第12話 僕の神様は勝手に動く
安眠を妨害するからのように、スマホが振動する。
左手を伸ばしアラームを止め、あくびをしながら真っ暗な室内で体を起こした。
午前1時30分。
悪い夢、今日は見なかったな。
ほたるが就寝している部屋は僕の隣。
鍵は掛かっておらず、ほたるはベッドを使わずカーペットの上に布団を敷いて寝ているはずだが――
いない!
「えっ?」
ほたるの姿がそこにはなかった。
寝ているほたるを起こして、ついてきてもらって新種の怪異のこと調べようかと悩んでいたのに、予定が完全に崩れ去る。
「たしか、寝る直前までお守りみたいなの眺めて、なんかぶつぶつ言ってたな」
チッチが触るのを嫌がったあのお守り。
「ほたるを捜しに行かないと」
寝静まっているご近所。
明かりがついてる家もあるけど、8割がた就寝時間だろう。
僕は目を閉じて神様を感知しようとする。
「颯太、あなたこんな時間にどこ行く気?」
美優は僕が出てくるのがわかっていたかのように、同じタイミングで隣の家から出てきた。
「いや、夕方の話を聞いたら、どうしても新種の怪異のこと調べてみたくて」
「単独行動しようとしてたんじゃないでしょうね?」
「迷ってた。だからほたるを起こそうかと部屋に行ったんだ。でも、ほたる居なくて」
「あの子供、こんな時間に出歩くなんて」
「んっ、ほたるの匂いこっちだ」
「匂い! なんでそれで居場所わかるのよ! 颯太の神降ろしは普通じゃないからか」
美優は口元に触れ、僕を見つめる。
「あたしも行くわ。神様でも小さな子が外出していい時間じゃないでしょ」
美優はスマホを手に取り時間を確認。
いや、僕たちも深夜の外出は控えた方がいいのだろうけど。
僕の頭の中は新種の怪異のことよりも、ほたるのことが心配でたまらなかった。
なんで何も話してくれないんだ?
なんで頼ってくれないんだ?
ほたるにガツンと言ってやりたい心境だった。
移動中に突然、僕の体を桜色の炎が包む。
「なんでいきなり?」
「ほたるだわ。シンクロしてるのよ」
昨日の戦闘中も、今日の測定の時もそうだった。
怪異はいつも突然に夜になるとどこからともなく現れる。
ほたるの傍にいるのか!
引っ張られるような感覚があるな。
やっぱり僕が思った通り、傍にいないと力が発揮されないとかあるのかもしれない。
僕たちは全速力でそこに走った。
★☆☆☆★
坂道を上がっていくと、立派な鳥居がお出迎えする。
野良猫たちがいつもなら、足元にすり寄ってくる。
地元では割と有名な神社で、大晦日には参拝者で毎年賑わいを見せていて、僕たちもお参りさせてもらっていた。
僕にとってはお母さんが連れてきてくれた懐かしい思い出の場所。
僕は調伏師見習いになってからも、誰もいない夜にここで神降ろし特訓をしたりしている。
ほたるが怪異と御神木付近で戦闘中だった。
ぶつぶつと何か言いながら、桜の花びらを象った炎を出す。
本来5枚のそれは、ほたるが顕現できたのは2枚。しかも元気がないように火力が弱い。
それを怪異にぶつけようとするも速度もなくかわされてしまっていた。
状況は明らかに劣勢。一人であの怪異を倒すことは難解だろう。
僕が力を借りているから。本来の力をフルに出せないのではないか。
間に合ったことに心底ほっとする。
怪異の攻撃がかすり、ほたるが少し出血したところで状況は一変する。
ほたるの体から一気に赤い炎が噴き出したのだ。
あたりに熱風が立ち込め、少し息苦しい。
右手を伸ばし攻撃しようとしたようだ。だが、その炎は意志を持っているかのようにほたるの左腕に食いついた。その瞬間にほたるの銀髪が桜色に変化していく。
「なんだよ、あれ?」
このままにしておくとダメだと本能的に察知する。
「ほたるッ!」
僕の大声が届いたせいなのか、ほたるの炎は弱まり、炎色も桜色に、銀髪も戻った。
左腕は焦げたように焼けているが、あのくらいなら戦闘後に治せる。
「よしっ」
「颯太、いい判断だわ」
怪異の姿を目にした瞬間に、バチバチと美優は体を雷で纏っている。
一瞬でタケミカヅチ様を神降ろししていた。
間近で見るとやっぱり美優の力は凄い。
背後にその鬼形が現れているような威圧感さえある。
よし、僕もと思い、桜色の炎を抑え込み戦闘態勢に入る。
僕が戦う意思を見せた途端に、ほたるの炎が勢いを増した。
「ちっ」
僕たちの姿を視界に捉えて、まず出たのが舌打ち。
美優がその場から落雷をお見舞いし、怪異が煙を上げ静止したところで、ほたるは下がってくる。
「こんな時間にこの場所に何の用があったの?」
「……」
関係ないというふうに視線をそらされた。
「いや、関係はある。ほたるは僕の――」
「颯太、目をそらさず集中力も切らさないで。まだ終わってないわ」
美優の言葉に怪異の方に目を向けると、そいつはゆっくりと顔をこっちに向けた。
それはサーカスのピエロのまんまの恰好。はっきり言って不気味すぎる。
「なんだ、あれ」
「たぶん颯太が探そうとしてた新種」
「そいつはありがたいな。あんたら怪異の仲間に、白い怪異はいないか?」
僕の質問に反応するように左右にその体が分かれていく。
思わず目を擦るが、幻覚ではないようだ。
不気味な怪異は5体に姿を増やし、紫色の煙を帯びているデスサイズの鎌を片手で握りしめていた。
「美優の攻撃受けて、怯むどころか数を増やしてくるなんて」
「あたしがやるわ。落雷の爪っ!」
美優は右手を開き、それを振り降ろした。
上空から同時に5本の落雷が各ピエロに命中する。
「すげえぇ……」
煙を上げ、どさどさと倒れていった。
僕の出番がない。
「あっ、ごめん。白い怪異のこと聞いた方が良かった?」
涼しい顔で、一瞬で終わらせるとは。なんて強さだよ。
頑張って美優に追いつきたいな。
「いや、どうせ言語は喋れないし。輝石を調べて――」
倒れたのはいいけど、粒子にまだなってないじゃないか!
カランと微かに物音がして、敵に目を向けたときにはまだ動けた一匹のピエロが大鎌をこちらに放った後だった。
物凄い回転と速度でそれは距離を詰めてくる。
僕でもなく、美優でもなく、その鎌はほたるに真っ直ぐに向かっていた。
考えずに体が反応した。
一蹴りでほたるの前に移動した僕に触れて大鎌は停止する。
ポタ、ポタとゆっくりとその刃先を伝い、僕の赤い血が流れ境内を鮮血で染めた。
「また、あなたは……」
ほたるは目を見開いたように驚く。
美優の方は僕の名前を叫んでいた。
大丈夫、急所に届いてはいない。この力が守ってくれたから。
「僕はほたるの盾だから。さっきのセリフの続きだけど、ほたるは僕の神様だ。だから関係ある。君の英雄になるっていっただろ。あれ、継続してるって言ってくれたし、無事でよかったよ」
もっと、もっと強くならないといけない。この子を守れるように。
白い怪異を調伏するために、そしてあの人に近づくために。
さっきのほたるの戦いを見て、閃いたことがある。花びらの炎!
昨日のほたるがいたあの御神木の大樹桜。あれはかなり参考になる。
僕の今扱えている炎量はたいしたことない。体に負担をかけずに大きさと威力を上げる、もっと力を引き出すには――
美優の背後には雷神の面影が見えた。
なら、僕はあの桜の大樹。樹齢何年くらいだろうか、大きく太く綺麗で頭に残って離れない。
体は力を集約している幹。まだまだか細いけどね。
そこから満開になった桜を具現化して、それを左手に集めてみる。
「……」
ほたるの尾がピーンと立つ。
「颯太、なによそれ!」
2人の反応に左手を見る。
アドバルーンくらいの大きさで、桜色の炎が勢いよく吹き出していた。
「でっかすぎる」
もうちょい小さく、小さく。これじゃあ放った途端に左手が大変なことになりそうだし。
勢いは消さないで大きさだけを縮小した。これなら、ここからでも攻撃できるはず。
僕は握った左拳を怪異目掛けて放った。
桜吹雪のようにいくつもの花びらが炎に宿っているような感じだ。
火種の様な桜色の炎が、怪異をそのまま貫く。
そしてそれを栄養素とするかのごとく、高い木のような形の火柱を上げた後、炎の花弁を咲かせ、怪異の消滅と共に散っていった。
粒子が上空に舞い輝石を残す。
「硬い怪異の皮膚を一撃で。嘘でしょ、昨日神降ろしをしたとは思えないほどの力を借りてる。あたしがその域に達するのにどれだけ……」
エリートで段位が上の美優が驚いてくれているその言葉が、僕が成長したんだということを表してる。
なんにせよ、
「調伏完了」
自分でも信じられないくらいの力だ。降ろすごとに慣れてきているような。
「やっぱり颯太は、調伏師に必要な集中力それに妄想力を持ってるわ」
「妄想力じゃなく、想像力と言ってほしいんだけど」
ふうと息を吐き、神降ろしを解除する。
深くなかった傷は自然と治ってしまっていた。
ほたるは少し悔しそうにこっちを見ている。
「ほら、颯太に言うことがあるでしょ。こんな時間に1人で出歩くのはダメだし、何か理由があるならあたしたちに相談しなさい」
「……」
「あなた、颯太と契約結んだでしょ。都合のいい時だけ頼るとか、そんなことあたしが許さないわよ」
「無事だったんだから、もういいよ。その代わり、今度からは1人で出かけないでほしい。ここに来た事情は言いたくなったら、ほたるの口から話してほしい。あと困ったことがあったら、どんなことでも僕でも美優にでも言ってね」
僕の言葉に少し迷った表情を浮かべたが、ほたるはわかったというふうに頷いてくれた。
「颯太は甘いわ。もっと厳しくしつけなさいよ」
この神社の御神木が僕らを見守っているかのように、葉を揺らした気がした。
 




