EPISODE24 猫
「うむ。そちらの事情は理解した」
サンドバッグやバーベル等のトレーニング器具が数多く置かれている部屋に招かれたアイリスたちは、自分たちが置かれている状況について話し終えた。そして、今度はレオンが話し始める。
「遺跡探索チームの派遣だが、さすがに無償というわけにはいかない」
「つまり、対価が必要と……」
「その通りだ」
「今、私にお渡しできるようなモノは何もありません。でも、この御恩は必ず――」
「ならぬ!薄っぺらい言葉を並べるくらいならば、問題を一つでも解決してくれたほうが余程有意義というもの!貴殿も国を背負う立場というのであれば、今、ここで!我の出す難題を受けるかどうか決めて見せろ!!」
「受けます!」
「即答か、その意気込みは良し!我が依頼するのはとある魔物……いや、魔族たる吸血鬼についてだ」
レオンが詳しいことを説明する。
1つ山を越えた先にある廃城。そこには幾人もの男性を虜にした美しい女性の吸血鬼が住み着いていると言われている。そのうわさを聞き付けた腕のある獣人や人間たちが挑戦しに行っては、誰一人戻ってこない。
彼女から街に襲い掛かるような真似はしないが、過去に貴族のせがれをその牙にかけたことがあるらしく多大な賞金がかけられている。そのため、賞金稼ぎ目的で向かう者は絶えないという。
「つまり、私たちにその吸血鬼を退治してほしいと?」
「いや、むしろ護衛だ。彼女も賞金稼ぎには迷惑しているらしい。偽装工作をした後、彼女をアイスヘルの魔族領へと送り返す。我の信頼を勝ち取った貴殿らなら、魔王も迎えてくれるだろう」
「アイスヘル、草木すら生えない極寒の土地。氷結地獄、魔界への一丁目。何の装備もなしで行くのは…………」
「無理というか。ならば、この話は――」
「いえ。私が選んだ道です。確かに今のままでは無理かもしれませんが、前準備さえすれば必ず!」
「よくぞ言った!我も信頼できる者に声をかけてはみたが、アイスヘル踏破で断られてしまい、困っていたところだったからな。ハッハッハッ!」
機嫌良く笑っているが、啖呵を切ったアイリスはますます心の中で広がる不安を表すかのように、顔色が真っ青になっていく。だが、自分で決めたことだと自分を奮い立たせて、その不安を悟らせないように努力する。
「とはいえだ。我の手合わせで傷つけた非礼もある。北の郊外にある工場に腕の立つ技師がいる。名はキッド、性格が少々あれだが、彼女ならその傷もアイスヘル対策の装備も作ってくれるだろう」
「は、はい!ありがとうございます!」
レオンから街の地図を手渡され、その中には〇で囲っている場所がある。そこが件の技師の自宅兼工房だそうだ。地図を受け取ったアイリスは、部屋から退出する。
「アタシはここまでね。後は貴女たちでやりなさいな」
「ありがとうございます、ブリュンヒルデさん」
「そういう約束だもの。アタシはアヤメの様子を見に行くわ。何かあったら連絡するから」
「ええ、わかりました」
王宮から出たアイリスたちはブリュンヒルデと別れ、寄り道もせずにすぐさま、その場所へと向かっていく。その場所はトタン屋根のボロイ一軒家であり、煙突からはもくもくと煙が出ている。
「ここがキッドさんの家……なのよね」
「地図が正しいのであれば、ここで間違いないはずです」
「中に入ってみましょう。ごめんくださ~い」
呼び鈴を鳴らして声をかけると、中からドタバタと走る音が聞こえる。ドンと大きな音を立てて扉を開けた主は猫耳と尻尾の生えた若い女性だ。獣王や街の獣人と比べると、人間に近い風貌である。
「注文したW8エナメルボルト1000個と、W-3000パワーバッテリーが届いたかにゃん!?」
「宅配業者ではありません」
「にゃんだ……いたずらはやめてほしいにゃん」
「イタズラじゃなくて……私たちは獣王レオン陛下から――」
「ああー、筋肉だるまの王様が『来客が来るかもしれん』とかそんにゃこと言っていた気がするようなしないような? やっぱりしていたような気もするにゃん」
「貴女がキッドでよろしいでしょうか?」
「いかにも!獣人きってのメカ子といえば、このキッド様にゃ!ん?んんんん??」
キッドがナナのむき出しのフレームに気づいたらしく、まじまじと見つめてくる。それだけでは飽き足らず、わさわさと触ってくるキッドにナナは一歩後退る。
「ほほー。これはキッド様の脳裏にピカーンと電撃走る。その義手、いや義腕? 触らせてほしいにゃ!というよりバラしたいにゃ。そうは思わないか、吾輩と同じ匂いがするメカ子人間」
「メカ子人間って何……? まあ、ナナの身体に興味が無いって言ったらうそになるけど……」
「ま、マスター……!?」
「よーし、飼い主の許可を得たらさっそく実行するにゃん。善は急げ。飯はでき立てが一番!」
「意味が分かりません!」
ナナは困惑しつつも、両手に持ったドライバーをカチカチと音を立てながら詰め寄ってくる彼女の頭部を抑えて、動きを封じる。一歩も動けぬ状態にぐぬぬと喚きながら、観念したキッドが引き下がる。
「とにかく中に入るにゃ。事情を聴いてからバラすにゃ」
「解体することは確定なのですね……」
「もちのろんにゃ。吾輩、ねこであるゆえ、ねこまっしぐら!」
「……この人、大丈夫なのでしょうか?」
「う~ん、陛下を信じましょう」
アイリスたちは一抹の、いや大きな不安を抱えながら、キッドの家に入る。中は機材はあちこち散乱し、ナナが来る前のアイリスの汚部屋を彷彿させるものであった。スクラップの山から、椅子を掘り起こしている様子を見たナナは、アイリスに視線を向けると、見覚えのある光景に乾いた笑い声しか出ていなかった。
出された椅子に座り、レオンの依頼について説明していく二人。それをうんうんと適当に頷くキッドに本当に理解しているのか不安げな様子である。
「なるほど分からん!」
「……マスター、他を当たりましょう」
「それもそうね」
「待つにゃ!? そんな面白そうなもの手放したく無いにゃ!」
「でも……」
「小難しいことは分からにゃいが、修理と寒冷使用の装備を作ればいいと言うのはわかったにゃああああ!!」
逃がさないという強い信念が感じられるほどに、アイリスの足に必死にしがみつく。そのまま突き放せばいいと言わんばかりの冷たい目線をナナが送るが、そうはいかないでしょうとあきらめた様子でキッドの手を取る。
「キッドさん、よろしく頼むわ」
「にゃあああああ!!がんばるにゃ!」
アイリスの言葉を聞いて、キッドは元気よく飛び上がり、小躍りする。そして、工具箱から取り出したルーペでナナのフレームをじっくりと観察する。そして、なにかに気が付いたのかガサコソとガラクタの山を急に漁りだす。
「確か、これに似たのが…………あったにゃ!」
「これは……壊れていますが、同型機の右腕パーツですね。これをどこで?」
「遺跡からたま~に見つかるんだにゃ。こっちにゃ」
せっかく見つけた右腕パーツをほっぽりだし、キッドは近くの山に二人を連れていく。なだらかな山道を歩いていくと、洞窟があり、その中をずけずけと歩いていく。
暗いトンネルの奥に進んでいくと、奥で灯りをともしながら、洞窟の中を掘っている数名の獣人たちがいる。地面には発掘品と思われる品々がタグ分けされて整理されている。
「たまに掘り出し物が見つかるときがあるんだにゃ」
「何かの部品に見えなくはないけど……ナナ、何か気づいたことある?」
「…………心当たりがあると言うかなんというか」
歯切れが悪く、ものすごくバツの悪そうな顔をする。大きなため息をした後、観念したような口調で話していく。
「これらはマシンドールの破損部品です。ナノマシンによる自己修復機能があるので、適切な処置をしないとこうして何年も劣化せずに蓄積し、環境に負荷がかかります。どうやら、それをせずに不法投棄したのがここなのでしょう。嘆かわしいことです」
「つまり、どういうことにゃ?」
「もしかすると私の修理に使える部品がまだあるかもしれないということです」
「じゃあ、キッドさんの見つけた掘り出し物を調べましょう」
三人は遺跡を後にして、キッドの自宅へと戻り、彼女が保管していた掘り出し物を調べていく。だが――
「ダメですね。エネルギー変換装甲の三次元回路が断絶しています。これでは私がいくらエーテルを流しても、装甲の強度が高くなりません」
「つまり、溶接とかしても無理ってことかにゃ?」
「そういうことです」
「エーテル……魔力……なるほど、そういうことね」
「マスター?」
「つまり、断絶した回路代わりに魔石を使って装甲にエネルギーを送り込めば……」
「魔石を中継点として採用するというわけですね。それなら可能性はあるかもしれません」
「決まったみたいだにゃ。というわけで、その右腕を外させてもらわにゃいと。寸法合わせは重要にゃ」
「いえ、それだけなら外す必要は……」
「それもそうね。ナナの昔話を聞いたけど、特注品のパーツ多いみたいだから、量産機と仕様が違うって聞いていたし、不可抗力よ。別にそのフレームがどうやってフレキシブルな動きをするのかなぁとか魔力をどうやって流しているんだろうとか興味が無いって言ったらうそになるけど」
「えっ……?」
「そうだにゃ。どのパーツを外したか分かるようにしておくから安心するとよろし」
「………………」
目を光らせながらにじみよってくる二人に、ナナは恐怖のあまりに言葉を失い、後ろへと下がっていく。だが、壁にぶつかり逃げ道はもうない。
「や、やめ――」
ナナのわずかばかりの抵抗はむなしく、理性を失った二人に身ぐるみをはがされてしまうのであった。




