EPISODE11 女神
遠く離れた茂みから双眼鏡でコカトリスの様子を伺うアイリスたち。彼女たちが近くにいることを察知したのか辺りをキョロキョロと見渡しているが、その場からは離れようとはしない。
「魔法陣の上に巣がありますね。それにしても見た目は雄どりの特徴があるにもかかわらず、卵があります」
「私たちはオスをバジリスク、メスをコカトリスと呼ぶわ。どっちも似た外見をしているけど鶏冠の形で見分けがつくわ。メスはちょっと丸みを帯びているの」
「そうなるとデータベースの構築のためにもバジリスクにもあってみたいですね。それよりも、周りにある石像は……」
コカトリスの巣の近くにはハーピィの精巧な石像が無造作に置かれている。これらの石像がコカトリスがせっせと石を運んで、鋭いくちばしで彫ったのであれば、おそるべしと言わざるを得ないが、そうでないことはハピ子の表情が物語っている。
「石化魔法ですか?」
「は、はい……」
「治癒の方法は?」
「世界樹の雫で治るって聞いたことがあります。村に帰れば、持っている」
「治癒は不可能ではないと。ならば、彼らを傷つけないように最大限の努力はします」
「お、お願いします!」
ハーピィの言葉を聞いて、ポケットの中身を確認したナナは飛び出していく。周りに危害を加えないようにするため、右腕は銃ではなく剣になっている。飛び出してきたナナを視認したコカトリスは小手調べと言わんばかりに、羽を飛ばして牽制を加えてくる。
「その攻撃は別の魔物で見ました。シールドで防がなくても問題ありません」
剣を振り回し、致命傷になりうる箇所への攻撃だけを切り落とす。捌ききれなかった羽が服や肌をかすめていくが、自身のナノマシンの修復能力でたちまち治っていく。そのリジェネ能力を見たコカトリスは小手先の攻撃は通用しないと感じたのか、羽飛ばしを中断し、尻尾の蛇をうねうねと前へと突き出す。
「この距離はまだ届かないは……伸びた!?」
蛇の胴体がギュンと伸び、ナナの腕に噛みついていく。普通ならば、一撃即死の毒攻撃であるが、機械の身体であるナナには通用しない。かみついた蛇の頭を握りしめ、コカトリスを逃げられないようにする。
「捕まえましたよ。鳥は鳥らしく空にでも!」
上空へと投げ飛ばしたナナは、右腕をエーテルキャノンに切り替え、コカトリスに標準をつける。右腕に集まる魔力の量から危機感を覚えたコカトリスは、悪あがきに目が怪しく光り石化魔法をナナにかける。
「いくら魔法と言えども映像越しで魔法をかけることは不可能でしょう。鮮明な映像ならばそれも可能かもしれませんが、今の私は解像度を下げて戦闘を行っています。しかし、ピンボケしてやりづらい」
文句を言いながらも、上空にいるコカトリスに向けて放った砲撃は頭部を正確に貫き、その命を絶つのであった。コカトリスの巣の中を見ると、孵ったばかりのひなが餌を貰おうと口をパクパクと開けて待っていた。
「害獣は卵もヒナも駆除します」
ポケットから『もえるくん』を取り出したナナは、その炎で巣を焼き尽くしていく。バチバチと燃え盛る炎がひなたちの悲鳴を打ち消していく。
火が収まり、残った灰をハピ子の起こした風で吹き飛ばしていく。すると、地面に掘られた魔法陣が浮かび上がる。
「この魔法陣に乗ると、私たちの村まで行けるんです」
「ハーピィの村!? ちょっと気になるわ。そう思わない、ナナ?」
「…………」
「ナナ、どうしたの? 空でも見上げちゃって? 魔物でもいた?」
「いえ。なんでもありません。それにしても、ハーピィが住んでいるところ、特に女神様には興味があります」
「私もよ。どんな人か会ってみたい」
「一緒に行きましょう。恩人ですから、皆も歓迎するはずです」
ハピ子に誘われるままアイリスとナナが魔法陣の上に乗ると、魔法陣が青白く光り、別の場所へとテレポートする。そして、ゆっくりとアイリスが目を開けると、そこには雲海が広がっていた。
「高い……どこかの山かしら?」
「いえ、マスター。後ろを見てください」
「後ろ……? えっ、島が浮いてる!?」
「ここは空島。あたしたち、ハーピィが住む土地です」
「この広さの土地を浮かしているのですか……」
ナナは目の前に広がる土地を眺める。そこには木々が立ち並び、ハーピィたちがバサバサと翼を広げて空を飛びかい、談笑している。すると、アイリスたちに気が付いたハーピィが続々と押し寄せて、物珍しい動物を見るかのように集まってくる。
「その人間、なになに?餌?」
「食べないから!助けてもらったんで、一緒に女神様のところに行こうかと」
「ところでほかのみんなは?」
「ああっーーと!そうです、石化魔法を受けたから、世界樹の雫が必要なんです!」
「万が一に備えて全員分の雫用意しておいたわよ。こうして戻ったってことはコカトリスは倒したみたいだから、ちょっと行ってくるわ」
「ハピィさん、お願いします」
ハピ子よりも大人な女性のハーピィが魔法陣に乗るとその姿を消す。地上の石化ハーピィは彼女に任せれば大丈夫だろうと、アイリスたちは一安心する。だが、わらわらと集まってくるハーピィたちを見て、どうしたものかと思ったとき、離れるよう凛とした女性の声が響く。
ハーピィの群れがモーゼのごとく割れていくと、奥から白い翼の生えた鎧を着たアイリスと同世代位の女の子が現れる。ハーピィの群衆が跪いていることから、彼女が件の女神なのだとアイリスは悟る。
(なんだか、ナナに似ているような……)
髪色が銀髪と違うが、ナナをもう少し幼くすれば彼女のような顔つきになりそうだ。横に並んで、姉妹と言われれば納得してしまうほどによく似ている。
「久しぶりね、セブンスセブン」
「データ照合……A-0000001ブリュンヒルデ。最終決戦で故障した貴女は破棄されたはずでは?」
「攻撃の余波で気を失っていただけ。ギリギリのところで逃げ出したに決まっているでしょ」
「えっ~と、ナナの知り合い?」
「はい。彼女は空戦タイプのマシンドールです。担当者であったDr.オリバーの趣味で北欧神話になぞらえて、Aタイプの隊長機はヴァルキリーの名を称し、空戦用の追加武装もそれに合わせてヴァルキリーアーマーと言うようになりました」
「そうなんだ。私、アイリス・シャルトリューゼと申します。以後、お見知りおきを」
「畏まらなくても良いわよ。積もる話もあるでしょうから、つづきは宮殿でね」
ブリュンヒルデの後ろをついていく二人。すれ違う人々全員が、彼女に敬意を表しているあたり、どれだけの影響力を及ぼしているかのかを伺いしれる。
白壁の荘厳な宮殿内部の応接間に案内された二人は、装飾が施されたグラスにワインを注がれる。ワイングラスを傾けてみると、角度によって七色に変わるそれはとても奇妙なものだった。
「この天空ワイン、変わってて面白いでしょう。アタシのお気に入りよ」
この見た目は面白いワインをアイリスはゆっくりと香りをかぎ、一口のむ。口の中で味わいながら、のどの奥に入れるのを見て、ブリュンヒルデが「どう?どう?」と聞きたげな表情で迫ってくる。
「渋みが少なくて甘口だけど、リンゴみたいな酸味もあって思った以上に飲みやすいです」
「ワオ!そういう味なのね。アタシたち味覚音痴だから、よくわからないの。せっかく1本開けたことだし、どんどん飲んじゃって」
「ははは……なんだか酔いつぶれそう」
波打っているワインを見て、一口飲んだだけで身体が熱くなるような度数の高いこのお酒を果たして何杯飲めるだろうかと考えつつ、侍女が持ってきたつまみである何かのフライをひと口入れる。外はカリッと、中はクリーミーと不思議な味わいであった。
(これはクリームコロッケかしら? 後で聞いてみましょう)
「それはそうとして、どうしてあなたが女神と呼ばれているのですか」
(な、ナイス。話題を変えて、とにかく注ぐのを止めたのは良いわよ。でないと私、間違いなくみっともない姿をさらすことになるかも)
「さっきの話の続きね。廃棄処分を免れたのは良いんだけど、人間がアタシの処分を決めたことを知ったのよね。それで、誰も使っていない基地で機能を停止させたんだけど……」
「だけど?」
「アタシが眠っている間にハーピィが御神体として奉ったみたい。なんでも永遠の美の象徴だとか」
「私たちは機械ですからね。しかも隊長機である貴女なら、量産機よりも長持ちするでしょう」
「そういうあなたも博士たちに大分といじられて、半分は特注品じゃない」
「そのせいで整備兵から、『なんでこんなところに違うパーツがあるんだよ!』とキレられましたね。理不尽」
「ああ、定期メンテの時にあったアレね。前回と仕様違いのパーツが報告なしにあったら誰でもキレるわ」
「あれはドクターたちが次の開発に使うパーツの試運転と言って……」
「報連相くらいしなさいよ。って、話がそれたわね。御神体として奉られたアタシがなにかしらの拍子で再起動。目を開けたら、羽の生えた人間がいるし、見渡したら島が浮いているし。何が何だか分からなかったわ」
その日、ハーピィたちが1年の無事を祈る祭りを開いて、ご神体の前で舞を披露していたらしい。そんなときに、御神体であるブリュンヒルデが目覚めたのだから、ハーピィたちが大騒ぎしたという。
「色々と事情を聴いたアタシは、ハーピィを導く女神になったわけ。そのあとは時間をかけて文明を発達させたわ。果物は良いけど、さすがに虫をそのまま食べるのはねぇ……」
「虫を食べる人もいると本で読んだことがあるけど、それでも調理をしているわ」
「でしょ。だから、煮るなり焼くなりしなさいと。貴女が食べている天空虫も調理したら悪くないし」
「ごほあっ。ちょっ、これ、虫なんですか!?」
先からモグモグと食べていたつまみの正体を聞いて、アイリスは思わず吹き出してしまう。もう一度、恐る恐るそのフライをよく見ると、たしかに芋虫のような姿に見えなくもない。このあたりでご飯を食べるときは、何の食材が使われているか聞いてからにしようと心の中で誓う。
「毒は無いわよ。高カロリーで栄養価も高いし」
「そうじゃなくて!ナナも何か言って」
「あとはソースでもあれば、食べやすいのでは?」
「調味料とかじゃなくて!虫よ、虫!ふつうは出さないの」
「ですがさっき、そういう人がいると……」
「それは例外。ふつうの人間は食べないの。せめて、食べてから教えるんじゃなくて、事前に言って!」
「ふふふ、注文の多い子ね。久しぶりに笑わせてもらったし、今日は泊まりなさいな。無駄に部屋はあるから。あまり使ってないから、少し埃っぽいかもしれないけど」
「あ、ありがとうございます」
「それと今晩、アイリスちゃんを借りるわよ。別にいいわよね、セブンスセブン」
「貴女が危害を加えるとは考えにくいですし、構いません」
「じゃあ、寝付く前にここに来てちょうだい」
「わかりました」
ブリュンヒルデがドアの前に立っていた侍女たちに目配りすると、彼女たちがアイリスの持っていた荷物をもち、部屋へと案内する。




