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Cranker:

 単色に染まった街に、爆発音が響いた。小説にシロツメクサの栞を挟んだ。

 時が止まったように静まり返った街に、二、三度、衝撃音が谺する。身長より長い杖を持ち、私は窓から飛び出した。


 三階。リミッターを解除した左は、常人ではないジャンプ力を放つ。いや、だからといって窓枠を心配している場合ではない。ヤツが第二層に侵入するのは、時間の問題だ。

 中心街に林立するビルの壁を蹴り、キューブの示す方向へと急ぐ。「それ」の背中が見えた。その横に立つランドマークは、中程からポッキリと折られ、先端は地についているようだった。白黒に染まった構造物の並ぶ中、それは赤を放っていた。


 杖を空へかざす。その先端とロボットの頭上に魔法陣が現れる。一度だけ光を放つと、それは大量の水を落とし始めた。当たりに水煙が発生する。柵から手を離し、数歩下がった。


 想像より大きく見える。ここからじゃ全像は見えないだろう。後ろのビルへ飛ぼうと振り向いた時、さっきまで無かったものにぶつかった。


「わっ」

『わっ』、じゃねえよ。と彼は言った。


「そんで、コアは?」

「まだ」


 少し遠ざかりながら、“眼”を変えて見つめた。頭の様な半球状の可動部の底に、何かが青い光を放っているのが見える。

 コアだ。それさえ破壊すれば、動きは止められる。通常通り、狙い難い位置に配置されている。


 冷黒調の世界をoffにする。薄く透けていたモノの表面は実態を取り戻し、光は消えた。


 酸性の液を降らせている魔法陣を消し、次いで高出力で電撃を走らせた。何かが外れたように、ロボットは脚部を痙攣させ始めた。数秒後、震えの大きな波と共に崩れ落ちる。寸胴鍋のような胴体が幹線道路同士の交差点に座る構図が出来上がった。

 高い塔が破壊されてから百数十メートル。大抵の金属を溶かすであろう強い酸性雨は、一切その効果を示さなかった。


 逃げろ、と思った時には遅かった。胴と頭部に備え付けられた砲台に銃口を向けられ、気がついた時には砲弾が放たれていた。

 慌てて右側で壁を張る。何発かが当たり、跳ね返る。焦ったせいか、少しずつ脆くなるのがわかる。効果が切れてしまう前に、左側でもう一度張ってしまおう。


 左半身のコアを活性化させる。不具合はなさそうだ。私は安心してできるだけ強くバリアを発動させた。ついでに脚をマシンガンへ変え、球体の結合部めがけて弾を撃ち込んだ。


 「彼」の仕掛けた攻撃が功を奏し、砲台2つの破壊に成功した。そして同時に、コアに繋がる道も開けた。


「搭乗型、じゃないよな」

「うん、人がいる気配はない」


搭乗型は、操縦者の近くにコアがあったほうが好都合だ。球体部が回転でき、コアの近くに搭乗口でもあるのかと思ったが、どうやらハズレのようだ。尤も──


「私みたいなのがいるかもしれないけど」


「でも、クランカーの技術は流出してないんだろ?」

「破損機の主要な部分は回収してあるからね」


「破損って、お前何回壊してんだよ」

「100は超えた」

「!?」

「そこ危ないよ」


変だろうか。与えられた技術を、教えられた方法で使っている。何よりクランカーは私一人なのだから、何をしようが「例外」には当たらないはずだ。


球体の底面部と思われる場所にあるハッチをこじ開ける。席のようなものは無かった。


「ねぇ、27」

「番号で呼ぶなよ」

「じゃあ、グロースクロイツ」

「名字かよ。しかも昔の名前だし」

「ステア」

「それでいい。そんで、何?」

「私って、なにか変かな」

「変、ねぇ」


ステアは上を見た。サビのない歯車が、ギシギシと音を立てながら動いていた。


「とりあえず、自分から雑談を始めるあたり、いつものクレーじゃないね」

「いや、そうじゃな──」

「あれ、コアじゃない?」

聞きたかったのは“私”が“周り”からどれほど外れているのか、だった。あとにしよう。それよりも重要なものが目の前にある。


「コアだね」

「報告する」

「ん」


大きなガラス球の中、コアは煌煌と輝いていた。簡易的なロックを外し、中に浮かぶ球を取り出す。


「青?」

「青」


生身の人間にそれが見えることはない。唯一感じられるのは、その気配だけだ。


「飛ぶよ?」


 彼がコアに手を近づけると、あっという間に光は消え、代わりに闇が溢れ出した。


 光が射す。目の前には、淡い緑がどこまでも広がっていた。次いで聴覚が到着する。水の流れる音が、背後に流れ始める。緩やかに流れる川の縁に、私達は立っていた。


 対岸の緑は濃く、濡れていた。平瀬と中洲を伝い、幅の広い川を渡った。“彼岸”をゆっくりと歩く。二人分の足音だけが谺する。


「なんか、懐かしいんだよな、ここ。」

「懐かしい?」

「悪い。ガイノイドに感情の話しても──」

「哀しくなる、気がする」

「え?」

「よくわかんないけど」


大きく息をついて、私は、足を止めたステアを追い越した。


 たどり着いたのは、一つのドアだった。腐食の進んだ金属製のドア。触っただけで崩れてしまいそうだった。


 ドアの先は廃墟だった。彼岸の第一層だ。体感時間にして4時間ほど──時計の類は一切機能しない──は逃げ続けなければならない。相手を“停止”に追い込みながら、逃げ隠れる。


 殺せばいい。それだけで敵は、この第一層から排除される。ただし、殺されてはならない。


 逃げ続けた。撃ち続けた。そして、時間が来た。


 第二層だ。モノクロの街に色だけが戻る。幹線道路と幹線道路の交差点に、人の動く気配が溢れる。


「ステア」

「いつでもどうぞ」


交差点の真ん中に立つ。右手の拳銃を上へ向ける。大きく息を吸い、吐いた。


「殺戮を開始する」


 乾いた音が、無音の街に響く。人の気配が実体を持つ。同時に、私から逃げる人々の姿と、騒ぐ声が溢れかえる。背中を向けた人間を、二人で次々に狙っていく。発砲音が壁に消える。赤い液体が辺りを染め上げた。

 上へ飛んだ。周りのビルよりも高く飛び、動くものを片端から狙う。なんの気無しにビルの屋上を見る。私を狙う銃口が一つ、あった。咄嗟に弾道を合わせ、撃った。


 敵の口に弾が飛び込むより早く、鉛が頭蓋を突き抜けた。被弾数、3発。



 ベッドの上だった。無機質な天井。真っ白な部屋。私はいつも、この景色から始まる。


「おはよう、クレー。」

「おはよう、ユーリ」


カーテンが開かれる。


いいところまで行ったんだけどなぁ。と、彼女は言う。

 曰く、127回目の消滅らしい。最終層までたどり着いたのは17回目。修理の余地は認められず、今回も新しい躯体へ移したらしい。


「ああ、それから、君を撃ったXだけど、もしかしたら、同種かもしれない。ここ数回の最終層襲撃で起こった不具合は、どうやら共鳴が原因らしい。」


暫くは、遠征は禁止にしよう。と釘を打たれた。


 首から伸びるコードは大きな機械へ繋がっていて、さらに彼女のパソコンへと伸びていた。


「そろそろ試作機が完成する。動作に問題がないようなら、市民権が貰える。軍からは離れていいよ。それよりも、私のかわいい妹を撃ち抜くなんて、相当な……泣いてる?」


 涙だ。そんな機能があったのかと思えるほど、私は泣いていた。

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