第1話 無能な僕はチームを追放される
怪異と呼ばれる存在がある。
怒りや恨みといった人々の悪の感情がどういうわけか具現化した存在だ。
放っておけば大気や人、水を汚染し害を為す、だからそれを事前に察知し討伐する必要があるわけで――
その役割を担っているのが、調伏師だ。
遊具が破壊された公園から入った森で、僕たちは怪異と対峙していた。
目の前には三頭犬ケルベロス。壊されたカラフルなジャングルジムと同じくらいの高さ。
この大きさだと相当な悪の感情が合わさって形になっている。
調伏難易度Bくらいかな……
「颯太、奴の目を引き付けてろ。おらっ、行けよ! 笹木、動きを止めるんだ。そしたら全員で攻撃を」
チームのリーダーが叫んだ。
僕はいつも通り彼によって強く前に蹴りだされた。
怪異の視線は目の前に来た僕に向く。
その瞬間、分厚く尖った爪が振り下ろされた。
寸前のところで避けて、感情をあおる。直撃したら致命傷になるところだ。
こんな攻撃まともに受けたら、即あの世かもしれない。
左の前足、次は右の前足か。
ブン、ブンと空を切らせて見せた。
知性がないともいえる怪異の攻撃は、パターンに入ると単調になる。
この怪異の視界にはもう僕しか入っていないだろう。
力のない僕がこのチームで生き抜くために、役に立つために、考え分析し出した答えが盾役になること。
他のチームの盾役は、結界や硬化する能力、吸収してできる道具を所持していると聞いたことがある。僕は優れた防具を与えられているわけでもない。だから――
回避して、敵の視線を釘付けにする盾。
能力もなく、道具もない僕が出来るとしたら、避けて、避けて、避けまくる。回避の盾役。
いつもの怪異より、攻撃力が優れている気がする。
速度は普通。おそらくダメージを受けると、攻撃速度が上がるだろう。
幼馴染の笹木美優がリーダーの声を聴く前に、すでにバチバチと音を立てた電撃で体を覆っていた。
美優が右手を掲げ、振り下ろすと怪異の頭上に雷が落ちた。
僕はそれが命中したタイミングで、腰に差していたナイフを抜く。
刃先に気を纏わせるとブワッと白い光で覆われた。
風を纏い攻撃する者は、怪異の体に傷をつける。
リーダーが放った氷の塊が怪異の体を貫く。
美優が再び雷を落とし、怪異は煙を上げさらに動きを止めた。
加速をつけ、気持ちではケルベロスを一刀両断にするつもりだった――
「いつっ」
怪異はみな硬質な皮膚で覆われていて、一般的な攻撃、拳や蹴り、ナイフや刀その物だけではその皮膚を貫くことは出来ない。拳銃でもせいぜいかすり傷程度だろう。
1体を相手にしようとするなら、軍隊のフル装備した部隊でどうにかなるかだろう。
やっぱり、気を入れただけの僕のナイフの強度では歯が立たなかった。
左手に持ったナイフはまるで盾のような皮膚に止められたばかりか、手にしていた柄の部分以外が宙に舞う。
わかっていてもナイフが折れたことに少しだけ動揺が走る。
やっぱり、僕じゃ……
敵の目が僕を捕えた。
再び始まった前足の攻撃。今度は傷つけられたために、速度が上がった。
いきなりでは僕の反応が遅れ、手足の皮膚を傷つけながらも避けていると――
「何やってる、どけっ!」
リーダーは僕を突き飛ばし、氷でコーティングした刀を構えた。
怪異のその硬質な皮膚に氷の剣を突き刺す。
それと同時に、また美優の雷が落ちてきた。
怪異での攻撃に有効なのは美優やリーダーのような攻撃だ。
討伐した怪異の粒子が上空に舞い、輝石だけが残った。
☆★★★☆
怪異を倒した後、チームは公園近くのカフェで打ち上げを始めた。
雑居ビルの地下にあるこのカフェの外観は、所々ひび割れて時代を感じるが、店内は明るくおしゃれで女子高生もよく来店しているとか。
このチームは大所帯で今は15名もいるので、事前に予約してお店を貸し切りにしている。
リーダーは飲み食いしながら、先ほどの輝石の確認作業をはじめる。
争いにならないように報酬分配を決めるつもりなんだろう。
美優を抜いたメンバーは、報酬のことはいつも気にしているし。
よくリーダーが報酬をがめているんじゃないかって話題になる。
そういう時は、決まって僕が悪者にされてしまうんだけど。
「大きな輝石だ。協会で換金すれば当面の生活費は大丈夫だぜ、みんな」
その中に僕はいつも通り入ってないんだろうな。
せいぜい端数を手に出来るくらいか。
リーダーは僕の渡したタオルをひったくり、憎悪に満ちた目をこちらに向ける。
よく思われていないことはいつものことなので、僕は気にせずに注文を取っていく。
雑用はすべて一番力のない僕の仕事だ。
カフェを貸し切りにするときは、僕は臨時のウエイターになる。
飲み物をテーブルへと運んだあと、せっかちな人の注文から作ってくれるように小声で元調伏師の店主さんにお願いする。
注文している品と出来上がりの順番を考え、僕も調理作業を手伝った方がいいかなと腕を組む。
「大丈夫?」
心配そうな顔で幼馴染が僕に駆け寄ってくる。
同性が羨む顔の輪郭に、パッチリした目と小さな鼻と口。
茶色のセミロングはその可愛い顔をより引き立せる。
ショートケーキで言うならイチゴだ。
僕と同じ年齢で幼馴染の笹木美優はこのチームで1番力がある。
「うんっ、致命傷にはなってないからね」
すでに美優の回復術で傷口は塞がっている。
「むやみに突っ込まない。まあ、タイミング的にはドンピシャだったけど。よく近距離でこれだけの傷で済むものだわ」
「あれ、いつものよりもさらに硬かった」
「みんなの注文なんて聞かなくていいわよ……颯太が一番疲れてそうなのに」
「颯太!」
リーダーの御堂さんの声が静かな店内に響き渡った。
美優と言葉を交わしていただけで、さらにすごい剣幕だ。
「はい……」
「もう我慢できねえ。いつお前から言い出すかと思ったけど、その気配はないようだから、俺から言ってやる。お前じゃ怪異にダメージを与えられない。戦闘において致命的だ。それにお前くらいの盾役ならいくらでもいる。だから、お前をこのチームから追放する」
「えっ?」
リーダーの蔑むような視線と吐き出された言葉。
僕はその場にボー然と立ち尽くすしかなかった。
「なんでそんなこと言うんですか! 颯太がどれだけ身を挺してチームに貢献しているかわからないの?」
美優がリーダーの御堂さんに詰め寄っていく。
僕は周りを見回す。
みんなこちらに目をくれず会話をし、食事をしている。
「使えないと判断したんだ。リーダーの俺が」
今にも噴火しそうな美優の手首を掴んで、争いをやめるように促す。
この場にいることが無性に恥ずかしくなってくる。
チームに入って数年。
言い訳なんて出来る功績も、追放という形を覆す力も今の僕にはなかった。
怪異への対抗手段は神降ろし。
神霊を降ろして、その身で戦う者こそ調伏師。
僕は――
僕はと言えば、その神降ろしが出来ないんだ――
武器に気を入れるだけではだめなんだ。入れるなら神気でないと……
だから、この場にいる資格はないのかもしれない。
盾役が誰でも出来るとリーダーが判断したのなら、ここに僕の居場所はない。
美優以外の人が僕を見る視線がきついことは最初から気づいていたんだ。
こういう日がいつか来るかもしれないと想像もしなかったわけじゃない。
いざ言われると、やっぱり応えるものだなあ。
「お世話になりました」
「渡していたものは全部返せ」
「……はい」
予備にと与えられていたナイフなどを外し、テーブルに置く。
今日の報酬分のことを言いだせる雰囲気じゃないな。
「颯太……待ちなさいよ」
美優が引き留めようとしてくれるのがわかり、それが僕には少しつらい。
美優の視線から逃れるように僕はお店を後にする。
怪異の反応を知らせるアプリが反応したのはその時だった。
調伏師見習い。
神霊と契約もしていない。
調伏師に取ってそれは致命的。
だから、その力がない僕は足手まといなのは至極当然。故に追放か……
でも、僕は……
盾役しかできない僕が、これから必要としているチームを捜すのは大変だろうなあ。
見習い期間も長いし。
攻撃を一切免除してくれるチームはないだろうし。
前途は多難だな……
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