第5話 僕と君の自己紹介
静まり返った森の中で、桜色の火柱が2本上がる。
そのおかげで、辺りはいっそう明るさを増した。
炎に覆われている僕は熱い。火傷するとかではないけど、結構熱い。
左手を突然覆う桜色の炎。
神降ろしを成功した場合、その主は掌に神の紋章が浮き出る。
掌の紋章は、見たこともない形を記していた。
自分の状況の整理と理解が追いつかない。
僕が出来る神降ろしはない。神霊様たちは今まで一度も力を貸してはくれなかった。
なのに、これは……
「えっと……」
この場で神様と契約したとみなされた?
この状況下で、ついに僕も出来たってことなのか……
僕と同じ炎を纏い、僕以上に驚きを隠せないでいる顔の女の子をチラ見する。
もしかして、この子神さまだったのか?
神霊ではなく、生きている神様。
「この力」
僕とこの子両方で……こんな神降ろしは聞いたことがない。
てゆうか、これ攻撃力高そうだぞ。
僕から出た桜色の炎は、渦を巻くように体を包んでいき、先ほど怪異から受けた傷をみるみる治癒していく。
マッ、マジかよ。
二頭犬の怪異は大きく口を開け、火の玉を吐いてきた。
その瞬間に、また体が一層熱く、手を覆う炎が力を増す。
まるで炎に意思があり、彼女を守りなさいとでも言われているかのようだ。
左手をパーにして、湧いてきていた力を放つ。
それは向かっていた火の玉を飲み込め、消滅させた。
すごいぞ、これ。と思った矢先。
僕を包んでいた炎の熱が上昇したように感じた。
突然の焼かれるような熱さに顔を歪める。
「うっ!」
「……」
女の子は、なんで自分の力をあなたが借りられている? そんな驚いた顔をしていた。
膝をついた僕を彼女は見下す。
そんな幼女の炎は静かさを保ち安定している。
僕の方は酷く暴れているんだけど、なんでそんなに差が出る。
「その程度?」
自分も初めてだけど、熱くもなんともないと言っているかのような顔。
そうか。出ている炎が大きすぎるんだな。
身の丈に合った、今の僕が抑え込めそうな力を貸してもらわないと。
目を閉じて、火力を調整する。温度も外側はより熱く、逆に内側は負担にならない程度に。
ボワッと火力が上がってしまう。
あちい!
集中しろ。彼女を守るんだろ。訓練で力の制御はやってきたんだ。
回避能力を除けば、これ僕が唯一自信のあるところだろ。
両手にだけでいいので、少しだけ貸してください、神さま。
目を開けると、ボッと両手に炎を纏っていた。
だいぶ火力を落としたけど今度は全然熱くも、負担もない。
「えっ?」
女の子は僕を見て、ぎょっとした顔になる。
嘘だろ、そんな容易くって顔だ。
「よしっ」
火を吐く二頭犬の怪異御一行に視線を固定した。
僕の攻撃だけであの強い怪異を5匹も倒せるだろうか!
あ~、もう弱気になるな。
「制御されてる……」
んっ、その反応は――
凄いことなのかな? だいぶ抑えているんだけど。
彼女は僕が留めた両手の桜色の炎に目を奪われているかのようだ。
「手伝ってくれる?」
彼女は少し迷って、わずかに首を縦に振る。
怪異の方から距離を詰めてきた。
僕らを完全に包囲した二頭犬の怪異5匹は大きく口を開け、僕に狙いを定めていた。
彼女を信じて構わず行く。
口に溜めた火を放つ前に、怪異の頭上から落雷のような桜色の火柱が落ちてきた。
1本ではない。真ん中に太いピンクの炎。その左右に細い火柱が1本ずつ。それが5本。
それは怪異を貫いたようで桜色の炎で包む。
僕は速度を緩めながら、両の手を前に出して構える。
煙が上がっているが、まだ調伏しきれていない。
トドメはこの僕に委ねられているんだ!
炙られた怪異の体に触れ、その力を、炎を放つ。
意識を失う間近のような怪異の目が僕を見下ろしていた。
僕の掌から放たれた桜色の炎は、外側が濃いピンク色、内側は無数の小さな炎が渦巻くようにコーティングされていて、広範囲を焼き尽くす勢いで――
美しくも見えるその炎は、苦しんでいる怪異に次々命中し止めをさしていった。
怪異の硬い体をいとも簡単に桜炎が貫き粉々する。
まるで意思を持っている生き物みたいな炎だな。
「やっぱり制御してるの……」
彼女がなんでそんな驚いた顔をしたのか僕にはわからない。
桜の炎が完全に怪異の姿を焼き尽くすと、やがて粒子となって上空に舞う。
地面には輝石が落ちて月明りに反射している。
その光る石は調伏したという証しなのだ。
見上げると満月に星空、桜の花びら、粒子までもプラスされていて綺麗だった。
「これ、僕がやったんだよな、この僕が……」
あの強い怪異を5体も一瞬で。この力すごい!
自分の両手をぎゅっと握りしめた。
やっぱり間違ってはいなかった。
正直、挫けそうになったことは何度もあったけど、追放されたときは一瞬真っ白になったけど――
僕でもやれたんだ。
守ることが出来た。
人よりも時間がかかっちゃったけど、これが僕の調伏師としての最初の1歩。
1人だから、喜びを分かち合える人はいなくなってしまったけど……
僕の初勝利をお祝いするかのように、桜吹雪は炎に姿を変えることなく、綺麗に舞っていた。
左手の紋章が消えていく。
それを模写できるように記憶した。
うーん、何の神様だろ?
「いいものを見たの」
僕に近づいてくることなく、女の子は離れた距離でぼそっと呟く。
いいもの?
あっ、分かち合える子がいた!
この距離での会話はしんどすぎるので、僕の方から歩み寄っていき、
「意地悪だなあ。神様ならそう言ってくれればいいのに」
「自分のことよく知らないの」
その割には、僕より上手く制御していたな。この子の力だから、当たり前と言えば当たり前だけど。
「君、名前は?」
僕の問いに、自分から名乗れという強い視線が飛んでくる。
「僕、牧颯太」
「……」
「あのっ、名前を教えてください?」
「……」
「お願いします……」
「ほたる」
ほたると名乗るその子は、すっかり無表情に戻って教えてくれた。
僕が最初に呟いた名前じゃないか。
偶然だな。
これからもよろしくという意味を込めて、手を差し出そうとした。
だが、ほたるの体はふらついて前のめりに倒れこむ。
「えっ!」
急にどうしたんだ?
持病でもあるのか?
どんなに急いでも近くの病院までは時間がかかってしまう。
膝をついてほたるの容態を確認しようとしたとき、
グ~ッ!
静まり返った森の中で、彼女のお腹の音が盛大に木霊した。
 




