EPISODE16 視察
薄汚い恰好をした猿顔の少年が、城門をもの珍しく見上げていると、ノッポの青年が声をかけてくる。
「今日はジュニアだけかい?」
「本当は親父が行くはずだったんですけど、階段から落ちて骨折しちまって……代わりにオイラが来たッス」
「君の親父さんも年が年だからねぇ。仲良くしようや、ジャックjr」
「こっちこそ、よろしく頼むッス。フルートさん。ところでアイリス王女殿下って、どんな人なんですか? 田舎のオイラなんて、聞いたこともないッス」
「俺もこうして間近に会うのは初めてだ。彼女の、つーか王族のよくない噂話はよく聞くがね」
(バッカスの旦那の話を聞くにはまともな人間だと思うんだけどねぇ。俺たちの知らないところであくどいことをしているならそれまでだが……まあ、王子様だけ変な噂が流れていない時点で誰がクロかはわかるよなぁ)
「難しい顔をしていますけど、なんかあったんですか」
「ん? いや、なんでも。噂話なんてあてにならねぇもんを聞いて変に先入観を持たないほうが良いだろう」
「それもそうっすね」
ジュニアとフルートは城門の中へと入っていくと、メイド服を着たナナが二人を出迎える。ジュニアが父親の代理だと伝え、逡巡した素振りを見せつつも、ナナは彼らを案内することにした。ナナの案内に従って離宮の応接室に向かっている道中、二人はこそこそと話をする。
(すごい美人ッスね)
(ああ、さすが王家に仕えているだけのことはあるぜ。名前は聞いたことないが、どこかの貴族の末女かもな)
(愛想よくしてくれたいいっすよね)
(わかるわかる。ニコッと笑ってくれたら、きっと素敵だぜ)
「聞こえていますが」
「おっと、これはすまない。機嫌を悪くしたんなら、仕事終わりに食事でも……」
「結構です」
「おじさん、振られちゃったねぇ」
無碍なく断られたのがショックだったのか、フルートはしばしの間黙り込み、大人しくナナについていく。そして、二人は応接室にいるアイリスを見て、思わずつぶやいてしまう。
「驚いた。おじさんの半分くらいの年の子だとは思わなかったよ」
「オイラと同じくらいの子が王女様何っスか!?」
「はは……あまり街の外に出ることが少なかったから、知らないかもってはいたけど、目の当たりにすると傷つくなぁ」
「申し訳ございません」
「いえいえ、そんなに頭を下げなくても。とりあえず座って。ジュニアさんも父親から話は聞いているかもしれないけど、齟齬があったら困るから、依頼の流れを軽く説明するわ」
「助かるッス」
アイリスは二人にこれまでの話の概要と今回の視察調査について話をしていく。この場では最年少のジュニアは年季の入ったメモ帳に書いていき、フルートは頭の中で情報を整理していく。
「空に島があるなんて信じられないッス」
「だよな。実際、どうやって行くんだい?」
「輸送手段についてはブリュンヒルデに頼んでいます。もうすぐ来る頃あ……」
「ワオ、セブンスセブン、そのメイド服良いわね。私にも1着頂戴」
開けておいた窓から、友達の家に遊びに来たかのようにブリュンヒルデが部屋の中へずけずけと入ってくる。そんな遠慮のない彼女に頭を悩ませているナナは、ひとまずこの場を切り抜けようとする。
「服はいくらでも用意はできます。ところで、輸送の件については?」
「もちろん。準備してきたわよ。ほら」
「ぐ、グリフォン!?」
鷲の上半身と獅子の下半身をもつ翼獣が2頭、窓を覗き見ている。その眼下では、騎士団の面々がどう対処しようかと慌ただしく動いている様子が伺える。目の前に現れたグリフォンに驚いている男2人に対して、ナナとアイリスは窓から何の抵抗もなく乗り始める。
「おじさん、アイツらに果樹園荒らされたことあるんだけど……もしかしてアレに乗るの?」
「そうみたいッスね……」
「あの王女様、見かけによらず大胆だねぇ。これが若さってやつかい?」
「違うッスよ。若くても普通は魔物に乗らないッス!」
「早く乗りなさい。男の子なんでしょう」
ブリュンヒルデに急かされ、しぶしぶと言った様子でジュニアとフルートはグリフォンの上に乗る。ふかふかの毛はクッション性がよく、馬よりかは乗り心地が良い。
人を乗せていることもあり、グリフォンたちはゆっくりと上昇していき、雲を突き破り、雲海の上に出ていく。初めて見る眼下に広がる白い雲の海と、青空のコントラストに男たちは感嘆の息を漏らす。
しばらくの間の飛行の後、空島にたどり着いた二人を出迎えたのは物珍しそうに見るハーピィの群れと黄色い声だった。
(右見ても左手見ても美女だらけ。これが天国ってやつか!)
鼻の下が伸びまくりの男たちにハーピィの一人が質問を投げかける。
「その男は何ですか? 女神さまの伴侶?」
「「「きゃーきゃー」」」
「そんなわけないでしょう。この人たちは土壌改質の視察に来た人間よ。失礼のないようにね」
「「「「はーい」」」」
ブリュンヒルデの言葉に納得したのか、ハーピィの群れは散り散りに飛び去っていく。ハーピィが居なくなったところで、男たちは仕事のことを思い出し、だらしない顔から真剣な目つきへと変わる。二人は持ってきた温度計等の測定器具を使ったり、日当たり条件をノートに書き、土を袋に詰めて番号を振りはじめる。
「魔法処理は地上でやるとして、ジュニア、お前さんの方は?」
「雑草が少ない上に、この土さわり……砂粒は地上よりも大きいッスね」
「風はあるみたいだが、河川がないからな。細かくなりにくいんだろう。つまり、水はけの良い土地が生まれやすい」
「それだけじゃないッスけど……単純に肥料を与えるだけでは無理ッスね」
「どうかしら」
「ああ。話に聞いた通りだな。できれば、試験用につかえる土地があればありがたいんだが」
「あるわよ」
「あるんッスか!?」
再びグリフォンによる移動。ブリュンヒルデに案内された島は一軒家が2棟建てれるかどうかの広さの島だ。大小さまざまな島が浮かんでいる空島では、使い道のない子島もいくつか存在している。
「ここなら好きに使っても構わないわよ。足りないなら、他の場所も紹介するけど?」
「いやいや、十分だ。おじさんは北側の土地。ジュニアは南側の土地を使え」
「わかったッス。まずは土の改善から……アースウェイブ!」
ジュニアの放った魔法により、瞬く間に土が耕いていく。その土に、腰につけていた袋から、何かの種をまいていく。
「こいつはオイラが改良したレンゲソウの種ッス。コイツをまいておくと、土壌がよくなるッス。多分だけど、雑草が生えにくいから腐植土ができない。つまり、水を蓄える力がないというわけっス」
「島間の距離が離れているうえに雑草の種子なんか、この高さまで飛ばねぇわな」
「あとは魔法で……グローアッププランツ!」
地面に魔法陣が浮かび上がると、さっきまいた種が発芽し、桃色の花を咲かしていく。あっという間に半分が花畑になった様子を見て、女子組が驚いた表情をする。
「あとは枯れたら、また植えてを繰り返して土壌をよくすれば昔ながらの畑作ができると思うッス」
「早くて1、2年はかかるわな。次はおじさんの番。俺の開発している魔法肥料をまいてと……すまないが、天空樹の種が欲しいんだが」
「良いわよ。ハーピィに持ってきてもらうわ」
近くで飛んでいるハーピィを見つけたブリュンヒルデは、天空樹の種を持ってくるように指示する。そして、しばらくしたのち、急いでもどってきたハーピィから種を受け取る。
「よし、グローアッププランツ!」
ジュニアと同じ魔法だが、彼よりも強い光が迸り、赤い葡萄のような実をつけた1本の木があっという間に出てくる。こればかりはジュニアも呆然と眺めていた。
「こんなもん。ウィンドカッター」
風の刃で身を切り落とし、天空樹の実をみんなに分け与える。ワインの味を知っているアイリスは、大体の味の予想をつけつつ、パクリと口に入れる。
「甘ッ!? 甘酸っぱい感じかなって思ったけど、モモみたいに甘い」
「前より酸っぱくはないけど、甘ったるい感じがするねぇ」
「だろうな。さっきまいた肥料は収穫量を増やしつつも、果実を甘くするように作られている。ハーピィが言うように酸味が消えているってことは、もう少し配合を変える必要があるってわけだ」
「できそう?」
「何度か試験はするが、味を変えずに収穫量を上げるのは可能だろう。多少、時間はかかるがな」
「なるほどね。他にしてほしいことはないかしら?」
「ん~、時間あるならおじさんとこれから食事でも……」
「宴ってわけね。良いわよ。速く帰りましょう」
(そういうのじゃないんだけどなぁ~)
フルートはガクリと肩を落としながらも、ブリュンヒルデの住む宮殿へと向かう。ハーピィの料理がどんなものかとジュニアとフルートが話している間、宮殿に近づくにつれて経験者のアイリスの目から光を失っていた。そして、目の前に出される蒸し料理もとい、虫料理を前に男どもは顔を青くするのであった。




