飽き
無理だ、ダメだ、もう限界だ。
私はもう、一生分の野菜を食べた。
私の人生にもう野菜は必要ない。
私は野菜が嫌いだ! 野菜なんてこの世から消えてしまえ!
ダイエット開始からすっかりと人格も変わりつつあるジェラールは、そんな事をぼんやりと考えていた。
自暴自棄という奴なのだろう。
いつの間にかそれほどまでに、ダイエットという言葉が、行為が、ジェラールの精神を蝕んでいたらしい。
そう考えるとダイエットとは、理想の自分を手に入れるための修行のようだ。
生半可な考えで成し遂げられるものではない。
きっと常に苦痛と共にあり、身を窶していなければならないのではないか?
そう思うと、自分の覚悟なんてたかが知れているのかもしれない。
痩せようと思ったきっかけーーつまりは目的。それらは間違いなく今も胸の中にある。
決して遊びではなく、しっかりとした熱を帯びて、ここにある。
私は痩せたい。
健康的な身体を手に入れたい。
娘の結婚式に間に合うように!
だがしかし、思うように痩せる事が出来ない。
野菜を食べれば若干体重は落ち着くが、ある一定のところでぴたりと止まってしまう。
その後は何をどうやっても体重が減らない。
言いようのない歯痒さと苛立ちだけが日々募っていく。
めげずに自分を鼓舞し続け、なおも野菜を喰らい続ける。
明日を頑張るために一日だけサボってみる。
歯痒いくらいに減らない体重が少しサボっただけで一気に増えた。
普段全然減らないくせに、増える方向には容赦なく増えてしまう。
何のつもりだ。
何がしたいのだ。
何の嫌がらせなんだ!
おぉ、神よ! いるのなら答えてください! 私は何かあなたに悪いことでもしましたか⁉︎ したのなら謝ります! だからもうゆるして下さい!
この生き地獄から私を解放して下さい!
遂には、ジェラールが神に許しを請いだした辺りで、とある人物からとある提案をされることとなる。
「旦那様……あの……これ……」
使用人の娘が彼に差し出したもの、それはーー
「これは……もやし?」
「ーーはい。生野菜を食べるよりも、熱を加えた方がかさが減って食べやすいんです。それに、もやしなら味付けが変えやすくて飽きがこないんですよね」
「ーーふむ。なるほど……」
冷たい食事ばかりで身も心も冷え切っていたところに、思わぬ朗報だ。
こういうのを棚からもやし、と言うのだろうか?
それとも、ひょうたんからもやし、とか?
ふふふっ、まぁいい。
もやし。どうやら私は強力な味方を得たようだ。
不敵な笑みを浮かべジェラールは笑う。
それはさながら強力な力を手に入れた悪者のようにも見える。
その新しき強力な力を彼が持て余す事なく、正しく使ってくれる事を今はただ祈るばかりである。