第6話 僕にとって初めての神様契約
よく見ると、この子凄く華奢な体つきをしている。
まるで長い間食事をしていないかのようだ。
「えっと、なにか持っていたかな」
ポケットに手を入れると、ビニール袋に指が振れる。
来る途中でカレーパンを買っていたことを思い出した。
「大丈夫? これを食べるといい」
「……っ」
いらないという意思表示なのだろうか、彼女はカレーパンから目をそらす。
だが、目の前に出すと尻尾が左右に気持ちいいように揺れ、左耳はピンと立った。
これ、どう見ても食べたいだろ。
「食べたくないならしょうがない。これは僕が」
彼女の目の前から遠ざけると、尻尾と耳は元気をなくしたかのように萎んでしまう。
面白い反応だな。
「毒入り」
騙されないぞとマジで思っていそうな顔だ。
毒なんて入ってない……
「大丈夫だよ」
僕は一口毒味してみせる。
「……ぁ」
食べる量が減ってしまうという感情が顔に現れているじゃないか。
お腹空いていて、食べたいだろうに意地張って。
「ほらっ」
「……っ!」
再度、彼女の前に出すと、物凄い速さでひったくりそのままかぶりつく。
想像していたよりも美味しかったんだろう。
さらに言うなら、僕が想像していたよりお腹が空いていたみたいだ。
目を見開き、両手でそれを掴んで食べ始めた。
「ねえ、一つお願いを聞いてくれないかな?」
すでに口の周りをカレーで汚しながらほたるは顔を上げる。
「……」
「いや、提案だと思って。ほたるにとっても悪い条件じゃないはず。僕、神様を降ろしたのは初めてなんだ。君が傍にいないとこの力扱えないんじゃないかと思う。ほたるの方もシンクロしていたしね。だから、その、僕の傍にいてください!」
んっ、なんか告白みたいだけど。
まあいいか。
「ほたるさま、お願いします」
「……」
「ほたるさん、お願いします」
「……」
「ほたる、お願いします」
「盾になれなの」
はいっ。結界壊したのは僕ですから。
「さっきの言葉はすぐ嘘になるの」
君のヒーローになるっていったやつかな?
「食事と住まいは僕が保証するから心配しないで」
「……」
「契約の仕方ってわかるかな?」
「……」
やばい、ほんとにこの子しゃべらないぞ。
少し間があって、ほたるは僕の左手の指先を噛みついて血を吸う。
ガブリ! ツーツー
再び、左手甲に紋章が浮かび上がる。
ちゃんと説明してから、やってもらいたい。
なんにせよだ、
【契約完了】
僕はほたると神様契約を結んだ。
神様でも子供は子供だし。守ってあげなきゃ。
「なんでここにいたのかな? その記憶って」
覚えていないと軽く首を横に振られた。
じゃあそれを取り戻す手伝いもしないといけないな。
話が決まったところで、ドタバタとかけてくる足音が聞こえる。
この重量感のない感じは人みたい――
誰だろ――
もしかしたらの、その人物が少し頭をよぎった。
息を吐き、立ち止まった幼馴染の姿を視界に捉える。
僕なんかより段違いに強い美優が1人でここに。
なんかさっきまで一緒にいたのに、会うのが久しぶりな気がするな。
顔を伏せ、セミロングの茶色の毛を揺らしながらゆっくりと近づいてきた。
「颯太……」
「美優、どうしたの?」
美優は僕の頬を両手で挟み込み、
「あなたが心配だから見に来たのよ」
強い力を込められる。それだけ僕のことを心配してくれていたってことだと思う。
「そっか、ありがとう……」
「お姉ちゃんを心配させないで。さっき凄い神通力を感じたんだけど、あれ何だったのかしら? それにこの辺り強い怪異いなかった? ちょっと怪異に遭遇して硬くてあたしも来るのが遅くなったわ」
お姉ちゃんと言っても、僕よりも数日誕生日が速いだけなんだよね。
「強い怪異いたよ」
「戦ったの!」
「恥ずかしい話、一度逃げたんだけど……ほたるのおかげで倒すことが出来たんだ」
そこで初めて美優は僕から数メートル離れた場所にいるほたるに目をやる。
「ほたる……なに、あの子?」
「僕の神様だよ」
ほたるの方は心底嫌そうに美優を眺めていた。
「えっ――はあっ! 契約して、颯太が怪異をやっつけたの?」
「うんっ。そうなるかな」
「ついに、出来たのね。神降ろし。やるじゃない。たくっ、もったいぶっちゃってさ。結果的に飛び出してよかったんだ」
「いや、少し違うかもしれないけど……ほたるは神霊じゃない気がするから」
「生身の体を持つ神様……半神かな?」
美優はほたるの観察を始めた。
ほたるの方はぷいっと視線を外す。
「なんか態度悪いな。こらっ、話してるんだから視線そらさないの!」
「……」
それでもほたるは目をそらし、尾を小刻みに揺らす。
「ちょっと、あの子ほんとに神様なの?」
美優は内緒話のように声を潜めて尋ねてくる。
「あっ、うん。いい子だよ。ちょっと警戒心が強いけど」
「ふ~ん……ねえ、神降ろし見せてよ」
「……」
拒否する意思表示なのだろう、ほたるは首を横に振る。
「颯太に言ってるのよ」
「まあまあ……神降ろしは後でちゃんと見せるよ」
「足りないの」
自分のお腹に触れ、独り言のようにつぶやいた。
カレーパンだけでは満たされなかったということだろう。
まだまだお腹が空いていると。
「それじゃ帰ろうか」
美優は僕たちの会話を聞きながら、桜の木その周りに目をやる。
「まだ桜の時期にしてははやいのに。こんなに綺麗に咲いて、散り始めてる……んっ、ねえ、ちょっと聞きたいんだけど……」
美優は当然の疑問を口にした。
「一緒に住むですって!」
僕の説明を聞いて、美憂はたじろぐ。
「ほたるがいないと困るから」
ほたるは鋭い爪を立て、僕を威嚇する。
僕の言ったことを破ったら、ただでは済まさないと言いたいんだろう。
僕たちの言葉を聞いて、美優は何やら物思いにふけっている様子で考えていたが、その顔は徐々に不満が現れてくるようだった。
「よろしくね」
僕の言葉に、迷った末にそれは小さく頷いてくれた。
美優は両手を握りしめて、ついに眉間にまでしわを寄せる。
幼馴染は小刻みに体を震わせていた。
僕がほたると暮らすことをよく思っていない理由なんてないはずだけど。
「えっ、なんかまずい? ほたる、行くところないみたいだしさ」
「あ、あ、あたし、明日から夕飯も作りに行ってあげるわ! ほら、あたし颯太のお姉さんだし」
それが一番だわ。とでも思っているかのような笑顔を幼馴染は浮かべた。
それはまたありがたい申し出。
甘えてしまってばっかりだな、僕。
ほたるは前に歩き出そうとしてが、足元がおぼつかないため僕の方によろめくように体を預けてきた。
故意ではなかったのだろう。
たぶん、横になりっぱなしだったから、まだ体が思うように動かないんだと思う。
だがそんなのは関係ないような、強い視線を浴びせられる。
「さすがに僕のせいじゃないからね。引っ掻くのは勘弁してよ」
「ちっ」
その舌打ちは、なんとなく僕には可愛く聞こえる。
僕たちを見送るように、桜の花びらが踊るように舞っていた。




