EPISODE17 偵察
皆が寝静まった深夜、ナナはアイリスの部屋から抜け出し、ブリュンヒルデの部屋にこっそりと入る。突然のナナの訪問に彼女は驚く。
「ワオ。一体、どうしたの? 夜這い?」
「機械である私たちが夜這いしてどうなるんですか」
「冗談よ、冗談。で? こんな夜遅くに何の用?」
「ええ、一晩だけフライトユニットを借りたいのです」
「夜空の散歩かしら。今日は新月で暗いけど行き先とかあるの?」
「カーディナル帝国」
「ちょっ、それってアイリスちゃんと敵対している国じゃない!?」
「ええ、そうです。今後のことを考えると、帝国について調べる必要があります。ならば、顔が割れていない今のうちに偵察する必要があるかと」
「それで、上空から侵入するのにフライトユニットを借りたいわけね」
「ええ。この国の技術力を見るに、この世界の航空戦力は充実していないと判断しました。つまり、地上よりも上空から忍び込んだほうが見つかるリスクは小さくなります」
「昔からだけど、アンタっておとなしく見えて大胆よね」
「そうでしょうか?」
「そうよ。土産話くらいは聞かせなさいな」
「了解しました。それでは出撃します」
窓から飛び降りたナナは翼を広げ、帝国領土へと向かっていく。
数多くの国を侵略してきたカーディナル帝国は、侵略する前の元々の領土を取り囲むように第1城壁を築き上げた。そして、時代が進むにつれて、第1城壁まで攻め込まれることもなく、また領土が拡大していったこともあり、当時の領土の外周部を取り囲む第2城壁を築き上げている。
第1城壁の内側を『エリア1』、第1城壁と第2城壁と囲まれた領土を『エリア2』、第2城壁の外側を『エリア3』と呼称されている。
今、ナナが向かっているのはエリア2である。ナナは眼下に映し出される天を衝くほどの巨大な壁のはるか上空を飛行していく。
(高さ1000m級の巨大建造物……技術力は21世紀初頭といったところですか)
魔法というナナが居た時代には無かった技術があるので、このたとえが正しいかは不明だ。だが、魔法を除けば、中世程度の技術だったシャルトリューズ王国と比べれば段違いと言える。
第2城壁から十分に離れたところで、ナナはゆっくりと帝国の大地に降り立つ。その近くには工場らしき建物がいくつも並んでおり、電気がイルミネーションのごとくついている。
監視カメラにジャミングをかけながら建物の一棟にこっそりと忍び込んだナナは、積み荷の運搬をしている作業員の目を盗み建屋に入る。中の様子を見るに、原料か製造物かを木箱に入れて保管しているようだ。その中に積まれている木箱の中身を確認する。
「ライフルにショットガン……20世紀後半~21世紀初頭にかけて作られたものに近い構造。いえ、むしろ、過去の設計図をそのまま再現したかのような」
近くには弾も保管してあったので、これらの武器をいくつか拝借することにした。さて、ここからどうしようかと考えていると、騒々しいほどのサイレンの音と『侵入者だ!』という怒声が飛び交う。見つかってしまったかと思ったナナだが、建屋に入ってくる様子はない。
「ブラフかそれとも別の同業者がいるか……ここでおとなしくするのが得策ですが…………マスターなら動きますね」
ナナは物陰から飛び出し、人の流れを追っていく。すると、金網に追い詰められた忍者のような黒装束を着た少女と拳銃を持った軍人らしき人間が居た。どうやら、件の逃亡者は彼女のようだ。建屋の屋上から、彼女たちの様子を膨張していく。
「よーし、追い詰めたぞ。手足を撃っても構わないが、殺すなよ。こいつには色々と聞きたいことがあるからな」
「今日は警備が薄いと言うのは罠でごじゃったか」
「ふん。貴様ら、リバティーズは目障りになってきたからな。情報をリークしてやったまでのことよ」
「くっ、無念」
「観念するのだな!」
リーダー格と思われる男性がトリガーを引こうとしたとき、銃弾が拳銃に当たり弾き飛ばされる。さらに、取り囲んでいた男たちに凶弾が次から次へと当たっていく。撃ってきたほうにリーダーの男性が少女から目をそらした隙に、少女は包囲網から逃げ出そうと走り去っていく。
「助かりはしたが、いったい誰が……?」
「お呼びでしょうか」
「む? 何奴?」
「……セブンと言います。貴女は?」
「拙者の名はアヤメ。反政府組織リバティーズを取り仕切っている者でござる」
アヤメのことを聞きながら、ナナは後ろを振り向き、追手に向かって奪い取ったライフルで銃弾を放っていく。胸や頭部といった急所を撃ちぬかれた彼らは、赤い血しぶきをあげながら地に伏していく。だが、数の多さに奪った武器では対処しきれず、じわじわと距離を詰められている。
(相手に私の武器の情報を与えたくないのですが……)
「まずは追手を振り切るでござるよ。忍法、業火の術」
ナナが普段の武器を使用しかと逡巡しているうちに、アヤメが大きく息を吸い、吐き出すと炎のブレスに早変わりする。燃え盛る火炎に足を止める追手たちをよそにアヤメとナナはその場を走り去っていく。
工場の出入り口を目指したアヤメたちだったが、先回りしてきたのか赤い槍を携えた男性が一人待ち伏せていた。
「俺の名はグラム。てめぇが、リバティーズの頭ってわけだな」
グラムが槍の穂先をナナに向ける。その様子をみて、穂先を向けられたナナも、本来のターゲットであるアヤメも少し驚いたような顔をする。
「ち、ちがうでござるよ」
「何が違うっていうんだ? へんちくりんな格好をした斥候さんよ」
「へんちく……?」
「それに頭をかばうのは良いが、ちっとは年を考えろ。てめぇみたいな子供が頭なわけねぇだろうが」
「ぐぬぬ……これでも、成人だというのに」
「貴方を倒さないと、ここから逃げれないというわけですね」
「そういうことだ。まあ、俺がやられることはねぇけどな!!」
一瞬にして距離を詰め寄るグラム。槍の穂先がが防御した銃身にあたり、火花が散る。初撃を防がれたグラムは驚くよりも嬉しそうな顔つきで、2撃目、3撃目の突きを放っていくが、ギリギリのところでかわされる。
「いいね、いいね。最近は魔法があるから鍛えなくていいとか言う舐め腐った奴らが多いせいで、飽きていたところだったんだ。久しぶりの戦い、楽しませてもらうぜ!」
「銃では不利。となれば……」
「セブン殿、コレを使うでござるよ」
アヤメが背中に背負っていた忍者刀を投げつけ、空いている左手で受け取り、迫ってきた槍を払い避ける。ひゅーとグラムは口笛を吹きながら、身体を捻り、柄でナナの胴体を叩きつけようとする。忍者刀で防御する暇がないナナは右腕で槍の柄を受け止める。
「この感触、義手か!」
「これで!」
グラムに向けて忍者刀を投げつけるが、寸でのところでかわされてしまう。だが、態勢を大きく崩したグラムを見て、二人はすぐさま工場の外へと出ていく。せめて一人でも仕留めようと、グラムは槍を投擲する。
「忍法、土壁の術!」
弾丸の如き速度で飛来する槍を地面からせり出してきた壁で防ぐアヤメ。手元に武器はなく、部下たちの足音がようやく聞こえ始めたグラムに、彼女たちを追う手段はなかった。
「へんてこ斥候に、リバティーズの頭セブン。てめえらの顔は覚えたぜ。次はちゃんとした獲物で戦ってやるから覚えておきやがれ!」
グラムは姿が見えなくなった闇に向かって獣のように吠えるのであった。
襲撃した工場から離れた場所でアヤメは座り込み、息を整える。周りに人気はなく、ナナのセンサーにも反応はなかった。
「セブン殿、助かったでござるよ」
「こちらも色々と聞きたいことがあったので」
「何でござるかな」
「これらの銃はいつから生産を?」
「だいぶ前から作られているものでなにも珍しくもないでござるよ」
「ありふれたものというわけですね。ではレジスタンスであるリバティーズについて話してほしいのですが」
話せる範囲であればと付け加えて、アヤメは自身の組織について話していく。
最初は数名ほどの反政府のビラを撒く程度の小さな集まりだったが、帝国の侵略が広がるにつれて、彼女たちの規模も少しずつ大きくなっていき。エリア2~3を主体として破壊活動を行うようになっていた。
今はアヤメが組織を取り仕切ることが多く、事実上のリーダーとなっている。だが、金銭や情報面で協力してくれる人はいれど、戦場に出れるような者は少なく、アヤメもたびたび戦場へと赴いているのが現状だ。
「というわけで、セブン殿、リバティーズに入らないでござるか?」
「残念ながら、私は別の組織に入っているので。ですが、同じく帝国と敵対している貴方たちとは協力したいところです」
「そうでごじゃったか。では、協力関係を結ぶかどうかこちらで話してから、そちらに伺うでござるよ。今宵はこれにてごめん」
どろんと煙のようにアヤメの姿が消える。自身の所属を言っていないことに気づいたナナだが、彼女にどうすることもなく、夜が明ける前にその場から飛び去って行った。




