EPISODE22 クーデター
ナナが放った赤い光が大亀を貫いた様子は王宮からでも確認されていた。大魔法アルカンシェルでさえ、一時しのぎにしかならない相手をまるで初めから居なかったのように消し飛ばしたソレは、王宮内に残っていた者を畏怖させていた。
(もし、あの攻撃が帝国との戦いにでも使われでもしたら……必ず連中は同等の兵器を持って報復するだろう。それだけは避けなければならん)
それゆえに、この国の切り札たるアルカンシェルを帝国との戦いで使ったことは一度もないし、これからもするつもりはない。ナナが戻ってきたら、事情を聴かねばならんと思っていた。
だが、そんなとき、背後から喉元に白刃の刃が突き付けられる。この場にいるのは自分と息子しかいない。つまり……
「アルフレッド、これはなんの冗談だ」
「冗談ではございません。父上には一度、ご隠居していただこうかと」
「血迷ったか」
「フフフ……錯乱もしておりませんよ。父上は昨今の前線をどうお考えで? 確かに今は、一進一退の攻防を繰り広げていますが、それは2面同時侵攻で戦力を分散していただけのこと。既に片方は陥落、残るは我が国だけ。だとすれば、帝国と手を結ぶのが得策というものです」
「国を売るつもりか!」
「同盟ですよ。今、母上たちがいる隣国も我が国と比べれば劣る。世界はカーディナル帝国の名の下、一つになるのです」
「だが、奴らのやっていることは民を鳥かごの中に閉じ込めるだけだ。そこに自由はない。貴様も壁に囲まれたエリア2のことは知っているだろう。彼らは一生を壁の中で過ごすことに――」
「民とは我らのような高貴たる存在に支配されるもの。すでに鳥かごの中で飼われている彼らに自由など初めからありませんよ」
「アルフ!」
「おい、連れていけ。くれぐれも丁重にな。父上にはまだやってもらうことがある」
騎士団の人間の手によって連れ去られていくピスコ国王を蔑むような目で見送ったアルフレッドは勝ち誇ったような顔で、高らかに宣言する。
「オペレーション・サンライズを開始せよ!この国の新たな日の出となるのだ!!」
王国各地にて――
「なんだお前たちは!?」
「旧政権の狗め!このグラース砦は我々、アルフレッド新政権が占拠する。すみやかに武装を解け!さもなくば――」
「わ、わかった」
アルフレッドのテレパシーの魔法でアルフレッドの騎士たちはいっせいに蜂起する。味方であるはずの多数の騎士が突如として寝返り、剣を突き付けられた兵士たちは抗う術も持たず、大人しく従うしかなかった。
そして、その合図はアイリスのそばに居る騎士団たちにも届く。
(団長、これは……)
(どさくさ紛れに姫様を討てとか何言っているのって感じだよねぇ)
団長の言葉に一安心するアッシュ副団長。自分より年若いとはいえ、愚かではないと見込んだ男でなければ、彼の下に大人しくつくことは無い。決して、実戦の強さだけで上下を決めたわけではないのだ。
(お上からの命令なら従うしかないのが辛いところだよねぇ)
(しかし!)
(おっと、剣を向けないでくれる。僕がする命令は「姫様たちに向けて攻撃しろ。ただし、『味方』には当てるなよ!」だ)
(まったく。早くそれを言えば良いモノを)
(早合点はアッシュの悪いところだよねぇ。じゃあ、『味方』に通達、よろしくね)
口調こそ軽薄だが、信頼できる上司の命令を受け、味方に当たらないようにナナの足元に向けて火の玉を放つ。
「!? アッシュ副団長、なんのつもりですか?」
「アルフレッド新国王の命を受け、姫様のお命を頂戴することとなった」
「お兄様が……? たちの悪い冗談よね?」
「冗談ではない。戦争を長期に渡り続け、民を苦しめたピスコ前国王陛下は新国王の手によって幽閉され、各地の主要施設も抑えられている。貴公らに逆転の目はない。投降は許されない。おとなしく我らの手にかかるのだな」
ナナはアッシュの言葉に引っかかりを覚える。投降を呼びかけるつもりが無いのであれば、彼が警告代わりに放ったファイアーボールをアイリスに向ければよかったのだ。わざわざそうしなかった理由を考えれば、答えは一つしかない。
「貴方の言いたいことはわかりました。ですが、私たちはここで倒れるわけにはいかないのです」
「ならば、各員、攻撃開始!」
騎士たちが一斉に魔法攻撃を放っていく。それを見たアヤメが魔法、もとい忍法で対抗しようとしたとき、ナナの手によって止められる。
「セブン殿!?」
「問題ありません」
度の攻撃も彼女たちの真横や手前、中には放物線上に放たれた攻撃が真後ろに着弾するものまである。団長の放つ飛来する刃の破片も、動かなければ衣服を切るかどうか程度の距離ですれ違うだけだ。
「彼らにこちらを害する意思はありません。そして、投降を認めないということは、今は撤退しろということ」
「撤退ってどこに!?」
「お忘れですか、私は機械です。遠距離通信機能で連絡は付けています。ブリュンヒルデ!」
「はいはい、呼ばれて飛び出てってやつね~」
上空から飛来するグリフォンの登場に一度、騎士たちの攻撃の手が緩む。わざとらしく作られた隙に、アイリスたちはグリフォンに乗り、空島へと撤退を試みる。
その様子を王宮からでも観測されたのか、援軍の騎士たちがグリフォンたちに向かって飛来し、肉薄しようと猛スピードで追いかけてくる。その騎士の中にはヴェスパーの姿もあった。
「ここでお前を殺せば、私の失態は!」
ヴェスパーが身一つ分、前へ出て攻撃魔法を乱射する。右へ左へとかわしていくが、そのたびに距離はどんどん縮まっていく。あともう少しで命を奪えると考えていると、地上から魔法攻撃が飛んできて、追撃部隊は立ち止まざる得なくなった。その間にぐんぐんと距離を開けられていき、もはや追いつくことは不可能になった。
「アッシュ、貴様ぁあああああ!」
「いやあ~、こっちも攻撃して支援をしようとしたんですがねぇ。相手が速くて、攻撃がずれたようだ。これは始末書もんですな、はっはっはっ(俺たちができるのはここまでだ。姫様のことは頼んだぞ)」
「おのれおのれおのれえええええええ!」
ヴェスパーが地団太を踏みながら、姿が見えなくなった朝焼けの空を睨めつけるのであった。
空島へ逃げ延びたアイリスたちはようやく一息入れることができたが、その表情は暗い。普段、明るく振舞うブリュンヒルデさえ、帰るべき場所を失ったアイリスにどう声を掛けたらいいのか分からない。
「どうしてお兄様が……」
「……マスター、次の指示を」
「指示って!? お兄様がこんなことをしたのに!どうしてそんなこと言えるわけ!私の気持ちを考えたことないの!!」
「そうでござるよ、セブン殿!今、アイリス殿は傷心の身。第一声がそれなのは、いくら何でも……」
「ですが、いつかは選ぶ必要があります」
「それが早すぎって言っているのよ、セブンスセブン!あんたには人の心が無いの?」
「私たちは機械です。機械は人の意思を勝手に読み取り、未来を選んではいけないのです。未来を選ぶのはあくまで人であり、常に選び続けなければならない。ここで立ち止まるという未来を選んでも構いません。実の兄と対峙する未来を選んでも構いません。ですが、選ばないという未来はないのです」
「えら……ばないと…………いけない……」
「はい。マスターが機械でなく人である以上、選ばないといけません。それを忘れ、機械に判断を委ねれば、先の大戦と同じ悲劇が待っているのです」
「未来を選ぶ…………」
アイリスは目を閉じ、自分の追い求めるべき未来を描く。その未来がたとえ遠くても、きっと、いつかは、届くと信じて。そして、ゆっくりと瞼を開けて、か細いかもしれないが確かな決意をもって口を開く。
「お兄様の真意は分からないわ。でも、このやり方が正しいとは思えない。だから……」
その先の言葉を出せば、後には戻れない。先ほどまで固めたはずの決意がプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、言葉を紡ぐ。
「私たちの国を取り戻す。私はみんなのように強くないし、魔法も使えない落ちこぼれだけど、国を救いたい気持ちは誰よりもあるつもりだわ!だから、みんな!私に力を貸して!!」
「力を貸すも何も、私はマスターの騎士です。そして、マスターがどんな未来を選んでも、この身が壊れるまで付き添います」
「中立……なんて言っている場合じゃないわよね。深く関わった以上、アタシたちも協力するわ」
「拙者たちも情報提供くらいなら協力するでござるよ」
この場にいる全員がアイリスに協力することに賛同する。アイリスは目頭が熱くなり、涙を流しそうになるのを堪える。泣くのは国を取り戻してからだと言い聞かせて。
かくして落ちこぼれ王女の国を救う戦いは今、始まった。




