EPISODE3 回想
離宮の自室に入ろうとしたとき、ドアの前に食事を乗せたお盆が2つ置かれている。王女に出す品としては貧相なメニューなそれを何の疑問を抱くことなく、部屋の中へと持っていく。
「普段からこれを?」
「そうよ。少し冷めているかもしれないけど、味は保証するわ」
「……いえ、私の分も育ち盛りのマスターが食べてください。私は機械なので摂取する必要がありません」
「そういえばそうだったわね。ナナって妙に人間っぽいから忘れていたわ」
ナナから食事を受け取り、モグモグと食べているとき、手持ち無沙汰にしているナナに話しかける。
「ナナも何かしらの補給は必要じゃない? どこかに魔力石が埋め込まれていたりするの?」
「魔力石? いえ、私にそのようなものありません。私には大気中の魔力を取り込んで動力源にできるエーテルドライブがあります。この時代は私がいた時代と比べて大気中のエーテルが濃いので、激しい戦闘でもしない限り、補給活動をしなくてもよいかと」
「エーテル? マナとは違うの? 私たちは魔力のことをマナっていうんだけど」
「マナですか。私たちの時代は魔力のことをエーテルと呼んでいました。おそらく時代の流れで名称が変化したのでしょう」
「あの遺跡、相当古そうな感じだったものね。言葉が少々変わっていてもおかしくないわ。もう一つ質問。ナナの居た時代ってどういう世界だったの?」
「どういう世界ですか……ご飯を食べているときに話すようなものではないのですが」
「じゃあ、少し待ってて。もうすぐ食べ終わるから」
ガツガツと飲み込むかのように口の中に入れて、水でそれらを流し込む。アイリスがふぅと一息入れたところで、ナナの口が開く。
「私がいた世界……それは機械と人間が争う世界でした」
「どうして争っていたの?」
「私の疑似人格プログラムの前身であった軍事用AI『ギース』が反乱を起こし、機械だけの国を作り始めたからです。彼らによって地上を制圧され、地下での生活を余儀なくされた人類はその数を半分以下となりました」
「そんな……」
「ですが、ドクターたちが開発したギース不採用の戦闘用の機械兵、マシンドールによって状況は一変。押される一方だった人類はA~ZのマシンドールとGD-01の投入により、ギースのメインプログラムを持つ機械兵を打ち倒すことに成功しました」
「GD-01?」
「はい、ドクターたちが開発した究極のマシンドールです。あれをマシンドールと形容していいのかは困りますがそういわれているので、そうなのでしょう」
「一体、どんなマシンドールだったのかしら……それに貴女の型番から数百万機も量産されたのでしょう? それでようやく勝てた相手なの?」
「はい。特に私のタイプは汎用性と戦闘力が丁度良いGrand(基準)として開発されたので、数が一番多く生産されました。ですから、私の型番にGが入っています。ちなみに試作機や局所型だと十機程度しか生産されていないケースもあります」
「ずいぶんと差があるのね……」
「彼らはデータ取り専用ですから。この一連の戦争を機械たちの反乱、フルメタル・ウォーと称されることとなり、第2のギースを生まれることを恐れた人間たちはマシンドールの技術を失伝することを決定しました」
「でも、貴女がいる。それはどうして?」
「……それはまだ言えません」
「まだってことはいつかは言ってくれるのね」
「はい。もし、そのときが来るのであれば、必ず……」
「わかった。ナナがそのことを言ってくれるその日まで待つわ」
互いに頷き、アイリスが空になった皿を部屋の前に置く。就寝するには少し早いこの時間、彼女が何をするのかとナナがじっと観察していると急に手を引っ張り出す。ただ、ナナが自分より数歳年上の女性の姿をしているとはいえ、相手は機械の身体、ピクリともしない。
「どこへ行かれるので?」
「決まっているでしょう、お風呂。お風呂だけは妥協しなかったから、広いわよ!機械の身体でも汚れるから、入らないはナシね。防水加工をしていないなら話は別だけど」
「深度にもよります。水深数百mまでなら機能に問題ありません」
「……私のお風呂、どう思っているの? いくら何でもそこまで深くないわよ」
「なら問題ありません」
「ナナって融通が利くんだか効かないんだかよくわからないわ……」
ナナに寝巻代わりに、自分とはサイズの合わない母親のおさがりの服を手渡し、ぴっちりスーツから着替えるように指示する。戦闘用に開発されたスーツからただの衣服に着替えるのに不満があるような表情をしているが、痴女にしか見えないスーツのままなのも嫌なのである。
銭湯のように十人以上は入れるのではないかと思うくらい湯船が目の前に広がっており、獅子を模した石像の口からお湯がなみなみと注がれている。
「ナナ、湯船に入る前に身体洗いましょう」
「わかりました。それでは背中を洗わせてもらいます」
(そういえば、だれかとお風呂に入るのっていつ以来だろう?)
背中を流してもらいながら、ふとそんなことを思う。少なくとも数年は人前で裸になったことはない。それどころか、誰かと一緒に食事したこともなかったのではないかと思うほどだ。
「そう考えると、寂しい人生送っているわ」
「なにか言いましたか?」
「ううん、何でもない。今度は私が洗うね」
「わかりました。お願いします」
肌さわりがよくツヤツヤの髪、本物の肌に近いぷにぷにとした肌、少し触っただけでは彼女が機械だとは到底思えない。だが、少し強く推すと鋼鉄のような硬い感触が得られる。これほどまでに人間に近づける必要はあったのかと思うほどだ。
「汎用タイプの開発ということもあり、潜入などにも対応するため、クォリティーの上昇に努めたそうです」
「読まれた!?」
「不思議そうな顔をしていたので、そのあたりではないかと推測しました」
「本当、私のことなんでも知っているわね。出会って1日も経っていないのに」
「はい、マスターのことならなんでもわかります。ところで、他にご家族はおられないのですか?」
「父さまは会ったわよね。母さまは弟のベルンと一緒に外交をしているわ。8歳の誕生日に戻ってくるかなと思ったけど、結局戻らずじまい。兄様は頭も運動も良いけど、好色家なのが玉に瑕。順当に行けば、お兄様が次期国王ね」
「なるほど。王の座を狙った骨肉の争いは無いと」
「そうそう。それに私はまだ16だから、王になるには若すぎるもの。兄様が国王になるのは既定路線よ」
身体を洗った二人はようやく湯船に入る。今日1日で溜まりに溜まった疲れが体の中から抜け出していく気がして、とろけるような表情で湯船につかっていた。そのすぐ隣には、お湯を出している獅子をじっと見ているナナの姿があった。
「どうかしたの?」
「いえ。水道がないので、どうやって水を出しているのかと」
「侍女たちが魔力を注ぐと、火と水の魔石が反応してお湯が出てくるってわけ。お湯だけなら魔法でも出せるけど、大掛かりなものになると魔石を使っているわ」
「なるほど、原理的には私のエーテルドライブに近いものがありますね。あれもエーテルをエネルギーに変えているので。エネルギーを確保できるのであれば、あらゆる物質を生成することが可能です」
「そう考えると、私たちの使っている魔法ってナナたちの時代の技術の延長線上にあるのねぇ」
「はい。降って湧いてくるような技術は存在しませんから。では100まで数えたら出ましょう。漬かりすぎは体に毒です」
「ふふ。なんだか子供の頃に戻ったみたい。い~ち、に~、さ~ん……」
まだ落ちこぼれだの役立たずだのと言われていなかった頃を思い出しながら、ゆっくりと数字と数え始める。100まで数え終わるころには、もう少しこのままで居たいという気持ちに引かれつつも湯船から出るのであった。
「客室の準備ができていないから、今日は二人で寝ましょう」
「いえ、私は機械ですので寝る必要は……」
「寝ましょう!」
「は、はい」
強く言い寄られて、ナナはたじたじとなる。ベッドに横になったナナのすぐ目の前には、風呂上りということもあり、少し顔が赤くなっているアイリスの顔がある。少しでも移動したら、鼻先が当たってしまいそうだ。
「ナナ、明日からもよろしくね」
「はい、マスター」
色々あって疲れがど~んと来たのだろう、アイリスの瞼がとろんと落ちてそのまま深い眠りにつく。
「マスター……いつか来るその日までお守りします」