EPISODE36 レイ
帝国からの奇襲を受けた市内で負傷者の治療や行方不明者の探索が行われている中、王宮内では今後についての会議が行われていた。すなわち徹底抗戦か、服従か。その答えは既に決まっていると言わんばかりのスムーズな進行に参加していたアイリスはその流れを変えるのはできないと悟った。
(お兄様が何を考えているか分からないけど、悪いってことくらいは分かる。でも、このままだとこの人たちと戦争になってしまう。そうなったら――)
自分の中で獣人の国と同じように、火の手が上がる街並みを思い浮かべる。そのような未来にさせまいと待ったをかける。
アイリスの言葉を聞いた獣人や難を逃れた小太りの商人らがコチラを睨めつけてくる。反対意見など言わせないと言わんばかりのプレッシャーがのしかかりながらも、口を開く。
「侵略行為をした我が国が過ちを犯したのは事実です。ですが、それは私の兄が独断でやったこと。国民たちはそれを望んでいません。ですから、私たちに最後のチャンスを、時間をください!」
「時間か。それはいつまでのことだ。明日までか、明後日までか、1週間先か、1月後か、1年後か。そなたらが、国の思惑から外れ、民を守ろうと奮闘したことはこの場にいる全員が知るところ。聞く耳くらいは持とう。だが、同胞の血が流れてしまった以上、衝突を避ける気は毛頭もない。その上で答えて見せよ」
「3日!」
アイリスは緊迫した表情を浮かべながら3本の指を立てて答える。そのあまりにも短すぎる要求に城内がざわつく。
「人が災害に巻き込まれた場合、4日後の生存率は大幅に下がります。つまり、3日までは貴方たちも救助や捜索に人員を取らざるを得ないはずです。私たちはその間に、王都にいる兄から政権を取り返し、帝国との関係を断ち切ります」
「たった二人であの軍勢と戦うと言うのか?」
年老いた獣人が思わず口にする。その問いに対して、アイリスは首を横に振り、その問いに答える。
「二人だけではありません。私たちには心強い仲間がいます。私たちはこれから、その人を迎えに行きます。それに……」
「それに?」
「邪龍ディアボロス。私たちは、かの悪名高き龍でさえ討伐したのです」
「ありえん!ふざけている!!」
「嘘だと思うなら魔族の方々に聞けばいい。私たちを信じて、3日!3日だけ反攻作戦を遅らせてください!!」
懸命に訴えるアイリスの様子に別の獣人が口を開く。
「3日……アキンドゥ、武器の調達にはどれくらいかかる?」
「ツテがあるとはいえ、今から戦争に必要な分の物資を揃えようとしたら、明日中ってのは無理な話だ。数日はかかると思ってくれ」
「報復攻撃を実施するにも多少の時間はかかるということだな」
「こういう騒ぎに乗じて火事場泥棒する輩もいるから、全勢力を回すってのもできない。3日もあれば、市民の混乱も多少はマシにはなる」
「それじゃあ……」
「結論は出たようだな。これより72時間は我らを裏切ったシャルトリューズ王国に報復攻撃をしないことを宣言する。しかし、期日までにアイリス第一王女が政権を奪取しなかった場合、全勢力をもって同じ痛みを与えるものとする」
議会の結論が出たことで、それぞれの代表らが自分らの戦うべき場所へと戻っていく。そして、アイリスはこの会議で出した自分の提案が果たしてよかったのか。ただ、国の命運を勝手に決めつけてしまったのではないかと思い始める。
「ねえ、ナナ。私のやったこと間違ってないわよね……」
「難しい質問ですね。事情を知らない第三者から見れば、マスターアイリスが出した答えは間違っています」
「……そうなのね」
「ですが、誰かが故意に戦争を起こそうとするのなら、たとえ悪と呼ばれようと自信の正義を貫き通さなければならないときがあるのです」
「悪なのに正義?」
「ええ。善悪を決めるのは他人です。ですから、人は自身の正義に誇りを持ち、たとえ敗北したとしても、その意思は誰かに受け継がれていくのです」
「受け継がれる意思……」
「ええ。私が居なくなっても、マスターがいます。そして、マスターが誰かにその意思を渡せば、私の死は無駄ではないのです」
「ナナが誰かに負けるなんて思えないけど?」
「……形ある者、いつかは壊れるというものです」
「普段からナノマシンで壊れないって言っているのに」
「む。それは……」
「でも、ナナと話したせいか肩が軽くなったわ。早く大森林の探索に行きましょう」
「その前に人手の確保ですね」
「でも、今は非常事態だから、手を貸してくれないと思うけど」
「彼らなら、あるいは……」
「彼らって……サイノスさん?」
「ええ。南部からの侵攻だったので、彼らが根城にしている北部の被害はほぼなかったと思われます。つまり、手を貸してもらえる可能性がかすかにあります」
「早く会いに行きましょう。ダメで元々よ」
2人が駆け足で街の北部へと向かっていく。流れ弾が飛んできたのか、崩れた建屋もあるが、その数は南部よりも圧倒的に少ない。被害の大きい南部に人手が割かれているのか、以前と違って静まり返っており不気味さが漂う。
サイノスが根城にしていた酒場に向かって歩いていくと、「姐さん」とサイノスの呼びかける声が聞こえる。
「空をびゅんびゅん飛び回っていたのってやっぱ姐さんだったんですね」
「貴方に頼みたいことがあります」
「俺に頼み事? 話を聞かせてくれや」
サイノスがまだ営業前でうす暗い店内をずけずけと入り、ドカッと奥のテーブルに座る。そして、二人から事のあらましを聞き、少し考えた後、口を開く。
「やられっぱなしってのは俺の趣味じゃねぇからな。良いぜ、仲間にも声をかけて付き合ってやる」
「本当ですか?」
「姐さんの頼みだからな。断らねぇよ。復興とかは表の連中に任せればいいのさ」
「では、捜索してほしいのは地図でいうと……」
「どれどれ……大森林の西側か」
「ええ。私たちは空を飛んで中央から東側の捜索。貴方たちにはその反対側の捜索を」
「わかった。他の連中にもそう伝えておくぜ。何か見つかったら、発煙筒でも焚いておく」
そう言い残し、サイノスは自分の手下をつれて大森林へと向かい始める。そして、残されたアイリスらも大森林の中へと飛翔していく。
その日の夜、月光すら届かぬ樹下で焚火をしているナナとアイリス。懸命に捜索するも、出会うのは子供サイズの昆虫やビッグフット等の魔物たちだけ。手がかりをつかめぬまま、日が暮れてしまい、研究所の捜索は中断となった。
「……あと2日。もし、見つからなかったら、どうする?」
「明日、見つからないようであれば、捜索は断念し、最終日に王都に奇襲を掛けましょう」
「できるの?」
ナナは互いの戦力を天秤にかける。向こうの最高戦力であるエドウィンをナナが抑えたとしても、ブリュンヒルデとハーピィたちが騎士団を制圧するのは厳しいだろう。可能ならば、もう1機の戦力は欲しい。それも、自分らと同程度の戦力を見込める程度には。
「…………」
「やっぱり厳しいのね」
「ええ。あと一手が足りません」
「なら、明日。頑張って探しましょう!私もそのレイって子、どんな子か見てみたいもの」
「きっと、仲良くなれますよ」
「そうなの? 楽しみにする」
おやすみと言って、アイリスはゆっくりと瞼を閉じる。昼間にこのあたりの魔物を片っ端から倒したせいか、ナナを警戒して襲う素振りを見せる魔物は近くにいない。といっても、気を緩めていい理由にはならないので、ナナは長い夜が明けるまで物思いにふけるのであった。
捜索2日目。既に太陽は真上に昇っており、じめじめとした湿気がアイリスの体力を奪っていく。だが、あと数時間もすれば、捜索は打ち切りとなり、無謀ともいえる奇襲を仕掛けなければならない。戦争を止めるには、レイの力が必要なのだ。
「こんなところでへこたれている場合じゃない!」
汗をぬぐい、止まりそうになる足に喝を入れて先行するナナの後を追う。ナナを見失わないようにしつつも、ゴーグルの分析で異常なものが無いかの確認は怠らない。サイノスからの合図はまだ無いのかと空を見上げると、赤い煙がもくもくと登っているのが見える。
「あれは……」
「見つかったのかもしれません。行きましょう」
ナナのリミッターを外し、アイリスたちは赤い煙の発生源へと向かっていく。そこにはサイノスとその仲間たちが手を振って、こっちだと誘導している。
「姐さん、ココを見てくれ」
サイノスが指をさしたのは人が入れるかどうかほどの大きさしかない縦穴。その傍らには草木がどかされており、その縦穴を覆い隠していたのが容易に想像がつく。
「中を軽く見てきたが、人の手が入っているような造りになっている。もしかすると、姐さんが探していた遺跡かも知れねぇ」
「予想円の中心部からは少し外れていますが、時間が残されていないのも事実」
「ナナ、これが最初で最後のチャンスかもしれない。行きましょう」
「俺たちも中に――」
「いえ、作動しているトラップがあるかもしれません。なんたってここは稀代の兵器開発者、ドクターヴェクターのラボですから。貴方は他の人が誤って中に入らないように見張ってください」
「わかった。だが、夕刻までに戻らなかったら、俺たちも中に入るぜ」
「了解しました。では、行きましょう」
ナナとアイリスは遺跡の中へと飛び降りていく。床や壁はナナの居た遺跡と同じくわずかに発光しており、松明などの灯りは不要そうだ。そして、勝手知ったると言わんばかりにナナはこっちですとアイリスを案内する。
「あのときは分からなかったけど、これってナノマシンを使った蛍光塗料なのかしら」
「ええ。メンテナンスフリーな素材なので、維持管理が楽になります」
「それで普及したのね。ナノマシンの作り方さえわかれば、再現できそうなんだけど……」
「私からは教えるつもりはないので」
「そうよねー、ナナってあまり教えたがらないもの」
「うっ、それは……」
「ナナって隠し事、多そうだし――」
「ストップ。この話題はやめましょう。トラップは問題なさそうですね。さすがはドクターヴェクター製。敵味方の識別機能がきちんと機能しています」
(私の分析でもまだ稼働していると思うけど、それっておかしくない?)
アイリスはナナの言葉に引っ掛かりを感じる。確かに同じ時代で同じ陣営に所属していたナナがトラップの対象外になっているのは分かる。でも、異なる時代を生きるアイリス自身がその対象外になっているのはおかしい。
ナナの傍にいることで味方として認識されているのか、はたまた何らかの偶然でアイリスを味方として認識されているのか。
ナナの言葉だけを信じるのであれば前者かもしれないが、アイリスはうっすらと別の理由があるのではないかと思った。そう思った理由は自分でも分からないが。
「着きました」
「これってナナがいた部屋と同じ扉……」
「マスターアイリス、認証を願いします」
「認証? あの時みたいに手をかざせばいいのかしら」
アイリスが手をかざすとゴゴゴと地響きしながら、さび付いていた扉が開いていく。そして、そこにあるカプセルをナナが起動していく。カプセルが開かれると、そこには赤黒い鎧を身に纏った褐色の少女が眠っていた。
「う~ん、良く寝た。よく寝たのかな? まあいいか。あっ、セブン!おひさ~、おひさ?」
「私も目覚めてから半年もたっていないので」
「じゃあ、そこまで久しぶりじゃないんだね。で、この荒廃っぷり。10年くらいは経っていると見た!」
「……少なくとも0が二つほど足りません」
「うわ~、それじゃあ、おじいちゃんもメカになってないと生きてないね。ところで、後ろの子は誰?」
「言い遅れました。私はアイリス・シャルーー」
「アイちゃんだね。覚えた。ボクはZX-0000000、気軽にレイちゃんって呼んで」
「わかったわ、レイちゃん」
「うんうん。ボク、こういう素直な子、好き」
出会って間もないというのに、レイが幼い子供のようにアイリスに抱きついてくる。ナナやブリュンヒルデと比べても、随分と変わった子といった印象を受ける。そんなとき、ブリュンヒルデから連絡が入る。
【セブンスセブン、こっちにも飛行艦が来たわ。進行方向が同じだけってこともあるけど、ハーピィたちを避難させたわ】
「獣人の国の件もありますからなおさらですね」
【こちらから撃つつもりはないけど、迎撃戦になる可能性は高い。できれば手伝ってほしいんだけど】
「ヒルデ、おひさ~」
【その声、レイね。目的を果たしたなら、こっちに来て】
「了解。マスターアイリス、行きましょう」
「ええ!えっ~と、レイちゃん。一緒に来てくれる」
「もち。事情はよく分からないけど、セブンとヒルデが一緒にいるなら、間違ったことはしてないと思うから」
なし崩しにはなったが、新たな仲間となったレイを引き連れ、サイノスに別れを告げたアイリスたちは空島へと向かっていくのであった。




