EPISODE4 買い物
「ナナ、着替えられた?」
「はい。しかし、この服は動きにくいですね」
「そりゃあ、メイド服だもの。戦闘のことなんて考えてないわ」
翌朝、侍女のメイド服を貸してもらったアイリスはナナに着替えるように命じていた。ナナは不満そうではあるが、アイリスからすれば痴女スーツを着て街中に出歩かれるよりかはずっと良い。
「好みの服とかある?」
「そうですね。動きやすく耐火・耐水・防刃性に優れた服があればいいのですが……」
「そんなもの無いに決まっているでしょ!」
「なんと!? では何のために服を買うのです?」
「ファッションよ。昔はどうだったかは知らないけど、あんな服を着て戦闘する人なんて今はいないんだから、それなりの恰好をしてもらわないと」
「時代の流れとは恐ろしいものです。では、動きやすさで妥協しましょう」
「それくらいならいくらでもあるわ。街に出かけましょう」
アイリスが手を取り、ナナを引っ張っていく。元気よく飛び出した先には活気あふれる城下町が広がっていた。
そんな城下町を歩いていると、一人の露天商の中年男性に話しかけられる。その男の露店には様々な色や形の石がゴロゴロと転がっている。
「姫様、上質な魔石を仕入れましたぜ。常連価格で1個1万ジェニーから」
「やけに安いけど、どれどれ……」
ゴーグルをかけたアイリスを見て、露天商はげぇと心底嫌そうな顔をする。どうやら、このゴーグル姿には苦い思い出があるようだ。
「質は悪くないけど、これは小さいし。この大きいのはちょっと不純物が多い……2個買ってあげるから少しまけて1万5千にしなさい」
「トホホ……適正価格から少し安めとか、ぐぅの音もでねぇ。やっぱそのゴーグルは反則だよ」
「高く売ろうとしたのとどっちが反則だか。適正価格でも1万6千なんだから、常連価格で1000ジェニーくらい安くても罰は当たらないわよ」
「そのとおりだよ、ちくしょう!」
「ボルドーさん、ありがとう」
お金を受けとった露天商は商品の魔石を手渡す。戦利品を手に入れてほくほく顔のアイリスではあるが、肝心の衣服の代金が足りるか心配になり、再度財布の中を確認する。
「お金は大丈夫。買いに行くわよ」
「……さっきから他の露天商にも呼びかけられていますが?」
「……寄ったら買いそうだもの。我慢我慢」
新製品だの限定品だの本日限りだの、魅力のある言葉にうずうずとしながらも、なんとか行きつけの服屋にたどり着く。店の中に入ると、店員と思われる女性の服を着た長身の男性がマネキンのコーディネートをしている。ドアのベルの音で気づいたらしく、その手を止めてアイリスたちに近づいてくる。
「あら~ん、久しぶりねぇ。いつ以来だったかしら」
「久しぶりです。アランさん」
「あら、そこのかわいこちゃんは?」
「ナナと言います」
「ナナちゃんね。もしかして、この子を着飾ればいいの?」
「そうよ。おもいっきり可愛くしてあげて!」
「待ってください。マスター。動きやすいシンプルな格好で良いと申し上げたはずです」
「何言っているの!女性として生まれたならファッションを楽しまないと!」
「私はきか……」
「そうよ、おしゃれをしないなんて人生の半分を捨てているも同然よ!」
「そもそも貴方はおと……」
「「細かいところは良いの!」」
「……なんですか、この空間は?」
あまりにも熱心な二人の態度にナナのCPUがエラーを出しそうになる。歴戦の勇士でも、自称も含めた女性二人の対処マニュアルはないようだ。しぶしぶと言った表情で二人のマネキンとなる。
「メイド服も悪くはないけど、こういったカジュアルな感じなスカート姿も良いと思うの」
白のブラウスに、裾野が広めのスカートをはかせて、くるりと一回転させてみる。どこかの清楚なお嬢様といった感じだ。
「先ほどの服もそうですが、このようなスカートは引っ掛ける可能性が……」
「スカートが駄目なら、こっちはどうかしら? 敏捷性も上がるおまけ付きよ」
「機動力は重要です。着替えさせてもらいます」
新たな服を受け取り、試着室に入っていくナナ。少しして、試着室のカーテンの隙間からものすご~く不満そうな顔をしながら、その姿をさらけ出す。
「これはだめだにゃー。モノがつかめないニャー」
「あなた、仏頂面の割にノリは良いのね」
「猫の着ぐるみ、可愛いよ!アランさん、ナイス!」
「他にも犬の着ぐるみとかもあるけど、着替えさせてみる?」
「もち!」
これはまだ着せ替えショーが続くと確信し、ナナは大きなため息をつく。きぐるみだけでなく、スーツよりも布面積が少ない水着姿までもさらけ出してしまう。当初の目的を忘れたのではないかと思うほどの時間が過ぎた後、ようやくナナの望みの品が考えられる。
「……パンツスタイルにしたけど、これはこれで良いわね」
「皮の帽子をつけてレトロな冒険者風もいいかも」
「それも良いわ。あと髪をこのあたりまで切れば、男装の麗人になりそうじゃない。顔つきが整っているっていいわ~。あたし、良い美容師知っているから紹介するわよ」
「私の髪もですが、ナノマシンによる自己修復があるので、数日もあれば元に戻ると思われます」
「ナノマシン? よくわからないけど、すぐに伸びるってことね。残念だわ~ん」
「服装はどう?」
「耐久力に不安は残りますが、機動性は問題ないかと」
「ナナの要求する耐久力を持つ服はまず無いから。アランさん、これと似た服も数着お願いします」
「今日は奮発するのね。割り引いてあげるわ。服を買う時はこの店を利用してね♡」
「……わかりました。戦闘時に破けると思うので、利用させていただきます」
「いや~ん、ちょっと破けること前提!? お洋服が可哀そうだわ。追加プランになるけど、強度を上げてもいいわよ。あたしにかかれば、鎧みたくできるんだから」
「魔法で……でしょうか?」
「当たり前じゃない。鉄より硬い糸なんてないんだから。でも、魔力付与で鋼鉄に近い強度をつけることができるの。兵隊さんの制服に使われている技術の一つね。で、値段だけど……」
アランが電卓をパチパチと押していくが、先ほどの魔石と比べれば桁が一つ違う値だ。これにはアイリスの顔もひきつっている。
「ちょっ~と予算オーバーかな」
「だったら、ヒメちゃん割で……これならどう!」
「う~ん、さっきのきぐるみも買うから、これで!」
「きぐるみには魔力付与なしで構わないかしら」
「うん、なくてもいい」
「ちょっと待ってください。あれは実用性に乏しく無駄遣いでしか……」
「商談成立よ!夕方には付与が終わっているから、取りに来なさい」
アランが選んだ服を奥の部屋へと運んだ後、扉を閉める。夕方まで時間があるので、普段はめったと気にしない財布の残金を気にしながら、市場を歩いていく。
「うっ、お金が無いときによさそうなパーツが見つかる……お金が欲しい」
「働きますか?」
「身分でも隠して? ふふ、そういうの、恋愛小説で見たことあるわ」
「恋愛小説ですか……この近くに図書館はありますか?」
「あるわよ。この国随一の図書館がね。私もあそこの本や資料に何度も助けられたわ」
「では、行きましょう。見てみたい本があるので」
「良いわよ。案内してあげる」
2人は城下町にある大きなドーム状の建物へと足を進める。