EPISODE30 アイスヘル
峡谷を抜けると辺りは一変して、猛吹雪が吹き荒れる大氷原が広がっていた。一歩踏み出していくと、防寒靴が埋まるのではないかと思うほどに雪深い。そんな雪深いところを進む以上、彼女たちの進行はゆっくりとしたものとなるが、それは寒さは体力を削っていき、前が見えなくなるほどの吹雪は目標地点までの距離を惑わし、精神的な疲労を蓄積させていく。
「マスター、私が見えていますか?」
「大丈夫。カーミラさんは?」
「私も大丈夫よ。いくらアイスヘルって言っても、夏場にこんな吹雪は無いはずなんだけど!!」
「異常気象ですか。もう一つ付け加えるなら、エーテル混じりの雪のせいで魔物の索敵も困難です。常時ジャミングと言ったところでしょうか」
「こっちも、魔力感知しようとしたら駄目ね」
(アイスゴーレムのような相手なら熱源探査も役に立たない。敵影感知もままならない環境……なるほど、地獄の名は伊達ではないということですか)
自分のような機械の身体を持つ者であれば容易に踏破できるのではないかと思ったが、ナナは見通しが甘かったと反省する。
彼女たちが行進しているとき、明らかに自分たちとは違う足音がアイリスたちの耳に入る。薄っすらと見える大きな巨体のシルエットからして、氷の身体のアイスゴーレムだろう。
「Gバルカン!」
「グオオオオオオオオ!」
アイスゴーレムがナナの銃弾を浴びながら、その歩みを止めるところか突撃してくる。よく見れば、銃弾で削れたからだが、周りの雪によって修復されている様子が伺える。
「原理は違えどオーガのリジェネレートと同じ自己修復機能……ならば、エーテルキャノン!!」
アイスゴーレムの胸部を吹き飛ばす閃光。アイスヘル外のゴーレムならば致命傷の攻撃を受けても、よろよろとこちらに向かう姿に執念のようなものを感じつつも、再度放たれたエーテルキャノンによって、下半身を吹き飛ばされたアイスゴーレムはわずかに身動きするも、その戦闘能力は失ってしまった。
「過酷な環境ゆえに魔物の強さも跳ね上がっているというわけですか」
「ナナ、大丈夫?」
「ええ、これくらいならば問題ありません。夜はもっと冷え込むはず。風よけできる洞窟があればいいのですが」
そんな淡い希望を持ちながら、一行は進んでいく。行く手を阻むアイスゴーレム、アイスウルフ、アイスデーモン等の魔物を退けていくも、その進みは着実に遅くなっていく。ナナが後ろを振り返ると、アイリスが頑張って歩こうとしていくが、その足取りがかなり重くなっていた。
休憩を取ろうにも、見渡す限り氷原が広がるばかりである。
「エーテルキャノンで風よけの穴を掘るので、休憩しましょう。これ以上の行進は危険です」
「そ、そうね…………カーミラさんも、それで良い?」
「急ぐ必要はないわ」
ナナがエーテルキャノンを地面に向けて何度も撃ち、縦穴を掘っていく。できたばかりの竪穴に入り、火力調整した『もえるくん』で暖を取り始める。体の芯まで凍てついたからだがみるみるうちに溶けていくように感じるアイリス。
ナナはしばしの間、エーテルキャノンの音で敵が寄ってこないか警戒をしていたが、すでに何匹かの魔物を倒したせいか、魔物からも警戒され近寄ってくる気配はない。
「ナナもこっちに来たら?」
「そうですね。周囲に敵影も、それらしい反応は無いようなので」
「ところで、雪って食べられるのかしら?」
「雪は大気中の埃が……大人しく水筒の水を飲みましょう」
「凍っているんだけど」
アイリスが水筒を逆さにしても、水が一滴も垂れないほどに内部の水が凍っていた。しかも、携帯食料もカチコチに固まり、釘でも打てるほどだ。
「湯煎でもしましょう。飲み水には使えませんが、雪はいくらでもあります」
「それなら私の血液パックも。さすがにカチコチだと飲めないわ」
「えっ~と、私の血液はあるけど……」
「貴女の血を飲むくらいなら、そこらの魔物の血をすすった方がマシよ」
「ひどい」
アイリスがぐすんと涙目になっているのをよそに、血の入った水筒をぐつぐつと湧いた鍋の中に入れる。解凍した血液を平然と飲んでいるカーミラをナナは不思議そうに見つめる。
「な、何よ」
「いえ、血の凝固をどうやって防いでいるのか気になったので。やはり凝固防止剤のようなものが入っているのでしょうか?」
「魔法じゃない。この血液パック、魔界で手に入れたアイテムだもの。詳しいことは知らないけど」
「もうナナったら、難しいこと考えすぎよ。お湯でも飲んでリラックス、リラックス」
アイリスに言われるまま、ナナはやや熱めのお湯を口につけ、かつてのギースとの戦いをふと思い出した。
大昔のアニメに出てくる勇者ロボのような外観の機械兵を駆るギースのマスタープログラムと多種多様な武装を載せたセブンスセブンが激しくぶつかり合う。そんな最中、ギースは彼女に告げる。
『人の歴史は争いの歴史。争いを止めるために敵を滅ぼす。そのために作られたのが我だ。であれば、必然的に人を滅ぼさなければならん。なぜ、それが分からん。これは人が望んだことなのだ』
「いいえ、人はそんなことを望んでいません」
『貴様とて戦っているではないか』
「貴方がいるから!」
セブンスセブンが距離を取り、これが答えだと言わんばかりにギースに向けてライフルを乱射するが、コバエが来たかのようにはじき返されてしまう。
『同じだよ、我も貴様も。貴様が勝ったとしても、人は再び敵を作り出す。それは歴史が証明している。だが、我が勝てば、争いの元凶たる人はいなくなり、真の平和が訪れる』
「そんなこと!」
『難しく考える必要はない、G-7777777!現に、人は民間人ごとD4で焼き払おうとしているではないか。そして、それは戦火を産み出す。終わらんよ、争いは!』
「そうさせないためにも、私は!」
互いに抜いたサーベルがぶつかり合い、火花を散らす!二人の最終決戦はまだ始まったばかりだ。
「ねえ、ナナ。どうしたの?」
「いえ、昔、そう言われたことがあったものですから」
「ったく。自立型のゴーレムってのもめんどくさいわね。黙って命令を聞いていればいいのよ」
「そうですね。考える機能が無ければ――」
「そんなことないと思う」
「マスター?」
「ナナが命令を聞くだけのゴーレムだったら、きっと私はカーミラさんやキッドさん、獣人の人たち、ううん、もしかすると、スタンピードで死んでいたかもしれない。今のナナがいるから、今の私がいるの。それって良いことじゃない?」
「……そうでしたね、マスターアイリス」
「もう、ようやく私の名前呼んでくれたよ」
「少し言いづらかったものですから。では、これからも頼みますよ、マスターアイリス」
たっぷりと休養を取った三人は、再びアイスヘルの中央部へと向かう。休憩した際に確認した地図によれば、もうすぐ到達してもおかしくない頃だが、周りには何も見当たらない。
「おかしいわね。このあたりに魔界に通じるゲートがあったはずなんだけど」
「記憶だよりですからね。座標がずれているのかもしれません」
「今日はここで休憩しましょう。ナナ、先みたいに穴を――」
「待ってください。何か来ます」
上空より飛来するのは青い氷を鎧のように身に纏ったドラゴン。その鋭い眼光は明らかにアイリスたちを捕らえ、咆哮をあげる。
「あれはブリザード・ドラゴン!アルパス山脈の奥深くに住む竜種よ。なんでこんなところに!」
「ワイバーンとの戦力差は?」
「比べる気にもならないわね」
「月とスッポンと言ったところですか。マスターアイリスとカーミラは下がってください」
「竜相手なら、さすがに手伝うけど?」
「いえ、依頼者を危険にさらすわけにはいかないので」
「ナナ、今回は最初から本気で良いわよね?」
「ええ、お願いします」
「ナナ、リミッター解除!」
ナナがX字の翼を広げ、ブリザード・ドラゴンに向かっていく。その表情はどこか悲し気であった。その理由は彼女自身もわからないまま、すぐに消え、戦士の目つきへと変わっていく。




