EPISODE9 夜戦
月光りさえない漆黒の中、よほど腕力に自信があるのか、オーガは大きく振りかざした拳をナナにかざす。
「俺様の拳は岩を砕く!そんな細っチョロイ剣などへし折ってくれるわ!」
「なるほど、それだけの怪力があると。では試してみましょう」
だが、それを真正面から斬りつけようとするナナ。その無謀とも思える行動にオーガはにちゃりと不気味な笑みを浮かべる。愚かとあざ笑うかのようだ。
しかし、鮮血が噴き出たのはオーガの方だ。いともたやすく切られ、腕が途中まで2分割されてしまう。
「おおおおおオデの腕がああああああ!!?」
「貴方は岩をも砕くと言っていましたが、私の剣は鋼鉄をも斬り裂きます。ではさっさととどめを……」
「な、なめるなぁ!治癒魔法、ヒーリング!」
(逆再生していくかのように傷口が治っていく……!?)
「治癒魔法、リジェネレート!強化魔法、ビルドアップ!」
自慢の右腕を治すだけでは不十分と思ったのか、自身に魔法をかけていく。やや巨大化したオーガからは先ほどまであった慢心が吹き飛んだかのようにナナを睨めつけ、右腕で殴りつける。先ほどと同じく剣を斬りつけるが、硬質化した皮膚に阻まれる。
「鋼鉄を斬り裂くと言ったが、今の俺様の皮膚は鋼鉄よりも硬い!」
(魔法を使うだけでここまで能力が変わるとは……)
ナナは魔法を過小評価していたと反省する。能力がはるかに劣るオーガに強化魔法を使われただけで、対等までもつれ込まれるとは思いもしなかったからだ。
「ならば、皮膚で覆われていない箇所を狙うだけです。Gライフル!」
後ろに飛び下がり、銃撃に切り替えたナナは目や牙に目掛けて弾丸を浴びさせていく。ゴブリン相手なら一発一発が致命傷を与えていたそれらも、攻撃を受けているオーガはニタニタと笑うだけだ。
「無駄無駄。リジェネレートで再生力を得た俺様にはこんな豆鉄砲、痛くもかゆくもねぇ」
「生半可な攻撃は通用しませんか……」
「そろそろ人も集まる頃合いか。俺様を捕まえたいなら、追いかけて来いよ。ぐひひひ」
森の中へと走りこむオーガを見て、追跡することにしたナナ。ここで見失ったら、自分たちの手では届かない外国へと高飛びすることを許してしまう。そうなれば、ほとぼりが冷めた頃合いに同じ被害が出る可能性がある。後顧の憂いを断つためにも追跡はせざるを得ない状況だ。
(しかし、巨体の割には速い。一度でも気を緩めれば見失うくらいには……そして!)
自分の死角から飛来してきた弓を叩き切る。そして、ぞろぞろとゴブリンの群れがナナを囲い込むかのようにじりじりと近寄ってくる。ある者は石斧を、ある者は刃こぼれした剣を持ち、遠くからは弓を引こうとする者もいる。
「罠にはめようとする知恵もある。なるほど、獣の類とは一線を画すようですね、あのオーガは。そして、ゴブリンは夜目がきくと。ですが、こちらは多勢との戦いは慣れています!W・Gガトリング!」
両手をガトリング砲に切り替えたナナはぐるりと回りながら、辺り一面に銃弾をまき散らしていく。Gライフルとは違い、1発で吹き飛ばすことはできないものの、何発も撃ち込まれては十分に致命傷につながる。
各々の武器を吹き飛ばされながら、地面に伏していくゴブリンたち。仲間を盾にしながら、距離を詰め寄ったゴブリンもいたが、銃身でたたきつけられひるんだところに弾を浴びせられて絶命してしまう。
あっという間に、ゴブリンを掃討したナナは地面に付いた大きい足音を手掛かりにオーガを追跡していく。
(あの数のゴブリンをものの数分で倒したとでもいうのか!)
追跡されているオーガも焦りが見え隠れする。しかも、この暗闇の中、こちらの姿が見えているかのように追跡し、だんだんと大きくなる音からしてあとわずかの時間で会敵するだろう。国境線を超えるためにも、追手を倒すしかないと考えたオーガは振り返り、自身に更なる強化魔法をかけていく。
「全長10m超……見ないうちに育ちましたね」
「俺様を追い詰めたお礼だ、たっぷりとお礼をしてやろう。オーガスマッシュ!」
熱気の籠った右パンチをさっと躱し、地面にはクレーターのような大きなくぼみができる。
(まともに食らえば、私でも無事ではありませんね、これは)
「ちょこまか動きやがって……オーガサンダー!」
「Gシールド!」
オーガの2つの角の間で発生した雷を青いバリアで防ぐナナ。それを見たオーガはバリアに向かって右ストレートを叩き込み破壊するが、そのバリアの後ろにはナナの姿はない。
「どこへ行った!」
「巨体ということは死角も多いということです。Gドリルアーム!」
左手をドリルに変えたナナがオーガの懐に入り込み、左胸に突き刺していく。ドリルでじりじりと前進するナナをコバエのように振り払い、木々に激突させる。
「無駄無駄。お前がついさっき与えたダメージもこの通りすぐ回復する。そして、もう二度と踏み込めないようこうしてくれるわ。オーガブレス!」
オーガとナナの間に炎の壁が生まれる。射撃攻撃は通らず、唯一ダメージを与えられる手段もこれで封じたと高笑いするオーガをナナは不敵に笑う。
「何が可笑しい?」
「気づきませんでしたか? いいえ、気づかないも道理でしょう。今の貴方はリジェネレートで皮膚へのダメージでなくても痛みを感じないのですから」
「何が言いたい?」
「私の左腕はドクターたちの趣味で着脱可能。そして、ある程度は遠隔コントロールが可能です。ここまで言えば、お判りでしょう」
「ま、まさか……」
オーガはいつの間にか失っているナナの左腕と完全にふさがってしまった傷口を見る。つまり、あの左腕のドリルは自身の体内を、臓器を食い破りながら突き進んでいるということだ!
「受けているダメージが大きいとヒーリングをしないと治せない。ですが、あの再生方法から察するに傷口を治したとしても異物を取り除くことは不可能!そして!」
右腕をエーテルキャノンにすでに変えている木々の枝を蹴りながら、オーガの頭上へと飛翔すると同時に、脳天から左腕が飛び出してくる。左腕が作り出した傷口に向かって確実なとどめと言わんばかりの砲撃を加え、オーガの体内を溶かしてくのであった。
「貴方の敗因は情報を与えすぎたことです。こちらとしては良いデータが得られたので、感謝していますが」
内部がぐちゅぐちゅに溶けてガワとなったオーガの頭部を討伐の証として持ち帰ったナナは、アイリスと共に村長のバートンから、本当のことを改めて問い尋ねる。
「あのオーガは数年前に村に現れ、金銭を要求してきました。最初こそは税負担を少し上げることでカバーできる範囲でしたが、父が倒れ、不作も相まってこれ以上の税負担を上げることができず……」
「自身が持っていたコレクションを売りながらやりくりしていたと」
「はい。その通りでございます」
「それなら討伐依頼を出せば丸く……」
「マスター、仮に出したとしてもそれ相応の人的被害は出たかと。現時点において、あのオーガは上位クラスの魔物だと判断しています」
「救援をだせば、村の人間を人質にとって逃走するつもりだったようです。国境に近いのもこの村を狙った理由なのでしょう」
「……理由はわかりました。このことはご報告させていただきます」
「ええ、よろしくお願いします」
どこか肩の荷が下りたような表情をするバートンと別れ、アイリスとナナは朝日が昇り始めるこの村を後にしながら、次の目的地であるドラナヴィア渓谷へと向かう。
その道中、ナナはアイリスにこの事件のことをどう報告するつもりなのかと問い尋ねる。報告の仕方によれば、真っ黒にも灰色にもできるような事件だからだ。
「ん? 魔物に脅されていただけでしょう。そう報告するつもりよ」
「ですが、横領の件は……」
「ああ、もしかしてこの証拠資料のこと?」
厚めの封筒をナナに見せ、こくりと頷かせる。そして、その資料を宙に放り出して、バーナーで燃やして灰にしていき、風によってどこかへと運ばれていく。
「証拠が戦闘中に焼失したなら、仕方ないわよ。証明しようにも証拠不十分。彼にはこれまで以上に頑張ってもらわないとね」
「……それでよろしいので?」
「それでいいのよ。どうせ私は落ちこぼれ、悪人一人裁くこともできないわ。さてと、気を取り直して、魔石採取よ!」
元気よく進むアイリスを見て、苦笑しながらもナナはそのあとをついていくのであった。




