EPISODE38 狂化
約束の3日目の昼すぎ。今日中に決着をつけなければ、獣人たちとの戦争が始まってしまう。そうなってしまえば、両国の関係は後戻りの効かないところまで行ってしまう。不安に駆られたアイリスはナナの部屋に入る。
「あら? ナナがまだ寝ているなんて珍しい」
シーツのしわが一つもなく、ぐっすりと寝ているナナを見るのは初めてだった。やはり、ここのところ、激戦が続いただけに疲れが出たのだろうかと思う。
『機械ですから疲れなんてありませんよ』
直接聞いても、そんなことを言われるのだろうと苦笑していると、ナナの目がパチリと開く。
「ごめん、起こしちゃった? ずいぶんと寝ていたようだけど」
「いえ、大丈夫です。作戦開始まであと数時間といったところですか」
「うん……」
不安がるアイリスの頭をナナはゆっくりとなでる。
「大丈夫です。私はこれまで不可能と思われた任務を達成し、帰還しています。だから、今回も必ず」
「そうよね。私たちならできるわよね!」
「ええ!」
ナナの励ましに立ち直ったアイリスは、ナナの部屋を出る。その表情に暗い影があったことに気づかぬまま。
黄昏時。日が落ち、顔の判別がつきにくい時間帯。それゆえ、奇襲を仕掛けるには最も有効的な時間帯であり、見回りの騎士たちが最も気を付けなければならないのだが、見回りしている者たちは愚痴や欠伸などをして、気が緩んでいる。一人の騎士がその原因である巡回しているマシンドールを睨めつける。
「帝国のゴーレムだったけ。タイマンじゃあ勝てないし、あんなのが配備されたら、俺たちのやることなんて何もねぇよな」
「まったくだ。もしかすると、俺たちクビになるかも」
「だったら、新しい職を探さねぇとな」
「でもよ、噂によれば、いろんな職場にマシンドールをどんどん導入してオートメーション化を図るって聞いたことある。俺たちに回る職なんてあるのかねぇ」
「ハンス、マジかよ」
「マジだ。マジ。だから外に空飛ぶ船が置いているんだろう」
城外にある3隻の鎮座している飛行艦を眺める。空輸されたマシンドールは続々と騎士団たちの居場所を奪い、リストラの危機に追い込んでいく。急速すぎる社会の変化に追いついていけないのは市民たちも同様だ。
「アルフレッド王子、じゃなかった国王はどう考えているのかねぇ」
「さあ。俺たち、末端の騎士に政治のことは分からんよ。ただ……」
どこか間違っているなどとは口が裂けても言えなかった。少なくとも、近くに聞き耳を立てているかもしれないマシンドールがいる限りは。悲哀の目で沈んでいく夕日をぼんやりと見ていると、遠くから近づいてくる影が見える。しかも、その速度はかなり早い。
「なんだ、あれは……!?」
「敵か? それとも……」
どんどん近づいてい来るハーピィの群れ。そして、先導しているのはブリュンヒルデたちとグリフォンに乗っているアイリスだった。
「騎士団の人は下がってください!私はお兄様に用があるのです!!」
「ひ、姫様!?」
「さらわれたはずじゃあ」
「事情を知らないのであれば、なおのこと。道を開けなさい」
「ターゲットカクニン。ハイジョカイシ」
「おい、待て」
騎士の制止を振り切り、Pアサルトがハーピィやブリュンヒルデたちに向かって銃弾を放っていく。
「向こうのマシンドールは戦う気みたいね。手はず通り、ここは私たちに任せて」
「お前たち、女神様の前で無様を晒すなよ」
「わかりました。ブリュンヒルデさん、ハーピィのみんな」
向かってくるPアサルトたちに向かって、ブリュンヒルデたちが反撃していく。風魔法や羽、爪による攻撃が主体のハーピィにとっては攻撃の通りが悪く強敵だが、足止めくらいはできる。
「フェザーストーム!」
「動かない的なら、目をつむってでも当てられるわ」
当然、その隙を逃さずブリュンヒルデが撃ち落していく。その傍らをグリフォンに乗ったアイリス、ナナ、レイの三名が横切るのを確認する。奇襲による混乱から立ち直りつつある騎士団たちが、狙いは甘いが、こちらへ攻撃を仕掛けてくる。
「さてと、こっちはやられない程度に頑張りましょうか!」
城壁を乗り越え、城内に入ろうとするアイリスらの前に団長であるエドウィンが立ちはだかる。
「通してください、エドウィン団長」
「姫様の命といっても、まだここを通すわけにはいかないんだよね。それに新しい仲間も増えているみたいだし」
「ボクのこと? ボクはレイ。よろしくねー」
「レイちゃんね。さてと、お手合わせ願おうか!」
3本の剣を束ねた合身剣でレイに襲い掛かる。それをレイはビームサーベルで楽々と受け止める。
「へぇ~、結構重いね」
「これでも結構本気出しているんだけど」
「結構じゃなくて本気を出してよね」
レイがエドウィンを抑えている間に、ナナとアイリスが城内へと足を踏み入れる。
「それとも、わざと手を抜いてセブンたちを中に招き入れているとか?」
「さあね。俺が使えているのは王じゃなくて国だけど!」
時間稼ぎの思惑があったとはいえ、2人の激しい攻防は騎士たちが助太刀しようと思っても、下手な介入は足を引っ張るだけだと思わせるには十分であった。
玉座の間にて、アルフレッドは臣下たちの報告を受けていた。賊の奇襲だけならまだしも、その正体が自分に泥を塗ったブリュンヒルデ率いるハーピィと実の妹が紛れ、しかも城内に侵入を許しているのだから、イラつきなど抑えることができない。
「ええい。何をしているのだ、我が騎士団は!?」
「で、ですが、相手はあの大亀を葬ったナナですよ。我々では、どうしようも……」
「ヴェスパー、何か策はあるか!」
(あるわけがない!団長ですら、楽に勝てる相手ではないんだぞ。だが、そんなこと言えるはずもない……)
「な、ならば、前国王陛下を人質に取り、交渉してみましょう」
「交渉に応じると思うか?」
「姫は心優しいお方。話し合いで解決しようと考えるはず。交渉している隙に包囲すれば……」
「その後の策はお粗末だが、その見立ては悪くない。父上を地下牢から連れてこい!」
「畏まりました」
ヴェスパーらが玉座の間から退出していく。いまだ堪えぬ爆発音に玉座にいるアルフレッドはイラつきながら、指をトントンと叩いている。そんなとき、彼の耳にこちらに近づいてくる足音が聞こえる。
「ヴェスパー、ずいぶんとはや――」
「お兄様」
「アイリス!? 我が騎士団は……」
「貴方に心酔していた騎士たちは切り捨ててきました。回復魔法が使える人材がいれば、よほどのことが無い限りは致命傷にはならないのは知っていますので」
「ナナ、貴様!」
「お兄様!もう帝国と手を組むのはやめてください。帝国のやり方は間違っています」
「黙れ!帝国と手を組めば、我が国は一生安泰なのだぞ。それに、いくら駆逐しても魔物が湧く我が国は、軍備を強化したとしても批判されることは無い。帝国の軍事拠点として栄えることができるのだ」
「……その国に市民の笑顔はありますか?」
「何を言っている。我らにとって市民とは使い捨ての駒!淡々と働ければそれでいい」
「お兄様は間違っている!みんなが笑顔で暮らせるような国をつくりたい。だから、お兄様を止めます」
「落ちこぼれにできる!」
「私はブリュンヒルデさんみたいに飛べないし、レオン陛下みたいに強くないし、魔王陛下みたいに魔法を使うことができない。だけど!そんな人たちでも、できないことはある。だから、他の人の力を借りる。落ちこぼれでも良いわ……だから、私はみんなの力を借りるの!国中、ううん、世界中の人の力を借りながら前へと進む、それが私が選んだ王の道よ!!」
「そのような王、この国には不要だ!サモンーー」
「遅い!!」
瞬間移動とも思えるほどの速さで、アルフレッドの喉元にGブレードを突き付ける。通常状態ならば、ともかくすでにリミッターを外しているナナが、呪文詠唱をする隙を見逃す理由は一切なかった。
「くっ、なに……?」
「貴方にはリミッター解除時の運動性能を見せていませんでしたからね。それが私たちの勝機。少しでも呪文を唱える素振りをすれば斬ります。ブリュンヒルデの戦闘ログから、貴方が詠唱を終えるまでに斬りつける時間は十分にあります」
(まだだ。もうじきヴェスパーが戻ってくるはず。そうすれば、いくらでも交渉し……)
まだ逆転の余地があるとほくそ笑んでいるアルフレッドはこちらに近づいてい来る二人の足音を聞いた。「アルフレッド」と父の声が聞こえた時、内心で勝ったと思った。
「ヴェスパー、よくや……」
「わりぃな、ヴェスパーの野郎じゃなくて」
「父さま、アッシュ副団長、どうしてここに?」
「俺は別に王子派閥でもねぇしな。それに団長は言葉足らずだから、こうして俺がフォローしてやらねえと」
「アルフレッド、お前が怪しい動きをしていたのは父である私がよく知っている。だからこそ、お前の周辺を調べていたのだ」
「さすがに事前準備は周到で証拠が無かったから、動きなしと報告せざるを得なかったが、獣人への攻撃でボロが出たぜ」
「なんだと……」
「民間人への攻撃。さすがの王子派閥も仲間割れをし、俺たちに今までの悪事を白状した連中もいる」
「血の気が多い獣人がなぜか、すぐに反撃しなかったおかげで頭が冷えたらしいな」
ピスコはアイリスの方をちらりと見る。どうやら、幽閉されても父には娘が何をしてきたのかお見通しのようだ。
「ぐっ……なぜ、俺の邪魔をする。この落ちこぼれの命一つでこの国は救われるんだぞ!」
「どういうこと?」
「三幹部のマリリンから聞いたのだ。皇帝陛下がアイリスの首を持ってくれば、エリア3として扱わず、対等の立場として存在を許そうと。だから、私は――」
「それを守ってくれる保証はありません」
「そうよ。そもそもどうして、私の命が欲しいのか分からないもの」
アイリスはいくら考えても、帝国が自分を狙う理由が思いつかない。帝国の重鎮に会ったどころか、帝国領土にすら足を踏み入れた記憶すらないし、帝国関連の本を読んだ程度で命を狙う理由にはならないだろう。大方、唆されただけだろうと彼女は思った。
「落ちこぼれ風情が私を否定するな!こうなったら――」
「急に脈・体温・心拍数が上昇!? なにを!」
何が起こっているか分からないが、このままではよくないことが起こると判断したナナはアルフレッドに一太刀入れる。致命傷ではない程度に切ったキズが瞬時に回復された。
「これはリジェネレート。だが、オーガよりも早い!」
「私の体内には帝国から貰った魔道具、ナノマシンアンプルを注入してある。これにより、身体能力や回復能力が大幅に上昇する」
「体内にナノマシンを……? そんなことをすれば副作用でどうなるか?」
「だから魔法で抑えていた。だが、もう抑える必要などない。こんな国……すべて壊れろぉおおおおおおおおお!!」
アルフレッドの身体がメキメキと音を立てながら、天井が壊れるほどに肥大化し、硬質化していく。背中には翼が生え、頭に生えてきた角がまるで悪魔を連想させる。股間部からは蛇のような胴体と頭が出ており、こちらを睨めつける。
(ナノマシンの影響で異形の姿になるのであれば、もしや私たちのいた時代にはいなかった魔物や魔族の正体は――)
「あれがお兄様なの……?」
アイリスの言葉を聞いて、我に返ったナナはアイリスの名を呼びかける。魔族や魔物の発生原因がナノマシンによる環境汚染が要因だったとしても、それを確かめるすべはないし、なにより優先順位が違う。
「うん、わかっている。アッシュ副団長はお父様を連れて安全な場所に。あと、市民の誘導もお願いします」
「イエス、ユア・ハイネス!」
アイリスに命じられたアッシュは嬉しそうに応え、ピスコを連れて城外へと向かっていく。
「ブリュンヒルデはハーピィたちを市民の誘導に回しました。制御の効かないマシンドールは騎士団と協力して交戦中」
「わかった。なら、私たちのやることはひとつよ!」
アイリスとナナはアルフレッドだった悪魔を睨み返す。この国を救う最初にして最後の戦いの幕が上がる。




