EPISODE10 ハーピィ
太陽が真上に昇ったころ、渓谷にたどり着いたアイリスは大きく息を吸って、気持ちよく伸びをする。目の前には大きな川が流れており、魚が泳いでいる姿も見える。キャンプするのに絶好の場所で、アイリスは背負っていたリュックから、テントセットを取り出していく。
「ふんふ~ん、こうやってキャンプしたり、フィールドワークしたりするの楽しみだったんだよね。近くの森だと、キャンプする必要もないもの」
「その割には手つきが慣れているようですが?」
「離宮前でテント張る練習をしていたからね。お兄様から白い目で見られていたけど、いつものこと。テント張ったら、お昼にしましょう。ナナ、魚でも釣ってくれる? バケツと釣竿は……」
「竿は無くても大丈夫かと。スパイダーウェブ」
左手から投擲網を魚の群れに向けて射出し捕まえていく。網の中でぴちぴちと元気に暴れている魚をアイリスが用意したバケツの中に入れていく。すると、上空から捕まえた魚を横取りしようと巨大な鳥が3匹飛来する。
「お、大きい……私の知っている鷹とは数倍ほど違うのですが。魚は通常サイズなのに」
「鳥の魔物って大体あれくらいの大きさよ。魔石の反応は翼の付け根付近」
「まったく……魔法の時代とは実に厄介ですね」
ナナは右腕をライフルに変え、巨大な鷹に向けて砲弾を放っていく。バケツに向かって直進してきた1匹は腹部にまともに食らうが、残る2匹は上空へと飛び上がる。だが、滞空しているあたり隙を見せたら横取りするつもりなのかと思っていると、硬質化した羽をナナに向けて放っていく。
「Gシールドで防げるとはいえ、たかが羽で木を貫通……銃弾並みの威力ですか。深夜のオーガと言い、物騒な動物が多いことです」
「ナナ、無理なら魔石採取とか考えなくていいからね」
「問題ありません。エーテルキャノン、設定変更。射程範囲拡大……エーテルフラッシュ!」
ナナの右腕が光り輝き、そのまぶしさに怪鳥の動きがピタリと止まる。その隙を逃さんと、左腕から射出したアンカーが1体の怪鳥の足に絡まる。逃れようと必死に翼をばたつかせても、ナナは一向に動じない。巻き取られていく鎖から逃れることができない怪鳥は右腕を突き付けられて頭部を吹き飛ばされるのであった。
仲間がやられたことや数が不利になったこともあり、残る1匹はその場から立ち去るかのようにどこかへと飛んでいく。無理して攻撃する必要もないため、怪鳥の死骸から魔石の採取を行っていく。血で汚れているが、エメラルドのような宝石が
「……どっちも小ぶりね。やっぱり大物狙いじゃないといけないのかしら」
「ですが、オーガみたいな上位クラスの魔物となるとハンデを背負っての戦闘は厳しくなるかと」
「う~ん、魔石が発掘で手に入れるのもそういった事情があるのかも。でも、せっかくここまで来たことだし、お昼食べたらこの近くの魔物を調べていきましょう」
「わかりました。ところでこの鳥は食べるつもりで?」
「さすがに食用には向かないかな……」
「では、地中に埋めておきます」
鳥の死骸を森の中へ入っていき、適当なところに埋めた後、塩焼きにした魚を食べ始める二人。朝早くから出発したこともあり、空きっ腹になっていたアイリスにとっては格段に美味しく感じられる。
「とりあえず、川を上っていきましょう」
「巨大な鷹が飛んで行った方向ですね」
「そう。もしかすると、巣があるかもしれない。そしたら、もっと大きい魔物に会えるかも」
(マスターの目には魔物ではなく魔石が映っているのかもしれませんね)
目をキラキラと輝かせているアイリスを見て、ナナはそのように思った。
ベースキャンプを北上していくこと数時間。いくら人の手が届いていない渓谷とはいえ、魔物はそうそう出てこない。そろそろ戻らないと、キャンプ場に戻るころには真っ暗闇になるとナナが考えていた時、センサーに微弱な反応が感知される。
「あそこの茂みに生命反応あり。襲ってくる気配はないようですが……」
ナナが慎重に歩いていき、茂みの中へと入っていくと、ぼろぼろに傷ついた白い羽の生えた女の子が倒れていた。生命反応が微弱なのも弱っているせいと考えられる。どうしようかと判断がつかないナナはアイリスに女の子を見せることにした。
「ハーピィね。誰かに襲われたのかしら?」
「どうしましょうか?」
「どうするって言われても……怪我しているんだし、治療しましょう」
「魔石をとりださなくても? 弱っている今なら楽に……」
「しないわよ!私を何だと思っているの!?」
「先ほどまで目が魔石になっていました」
「そ、そそそ、そんなわけな……あるかも」
「正直ですね。ではこの子をベースキャンプに連れて行きましょう」
動揺しまくりのアイリスをほほえましく思いながら、ナナは傷ついたハーピィの女の子を米俵のように担ぎ、テントまで帰ろうとする。
「相手は女の子よ。その担ぎ方はどうかと思うの……」
「こちらのほうが片手が空くので、緊急時に武装することができます」
今、この場にいる戦闘員はナナ一人だけということもあり、頑として聞き入れない。ナナのいうこともよくわかるので、アイリスはそれ以上のことは言わずに、バードウォッチングを楽しみながら歩いていく。見ているのは貴族が見るような可愛らしい小鳥ではなく鳥の魔物だが。
キャンプ地に戻った二人はたき火の準備とハーピィの手当てをする。持ってきているのは人間用の救命セットだが、姿かたちが似ているハーピィでも同じ効果が得られると考え、傷薬をつけて包帯を巻いていく。手当が終わった時、気絶していたハーピィの目がゆっくりと開く。
「こ、ここは……?」
「気が付いた?」
「えっ~と、あたしを助けてくれたんですか?」
「はい」
「助けてくれてありがとうございます。あたし、ハーピィのハピ子といいます」
「ハピコちゃんね。私はアイリス」
「ナナといいます」
(外見に似合わず和風な名前ですね。この時代の地図には日本という国はすでにありませんでしたが……はて?)
もしかすると、自分たちの時代の文化を伝えている部族や国がこの近くにあるのかと思いながら、ナナはハーピィの話を聞いていく。
「実は女神様から、ゲートに魔物がすみついているから退治するように言われて、みんなと討伐しに行ったんです。でも、返り討ちにあって……身を隠そうとこの辺りをふらふらとさまよっていたら別の魔物にも襲われて……」
「……もしかして2回目に遭遇した魔物は鷹でしたか?」
「そうです!1匹だけだったんですけど、餌でも奪われたかのような獰猛さでした。撃退したのは良いんですけど、そこで力尽きちゃって墜落したんですよねぇ」
(それって……)
(もしかしなくても……ですね)
(女神様はよくわからないけど、私たちも手伝いましょう)
小声で相談した二人は、ハーピィが襲われた原因に自分たちも責任を感じて彼女の魔物退治を手伝うことにした。
「助かりました。私一人ではどうしようもなかったので」
「どのような魔物だったのですか?」
「コカトリスというんですけど、知っていますか?」
「鶏のような体に猛毒の爪と牙、そして睨まれると石になる凶暴な魔物ね」
「はい。石化魔法に気を付けていたんですけど、少しでも引っかかれると毒で……」
「文字通りの一撃必殺というわけですか。敗走したとはいえ、よく生き延びられましたね」
「……でも、あたしだけ生き残っても…………」
「情報を生きて持って帰るのは重要です。貴女がいきていたからこそ、こうして私たちと出会えたのです」
「ナナさん……」
ハピ子がうるうるとナナを見つめながら近寄ってくる。その様子に少し引いたのかナナは少し後ずさりする。
「二人が仲良くなったところで悪いけど、かなりの強敵よ。ナナ、勝機あるの?」
「石化魔法の仕組みが分からないので、確実なことは言えませんが勝てるかと」
「なら安心ね。では、気を取り直して今日の夕食は……じゃじゃ~ん、インスタントラーメン!一度は食べてみたかったのよね」
「……あるのですね、この時代にも」
油で揚げられた乾麺を見て、ナナはどこか懐かしむような表情をする。
「別に珍しいモノじゃないと思うけど。それにしてもナナって私たちを原始人か何か思っている節あるよね」
「すみません、どうしても自分がいた時代と比較してしまって……」
「タイムスリップしてきたようなものだもの、仕方ないか。さてと、お湯と砂時計を用意して……」
お湯を入れて砂時計をひっくり返す。さらさらと零れていく砂をじっと見つめながら、待つこと3分。立ち上る湯気とスープの匂いを嗅ぎながら、アツアツのラーメンを食べ始める。ただ、ハーピィにとっては熱すぎるらしく、必死にふーふーと息を吹きかけている。
そんな微笑ましい光景を見たナナは、夜空に広がる満点の星々を見上げ、今は亡き創造主たちのことを思いつつ、アイリスたちと談話するのであった。




