EPISODE1 邂逅
アイリスは丸眼鏡をかけた騎士団のヴェスパーの突然の来訪に驚きながらも、その話を聞いていた。
「遺跡?」
「ええ、先日の大雨で見つかった遺跡なのですが、数名の騎士団が調査に行ったきり戻ってこないのです」
「それは大変!でも、なぜ私にそのことを?」
「え、えっ~と、それはですね……ああ、姫様は機械にお詳しいとお聞きしました。ですから、機械的なトラップがあったら、解除してほしいのです」
(なんか態度が妙におかしい気もするけど、行方不明になった人たちも心配だし……)
アイリスは少し逡巡したが、人命救助のためならとその依頼を承諾することにした。
「ありがとうございます!すぐ行きましょう」
「えっ、今から……? せめて、父さまに話を」
「何を言っているんですか、早く行かないと手遅れになるかもしれませんよ」
「わ、わかったわよ」
愛用のゴーグルだけを身に着け、アイリスはヴェスパーの後を追う。そのとき、彼女は気づかなかった。彼が悪意に満ちた笑みをしていることに。
山中の洞窟がその遺跡の入り口らしい。確かに、人為的に整えられた平坦な壁は自然には存在しないものだろう。
「これが遺跡?」
「ええ、こちらです。私は別の任務がありますので、あとは彼らに任せます」
ヴェスパーが数名の騎士団員にぼそぼそと話しかけている。仕事の引継ぎなのだろうと思い、アイリスはそれまでの間、入り口付近の壁や床を分析し始める。そんな彼女を見ながら、騎士団たちはこそこそと話し続ける。
(ちゃんとやれよ)
(わかっている。遺跡の奥で後ろから……だろう?)
(遺跡の中で魔物に殺されるなんてよくあることだしな)
(我が国に不要ですからな、穀潰しの姫は)
(可哀そうだが命令だ。任務を遂行するように)
騎士団員が敬礼をして、ヴェスパーがその場を去っていく。そして、アイリスは自分の前後を守ってくれる騎士団員と共に遺跡の中へと入る。
「思ったより暗くないのね」
「ええ、どういう仕組みかはわかりませんが、足元が光っていますから」
「蛍光塗料みたいなものかしら。この遺跡、ずいぶんと古いみたいだけど、こんなに長い耐久性能を持つものは知らないわ。分析もゴーグルだけだとちょっと厳しいから……」
アイリスは後で分析をしようと、光る床のかけらを拾おうとしゃがんだとき、銃声が鳴り響き、彼女の後ろにいた騎士団員の一人がその場で倒れる。胸部には大きな風穴があいており、ほぼ即死だろう。
「なに!?」
「何奴!?(こんなこと聞いていないぞ)」
「戦闘準備!(知るか、姫様の暗殺なんか後回しだ)」
奥の暗闇から現れたのは成人男性ほどの大きさの一つ目の青い人型が3機。両脇の2機の左手が銃口になっており、中央の1機の右手には電撃を纏った剣のようなものがついている。肩付近からスパークを放していることから、あれが人間や魔物ではなく機械であることがうかがい知れる。
「機械のゴーレム!だが、あのサイズの大きさのゴーレムなんて聞いたことねぇ」
「ええい、うろたえるな。あの程度の数、我らの敵ではない。俺が突っ込む。メッツ、後ろから援護を頼む」
「了解だ。喰らえ、ファイアー・ボール!」
騎士団員が放った火の玉が両サイドにいたゴーレムを包み込み、燃やし尽くさんとする。そして、中央にいた1機に斬りつける。だが、斬りつけたはずの団員の顔が驚愕の顔をする。
「なんだ、この硬さは……」
「……!? ジン、逃げろ!」
メッツの呼びかけむなしく、燃えていたはずの2機の銃弾が彼の上半身を吹き飛ばす。あっと言う間に2人を殺したゴーレムを見たメッツは恐ろしくなり、アイリスをゴーレム側に押し倒して、逃げようとする。
アイリスが顔を上げると、目の前には何かを値踏みするかのような作動音が聞こえるゴーレムが3体。慌てて、メッツとは逆の、奥へと進む通路へと走っていく。
「へへっ、これ任務は完了。むしろ、最後の生き残りの方が信憑性があって良いじゃねぇか。これで俺も出世間違いなしだ」
ガシャガシャッとと後ろから追いかけてくる音が聞こえる。メッツは時間稼ぎにもならない姫様だと汚く罵りながら、出口へと向かうとシャッターが下りていた。
「そんな、馬鹿な!」
後ろには既に銃口を向けている2機のゴーレム。もはや打つ手がないメッツは両手をあげて降参するが、そんなものが通用する相手もなく、引き金を引かれて絶命した。
アイリスはたまたま見つけた階段を必死に下っていた。追手は1機だけだが、魔法が使えない彼女には何の気休めにもならない。そして、最下層にたどり着いた彼女の目の前に立ちはだかるのは大きな壁。
「ここで行き止ま……いえ、違うわ!これは扉?」
ゴーグルの分析によれば、壁の横に備え付けられている装置に触れれば開く仕組みのようだ。これを解除している暇など、もはやないほどにゴーレムの足音が近づいている。
「ええい、動いて!」
パネルに右手を置くと、扉がゴゴゴと大きな地響きを立てながら開いていく。迷っている暇などなく、その扉の先へと走り出していく。その先には繭のような大きなカプセルが一台鎮座してあった。そこには刻印が掘られている。
「GX-7777777? 何かの型番かしら?」
だが、考えている時間を与えず、ゴーレムがじりじりと近づいて来る。もはや逃げ場のない状況に、アイリスは錯乱しながらも、カプセルを叩く。
「助けて!GX……ナナーー!!」
高電圧の剣がアイリスに向けて、振りかざされようとしたとき、カプセルから青い光の刃が飛びだし、警棒のついていた右腕を切り落とす!
切り落とされたゴーレムが後ろに飛び下がり、カプセルの動きに注意を払っている。
「何が起こったの?」
『セブンスセブン、完全起動。疑似人格プログラムに異常なし。装着武装、その大半のロストを確認。戦闘行為に支障なし』
カプセルの中から現れたのはピッチリとしたスーツを着た水色の髪の女性。その右手は目の前のゴーレムと同じく剣となっている。
「ゴーレムなの?」
「……いいえ、機械人形です。マスター」
「マシンドール?」
「はい。今は警備用のマシンドールの排除しましょう。どうやら経年劣化で電子頭脳が故障しているようなので」
「お願い。えっ~と……」
「私の名はセブンスセブン。ナナとお呼びください、マスター」
「わかったわ。あのゴ……じゃなかったマシンドールをやっつけて!」
「了解です。マスター!」
ナナが勢いよく走り、右手を失った警備ロボの懐に飛び込み、胴から肩にかけて切断する。さらに追い打ちと言わんばかりに頭部を突き刺す。
そして、メッツを始末した銃口がついている警備ロボが現れ、ナナに向かって銃弾を放つが、ダンスを踊るかのような華麗なステップでそれらを躱しながら、無力化していく。
「す、すごい……」
「彼らの戦闘能力も落ちていました。これくらいは造作もないことです」
「落ちて……アレなの?」
ナナはアイリスの質問に「はい」と短く抑揚のない声で答え、右手の剣を解除し、人と同じ5本の指を持つ手に変わる。そして、警備ロボをまさぐっている。
「彼らのログを探ってみたところどうやら出入り口を封鎖しているようなので、解除しに行きます。マスター、ついてきてください」
「……どうして、私のことをマスターって呼ぶの?」
「……マスターはマスターです」
答えになっていない返答したナナを見つめながら、アイリスはナナの後をついていく。そして、制御室と思われる場所にたどり着いたナナは空中に浮かぶディスプレイを見ながら、解除コードを入力していく。
「……私と貴女って、どこかで会ったことある?」
「いいえ、マスターは私と出会うのは今日が初めてだと認識しています」
「そうよね……変なこと聞いてごめん」
「謝る必要はありません。では、地上へと戻りましょう」
(問題は……ナナをどう紹介しようかしら?)
アイリスはそんなことを思いながら、ナナと一緒に離宮へと向かうのであった。