EPISODE2 説明
アイリスが裏口から自身の離宮へと帰ろうとしたとき、普段はサボりがちな門番がいるのを見てガクリと肩を落とす。正面から帰るのも手ではあったが、ナナのスーツ姿は明らかに浮いているため、市中で目立ってしまう。
そういうこともあっての裏門からの帰還だったのが、あいにく良い方には動かないものだ。こうなったら、事情を話すしかないと思い、門番たちに近づくと、後ろにいるナナを不審者を見るような目つきで怪しんでいる。
「姫様、その方は?」
「見かけぬ顔だが?」
「そもそもなんだ、その妙ちくりんな格好は!」
「彼女は私の命の恩人の――」
「セブ……ナナです」
「恩人? そういえば、姫様。騎士団と一緒に調査するとお聞きしましたが、彼らは何処へ?」
「その……彼らはもう……」
アイリスが首を横に振り、彼らがどうなったか瞬時に悟る。そして、そのような窮地に陥った彼女を助け出したのであれば、最大限の敬意を見せなければならないだろう。
「はっ!先ほどは失礼しました」
「別に気にしないで。貴方たちは職務を全うしただけだから」
アイリスの言葉に一安心し、門番たちはナナを王宮の中へと入れる。白亜の城の端にそびえたつ小さな塔が彼女の離宮だ。その中には彼女が長い年月をかけて作り出したがらくたがあちこちに転がっている。これにはナナもしかめ面をする。
「……ドクターの部屋によく似ています」
「ドクター? ナナを作った人?」
「はい。ドクターは私のようなマシンドールを開発した生みの親です。そして、マシンドールを危惧し、私を眠りにつかせた人物です」
(あれだけの戦闘力を見せつけられたら、そうなるのも……)
仕方が無いと思った。それが口に出さずともナナに伝わったのか、「ところで」と話題を変えようとする。
「寝ている間に情勢が大分と変わっているようです。情報のアップデートをしたいのですが」
「ええ、わかったわ。まず、私たちの国は――」
世界地図を広げて大陸の中央の、それなりの大きさを持つ国を指さす。そして、西にはカーディナル帝国、東にはヴァーユ大森林と描かれている。
「カーディナル帝国は巨大な軍事力で周りの国に侵略をし始めていて、 シャルトリューズ王国も例外ではないわ。そして、このヴァーユ大森林はどこの国の土地でもないけど、魔物が住み着いていて、年に1回、多い年で数回、魔物の大量発生が起こって、少なからず周りの国に被害が出ているの」
「そのような土地なのに狙う国があるのですか?」
「帝国の科学技術にひけを取らないほど、魔法技術は発達している。でも、それ狙いにしても、わざわざ侵略してまで狙うかと言われると……父さまなら知っているかもしれないけど」
「マスターの父上、国王ですか」
「ええ、そうだけど。私がこの国の王女ってこと話したっけ?」
「……周りの反応からそうだと推測しました」
「そう? 王女らしくない、というより邪魔者扱いされることが多いんだけど」
「マスターはマスターです。いくら否定されても私のマスターは貴女だけです」
「そういわれると、ちょっとうれしいかも」
少し照れた顔をしながら、アイリスは話を続ける。
「情勢不安なところはあるけど良い国よ。落ちこぼれ王女な私が言うのもあれだけど」
「落ちこぼれですか」
「うん。王家の血を引いているのに、魔法が使えない落ちこぼれ。それが私」
アイリスがうつむき、暗い顔をしていると、ナナがそっと抱きしめる。心臓の音ではなくモーターと思しき駆動音が聞こえるあたり、彼女が人間でないことを実感させる。
「マスターはマスターです。貴女が落ちこぼれだと下卑ても、私は最期の時まで貴女を尊重し、貴女の剣となりお守りします」
「私なんかに仕えるより、それこそお兄様にでも……」
「先ほど申しあげたとおり、私のマスターは貴女だけです。私が貴女の剣となって、周りの評価を変えればいいのです」
「できると……思う?」
「できます」
力強い肯定の言葉にアイリスは泣くのをこらえ、ナナの顔を見上げる。それでも今まであきらめていた、こらえきれない感情になきじゃぐりながら言う。
「私は……認められたい!みんなに!!だから……手伝って」
「はい、ご命令とあらば」
そして、二人は国王の下へと向かい始める。
ピスコ国王が執務室で、書類とにらめっこをしていた。その書類には右肩上がりになっているグラフとその説明が書かれており、もう一つの書類には帝国の北西部の国に×印が描かれている。
「魔物数がここ最近になって増えておる。近々、スタンピードが起こる前触れか……オープナーが帝国の手に落ち、勢いついておるから、戦力を割きたくないというのに。せめて巣が見つかれば……」
人類未踏の地ともいわれている大森林から、それらを見つけ出すには大部隊を編成しなければならないだろう。それで得るものがあればまだいいが、無い方が確率的には高い。国民を守る王として、そのような決断はできず、国境付近の調査に留めていた。
何度目になるか分からぬため息をつきながら、次の調査隊の人員リストを見て、ハンコを押そうとしたとき、娘のアイリスが元気よく入ってくる。その姿を見て、国王は一層頭を抱え込む。
彼からすれば、可愛い娘が魔法が使えないのは残念ではあるが、邪見には扱っていないつもりだった。欲しいものがあればできる限り与え、できる限りの教育を与えたつもりだ。その結果、奇天烈な行動をするようになったり、兄妹間の関係が致命的に悪くなったりしたのは計算外ではあったが。
そんな彼女が突如として現れたのだから、きっと突拍子もない、自分のはるか斜め上の行動をしたに違いないと、机の中から引き出しから頭痛薬を取り出し、後ろを向いて飲み込む。
準備は万端。いざと気合いを入れなおして、振り返ると見知らぬ女性が娘の傍に立ち、冷たい目で国王を見ていた。
(あっ、コレは爆発事故を引き起こした時以来の頭痛が……)
瞬時に自身の警戒レベルを2段階ほど上げて、今度はどんな厄介事を引き起こしたのかと問い尋ねる。そして、その話の間、ガンガンと軽い頭痛を引き起こしていた。
「アー、要するにだな。そのマシンドールという機械を自分の騎士として招き入れたいと?」
「はい。今はお兄様の騎士団の人たちを護衛に回してもらっていますが、激化する国境付近の戦線、スタンピードの発生に備え、彼らの戦力を温存するという意味でも彼女を私の騎士として任命したいのです」
「確かにお前の言うとおりの戦力であれば、その女性……いや機械ではあるが、あえてそう呼ばせてもらうが、護衛する分には十分だろう。幸い、彼女の容姿も人間と遜色ないようだしな」
「それじゃあ……」
「しかしだ。私はその性能を見ていない。考えたくないことだが、嘘をついている可能性も考慮せねばならん」
「では、どうすればよろしいのでしょうか?」
「そこでだ。次の調査隊に飛び入りだが参加してもらい、彼らの報告次第で採用を決定する。一種の入団テストのようなものだと思えばいい」
「なるほど。私も魔物については話でしか聞いておりません。彼らがどのような戦力を持っているのか調べる必要があると考えておりました」
「では、決まりだな。2日後の朝、正門前に集合することだ」
「お父様、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、退出しようとしたとき、国王に呼び止められる。
「何でしょうか?」
「あー、すまない。その、だな……目のやり場に困る姿はどうかと思う。アイリス、小遣いをやるから明日にでも彼女の服を買ってあげなさい」
「ありがとう、お父様!」
嬉しそうに出ていく娘を見て、国王は机に突っ伏す。また悩みごとの種が増えた気がしたからだ。
「後継者問題もあるというのに……なんでどいつもこいつも問題を引き起こすんじゃ!」
国王がドンと机をたたくと、ぴらぴらと一枚の紙切れが床に落ちる。そこには自分の息子に関する調査資料が添付されており、不審な動きなしと結論付けられていた。