EPISODE13 対立
ピスコ国王が目を覚ました時、机の上に山積みになった書類が視界に入る。どうやら執務中に眠ってしまったらしい。途中までハンコを押していき、残り僅かとなったところで気が緩んでしまったところを睡魔に襲われたのだと自己分析する。
「いつの間にやら夜が明けてしまったか……」
ベランダから外の風景をぼんやりと眺めていると、こちらに向かう影が二つ。最初は鳥かと思っていたが、ぐんぐんと近づいてくるそれは人影のようだ。
「もしや新手の魔物か!?」
「おーとーうーさーまーー!!」
「ム、ムムム、ムムムムム!?」
聞きなれた、いや聞かなかったことにしたい娘の声がピスコの耳に入る。最近は胃も痛くなってきたピスコは胃薬をどこにしまったかと現実から逃げようとする。だが、現実は彼の逃避行動を許さず追ってくる。
ブリュンヒルデの背中から飛び降りたナナと彼女に抱きかかえられたアイリスがベランダに着地し、ブリュンヒルデが少し遅れて着地する。ナナによく似た彼女の姿を見て、面倒事を引き起こしたのだと瞬時に察し、頭の中の警鐘が鳴り響く。
「何をしでかしたんじゃあああああああああ!!」
「――ということがあったの」
「『ということがあったの』じゃないわ!何をどうしたら、キャンプから新天地開拓になるんじゃ!しかも雲の上にある島とか意味が分からん」
「雲の上にある理由はアタシもハーピィも知らないから、説明のしようが無いわ」
「あ~、頭が痛い……すまんが、薬を飲ませてくれ」
コップに水を注ぎ、錠剤を飲んでいく。一息入れたこともあり、ピスコは神妙な顔でブリュンヒルデに向かう。何から話すべきかとピスコが悩んでいると、ブリュンヒルデが先に口を開く。
「面白い見世物を見せてもらったわ」
「いやはや恥ずかしいところを見られてしまいましたな。で、ハーピィたちを統べる貴方がこちらに来たご用件は? まさかバカ娘を送るためだけではないはず」
「駆け引きとかできないクチだから、率直に言うけど食糧支援をしてほしいのよ」
「食糧支援? 先ほどの話が聞く限りでは食料に困っている様子ではないようだが」
「あそこは畑作や稲作が向いていない土地なのよ。現に野菜やパンなんて売られてなかったでしょう?」
「そういえば、あの市場でみたのは虫に魔物の肉に革製の衣服……」
「あとは果物の類でしたね」
「今はドローンを飛ばして、不猟になるのを防いでいるけど、私が故障したら増えすぎたハーピィは確実に餓死するわ。だから、こちらが要求するのは生鮮食品や小麦粉等の食料支援、見返りはレアアイテムを優先的に流通させるってのはどうかしら」
「……品によるな」
ピスコのその言葉を待っていましたと言わんばかりに小瓶を彼の目の前に置く。緑色の液体が入っているソレを見て、ピスコの目の色が変わる。
「こ、これは……!?」
「世界樹の雫。私たちは魔物の毒や石化を治すためだけに使うけど、地上ではあらゆる病気を治す万能薬の原料になるとか」
「だが、世界樹は大森林の中にあるがゆえに流通量はないに等しい」
「その流通も大半は人間に化けた私たちや獣人たちによるもの。つまり、私たちと仲良くすれば、流通の首根っこを抑えることができるわけ。悪くない条件だと思うけど」
「う~む……確かドローンとやらで大森林の中を調べることができるのであったな」
「ええ、アタシのシルエットアームズの一つで、遠くのものを見ることも聞くこともできる。ノイズ処理が面倒だけど」
パタパタと羽ばたく一つ目の蝙蝠型のロボットをピスコの前に見せる。手のひらに載るほど小さく、目を凝らさなければ気づきようがなさそうだ。
「ならば、大森林で異変が起こっていないか、その情報提供が欲しい。こちらも帝国の侵略に備えて、人を割かねばならなくてな」
「人同士の争いには中立的な立場をとるけど、良いかしら」
「構わん。非公式の場故、後日行われる議会にこのことを伝える。反発する者もおるだろうから、すぐに決めることはできんだろうがな」
「そこは陛下の手腕にお任せするわ、ピスコ国王陛下」
「ブリュンヒルデ殿、こちらこそよろしく頼む」
空島という新大陸の発見とその統治者であるブリュンヒルデとの非公式の交渉は円満な形で幕を閉じるのであった。だが……
「なぜ、我々が魔物を支援にしなければならないのです!」
「うむ。空島の存在が分かった以上、帝国よりも早く我らの植民地にすべきでは?」
後日開かれた議会では、有力貴族や息子であるアルフレッドから糾弾が飛び交っていた。そんな議会にキレたピスコは彼らを一喝する。
「確かに帝国は強大だ。つい先日もオープナー王国が奴らの手に堕ちた。だが、我らが他国を侵略する理由にはならん」
「空島は国ではありません。魔物の巣です。であれば駆除したところで……」
「ならん!それに向こうには話の分かる統治者、彼女を慕う国民がおる。これを国と考えずして何を国とするつもりだ!しかも、向こうは侵略する意思はなく、対話による交渉を試みている。ならば、我々も理性的に対応しなければならん」
話の分からない貴族たちに苛立ちながらも、ピスコは彼らに反論する。そんなとき、ドラ息子がおもむろに立ち上がり、彼らの視線を集中させる。
「父上の話はよく分かりました。ですが、ここにいる貴族の方々が言うようにハーピィたちが我らに匹敵する戦力を持っているとは到底思えません」
「だが、ワイバーンのスタンピードを食い止めたと聞いたぞ。その事実だけでも十分ではないか」
「それこそ妄言の類でしょう。もし、それが真実ならば我らにその力を見せていただきたい」
「いかにして図るつもりだ?」
「少々古臭いかもしれませんが、各々の代表者1名による決闘というのはいかがですか? 彼女たちの力が巨大とわかれば、対立する理由も無くなる」
「だが、誰が決闘をするのかね」
「僭越ながらこの私が試金石となりましょう。よろしいでしょうか、父上」
(これで俺が勝てば妹の手柄は俺のもの。万に一つもないが、仮に負けたとしても、馬鹿な貴族の連中を抑えた功績がでる。どちらに転んでも問題はない)
「うむ……(聞かれてしまったか)」
窓の外にブリュンヒルデのドローンがチラリと羽ばたくのを見たピスコは深くため息をつきながら、早まりそうなタカ派の貴族をどう治めるか考えるのであった。
議会の最中、アイリスの部屋でブリュンヒルデが不満そうな顔でアイリスに話しかけている。
「話はのぞき見させてもらったけど、アンタら馬鹿?」
「ごめんなさい。まさかお兄様と決闘するなんて……」
「謝る必要はないわ。アンタ、兄に色々と言われているんでしょう。だったらあのバカ面に一発パンチ入れてやるわ」
「でも、事実だから……」
「事実だとしても言ったらだめなことはあるの!この国の法律がどうなっているかは知らないけど、誹謗中傷は罪よ、ギルティー。というわけで、セブンスセブン、貴女の身体借りてもいい?」
「えっ? ナナ、どういうこと?」
「空戦用武装より、あらゆる状況に対応できる私の武装の方が万能に戦えるということです。データのプロテクトは問題ありません」
「OK。データインストール!」
ブリュンヒルデの目の色が失われると、ナナの翡翠色の瞳がブリュンヒルデと同じ青みかかった色へと変わっていく。すると、元気よく飛び跳ね、普段のナナがしなさそうな満面な笑みを浮かべ、動かなくなったブリュンヒルデの身体をアイリスに押し付ける。
「思った以上に軽いわね、アタシの身体。大切に保管してね」
「ナナ、どういうこと!??」
「今のアタシはセブンスセブンじゃなくてブリュンヒルデ。人格データの一部をセブンスセブンの空き容量に移したってわけ。実験機とはいえ、さすがはマシンドールの第一人者、ムラクモ博士の特注品。パワーもデータ容量もけた違い」
「ムラクモ博士?」
「もしかして聞いてない? マシンドールを作ったムラクモ博士と疑似人格プログラムを作った弟子のウヅキ博士のこと」
「うん。多分、そのムラクモ博士に封印されたって聞いたから、あまり話題に出したら駄目かなって思って……」
「アタシだって破棄されたのショックだったけど、それよりも楽しいことがいっぱいあったのよ。アタシの博士なんか、ジャパニーズアニメーションのファンで古臭いアニメを任務の間に見せられたもの。その影響もあって、ハーピィたちの名前が和風になっちゃったんだけどね」
「ハピ子ちゃんって、ブリュンヒルデさんがつけたんですか!?」
「そうよ。女神様につけられた名誉のある名だと言って誇りを持っているの。ちょっと話がそれたけど、人間と笑って過ごしたアタシにとっても、きっとセブンスセブンにとってもかけがえのないモノよ。結末がどうであれ、セブンスセブンが嫌がることはないわ」
「この決闘が終わったら、話を聞いてみます!」
「じゃあ、早く終わらしてあげないとね」
「もしかして今から……!?」
「善は急げってね」
ブリュンヒルデが扉を向けて、混迷極まる議会へと向かっていく。




