことが可能なんですか?」
「とてつもない数の計算とシミュレーションを重ねて、誤差を減らしたうえでワープ空間を通じて未来に行く。コストが膨大なうえに、通常ならば転移先に障害物があった時点でお釈迦になるが、運が良いことに、いや未来の儂はこのことを知っていたからか、正確な座標・時間、周囲の情報はこやつの頭に入っておる」
ヴェクターがレイを引き寄せ、頭を撫でまわす。撫でられているレイは久しぶりのふれあいのせいか嬉しそうな顔をする。
「あとはそれを可能とする演算装置と機材があれば問題ないんだけど……」
「安心せい。儂を誰だと思っておる。悪の天才科学者、Dr.ヴェクターじゃ。中東に儂の秘密研究所がある。そこなら軍の連中の横やりも入らずに作業できるわ!」
「中東はギースの支配圏じゃないですか。そうなると攻略作戦と同時進行か……ジュネーブへの攻撃も控えているのに。軍に怒られるの僕なんですよ」
「矢面に立つのがお前さんの仕事じゃろ。S-FORCE責任者君」
「はあ、先生たちに押し付けられたようなものなんだけどなぁ……」
宇月博士がため息をついているのを見て、アイリスはナナから聞いていたよりもかなりの苦労人だと思い始める。
「あと君たちは民間人だから、別ブロックで暮らして貰うよ。行動は制限されるけど、身の安全は保証はする」
「あの~、できればここで働かせてください」
「良いのかい? そりゃあ、人手不足だから手伝ってくれるだけでもありがたいけど……ここは君が知っている国も人もいないんだよ。戦う必要なんてどこにもない」
「それは違います。私は未来から来たと言ってもこの国の女王。ならば、この地に住み人々を護る義務があります。そこに過去も未来もありません。たとえ、この選択で本来の歴史と異なる未来になり、間違っていたとしても、私は私の『正義』を選びます」
「間違っているのに正義?」
「そうよ、ナナ。何が正しいかなんて私にはわからないもの。結局、正しいのか間違っているのか、善なのか悪なのかは他人……歴史が決めることよ」
先の警備用マシンドールのちょっとしたやりとりで自分の命運が決まっていたのであれば、正しい歴史を歩むつもりで何もしない選択肢が間違っていたことになる。実際のところ、未来から過去に来たところで、何が歴史の転換点になっているかなんてわからないのだ。
ならば、自身の心に素直に従ったほうが何倍も良いに決まっているとアイリスは思った。
「間違っていても正義……」
セブンスセブンはアイリスの言葉を反芻する。それらの言葉は互いに正反対の意味を持つと思っていた。だが、アイリスはそれらが両方成り立つと言うのだ。互いに反するものの両立、自分の意思を貫き通す絶対なる意志、今の彼女には理解できなくとも、近い将来、その言葉を理解する日が来る。
「わかった。君の意思を尊重しよう。アイリスちゃ……じゃなかったアイリス王女陛下と呼んだほうが良いのかな」
「アイリスで大丈夫です。まだ私たちの国は無いので」
宇月博士とアイリスは互いに手を取り合う。
これは消された歴史の影に隠された世界を救うもう一つの戦い。
過去を守り、未来を取り戻す彼女たちの戦いは今、始まる。




