第11話 しまい込んだ僕の記憶
方々で信じられないという声が上がる。
美優といつも一緒にいるせいなのか、男の人によく思われていないんだよね、僕。
それを可哀そうに思ってくれているのが、周りを囲ってくれてる年上の女性調伏師の人たち。
「やったね。すごく強そうな神降ろし」
「私も嬉しいよ」
「やっぱりできる子だ」
年上の女の子たちに余計な心配をさせてしまっていたみたいだな。
自分のように喜んでくれているのは僕もなんだか嬉しい。
全然頼りない子と思われている、たぶん同情だと思うけど。
☆☆☆☆☆
測定と軽い訓練を終え帰ろうとしたが、話があると呼び止められ――
訓練場を設けているホテルの調伏師面談室に僕たちはいた。
振り返ると、窓際には水耕栽培しているハーブ類とレタスなどの葉物野菜がずらりと並んでいる。
パソコンの画面はスクリーンセイバーで、古いアニメのセリフが代わる代わる切り替わっていた。
ティーカップから上がる湯気を見て、ほたるはクンクンをし始める。
いや、大丈夫だよ。
またも僕が毒味をする形で、紅茶を一口飲んでソファに深く腰かけた。
「少しお待ちくださいね……あっ、残り物でよかったらこれも」
袋に入った黒コショウのお煎餅を食べますか? と確認するようにほたるの前に見せる。
「……」
あろうことか、ほたるはその袋を手で払いのけてしまった。
「あっ、あの、ごめんなさい」
気が弱い研究員さんは幼女に平謝り。
「……」
「こらっ! お煎餅をくれようとしただけだぞ。すいません、悪気があるわけじゃないんです」
「親ばか」
ぼそっという美優。
「いえ、わたしの方こそすいませんでした。あの、すぐ来ると思いますから」
助手の人はほたるを気にしつつ、部屋を後にする。
「ここはなんなの?」
ほたるが珍しく尋ねてきた。
「怪異の研究室だよ」
「研究室……それは情報の宝庫なの」
「そうだね」
「ここが……」
ほたるは意味深なことを呟き、興味を持ったようで部屋のあちこちに視線を飛ばしているようだ。
手造りらしい見た目の少しいびつなクッキーがテーブルに置いてあったので手を伸ばし、口に入れる。
「おっ、これ美味しいよ」
隣に座るほたるにさりげなく食べてみなと進めると、獲物を狩るかの如く素早く手を伸ばした。
「んっ!」
これまた美味しかったのだろう。耳がピーンと立つ。
美優と僕にあとは自分が全部食べるという顔を作った。
「食い意地が張った子ね」
美優が口元を緩めほたるを見る。
廊下で派手な音がした後、ドアが開いて白衣を着た女性が姿を見せた。
彼女は片瀬日和さん。
怪異研究で優れた実績を上げている表向きは大学の准教授。
ここでは、怪異博士だ。僕の両親とも親しくしていたので、僕も小さいころからよく知っている。
「ごめんなさい。帰り際に呼びつけてしまって」
両手で抱えた山積みの資料を机への上において、腰をとんとんと叩いた。
「定時に帰りたい。君たちとのお話を終えたら、一緒にこの部屋を出るから」
仕事は山積みだけど、それでも私は帰るぞ。そんな心情なのだろうか。
赤いフレームの眼鏡を少し持ち上げ、僕たちに視線を投げてから、
「じゃあ、早速話に入ろうか。まずは颯太君、初調伏おめでとう」
「あっ、いえ。ありがとうございます」
「元リーダーは見る目ないなあ。美優ちゃんも抜けたなら、あのチームは下降するね。君たちの担当地域決めておいたから」
「ありがとうございます……」
「君の努力が実を結んで嬉しいよ。よく頑張ったね。褒めるよ。で、よくもまあいきなりあんな輝石の怪異を調伏できたものだね」
「やっぱり何か違いました?」
「新種もしくは進化した怪異と捉えていいかな。わかりやすく説明しようか……」
日和さんはホワイトボードに輝石を2つ書いて、
「こっちが普通の怪異ね。ちょっと輝石の大きさも小さい。で、こっちは2人が持ってきた輝石。大きさ以外で違いが判るでしょ」
僕たちが持ってきた方は、輝石の中にさらに小さな光が書かれていた。
「そんな怪異が現れた理由はなんですか?」
美優がクッキーに手を伸ばして尋ねた。
ほたるが威嚇するが、まったく動じていない。
「それはわかんない。ただ強さもアップしてるし、注意事項として共有した方がいいから。協会の方には連絡しておいた。他のグループでも新種の怪異が出たりしてれば、また色々わかることはあると思う。その子が颯太君の神様か」
自分に視線を向けられ、クッキーを噛みながらむっとした表情になるほたる。
「あっ、はい」
「何かあれば頼ってくるといいよ。頼りになる大人だから私は」
「ありがとうございます」
「それから……」
僕の名前と調伏師番号が記載されたカードを渡される。
調伏師仮免許。
「えっ! ぼくまだ仮免許試験受かってないですよ」
「必要ないでしょ。すでに普通よりも強い怪異を調伏したという実績がある。それで十分だよ」
なんだか感慨深い。
3年間も見習いのままだった人なんて過去にいるのだろうか?
少しは美優に、そしてあの人に近づけたかな……
調伏師のライセンスを与えるかは、これからの行い次第ということ。
「あんまり肩に力を入れずに頑張りなさいよ」
調伏師の先輩エリートからのアドバイスだ。
日和さんが戸締りを確認しながら、僕の方を見て何やら悩んでいる様子。
「何かあるなら……」
この僕の促しに珍しく長いこと唸った。
「正直、これは言った方がいいのか、隠した方がいいのか、わからなかった。だから、聞きたいなら話すし、遠慮するならそれでもいい。君にとってはあんまりいい話じゃないよ」
「どういう話ですか?」
「聞く覚悟があるなら言う。いい話じゃないとしか申し訳ないけど言えない」
僕が飲み干そうとティーカップを持った手が小刻みに震えだした。
考えてみれば、新種の怪異の情報と仮免許を渡すだけなら、わざわざ呼び出す必要もない。
なにか、大事なことなんだ。
「話すならだけど、美優ちゃんも一緒じゃなければダメだよ。君のこと一番わかっているのは美優ちゃんだから」
「聞きます。そこまで言われたら、気になっちゃうし」
「でしょうね。その子もいた方がいいと思う。まったく関係のない話じゃないからね」
日和さんは紅茶のお代わりを淹れてくれて、僕の向かいに腰掛けると、
「今回の怪異の輝石を調べて、気付いたことが一つあるの……それは、颯太君のご両親が亡くなった件と新種の怪異が関係しているかもしれないってこと」
その言葉は僕が心の奥にしまい込んだ、悲しい記憶を少しだけ呼び覚ます。
心配してくれたのだろう、美優の温かい手が僕の手に触れていた。




