クリぼっちの過ごし方2
さて、はや10本目の電車がプラットフォームに到着した。
あの電車にパパとママが乗っているかもしれない。
そう、女児が言って。その度にスカだからだ。
さて。
11本目がオレの前髪を揺らしながら出発したとき、かえでちゃんとやらは「やっぱり乗ってないかもしれない」と急にぐずりだした。
仕方がないから、オレはもう1本ジュースを買ってやった。
将来この子が糖尿病になるように。コーラをやった。
「……ありがとうサンタさん」
二人、ホームの椅子に腰かけて。
かえでちゃんが、ぽつりと言った。
いや、ぶっちゃけさあ。かえでちゃんに当てが無ければ、ゆき詰まりじゃんこれ?
オレは君の両親の顔も知らねえしさあ。ジュース2本と切符1枚と、数十分。
君に費やしたものの全てだよ、これ。
オレ実はサンタじゃねえんだよーー結構マジでぎろりと、オレはかえでちゃんを見下ろした。
けれど。
「ありがとうサンタさん」
彼女は不安そうに、コーラの缶を握る手に力を入れてそう言った。
子供の力でもコーラの缶はべコリと凹んで、中から甘い炭酸が噴き出した。
「あーあー……。
はあ…ティッシュで拭きなさい」
オレは、彼女にティッシュをやった。
彼女は自分のスカートを拭き始めた。
プラットフォームの椅子の上、足をバダバタさせるオレ。
……、……。
何かもう見つからないかもなあ。
……見つからなかったら、超気まずくないか…?
あのクリスマスの日、サンタの格好をしてアルバイトをしていたオレが出会った少女は児童相談所で暮らしているそうです。
いやあ、きっついラノベだなあ…社会派過ぎるよぉ…。
…………。
「……あ」
と、その時、オレは唐突に閃いた。
「そうだ、パパかママのスマホの番号を覚えていないかい…!」
名案だ!
オレは膝を叩いた。気分はシャーロックホームズ。いや、あるいは江戸川コナン君にヒントを与えたときの光彦君だ。
「……ふえ、覚えてないよ…」
…あっさりかえでちゃんはそう言った。
こいつ、あったま悪くね?だから迷子になるんじゃねえか、おい。
「……とりあえずその辺探してみようか」
オレは、半ばあきらめながらそう言った。
何かもう無理な気がするな。後は駅員に押し付けて、オレはこの一見に関わらなかったことにしよう。
そんな気持ちを抱きながら、椅子から立ち上がったら、膝がポキポキいった。
かえでちゃんも立ち上がった。膝はポキポキ言わなかった。けれど、その表情はすぐれない。
『一番線に間もなく電車が参ります。
白線の内側にお下がりになってお待ちーー』
そんなアナウンスを聞き流しながら、オレたちは、再びあてもなくパパとママを探し始めた。
かえでちゃんが言った。
「……そういえば…。
サンタさんの前で待ち合わせってママが言ってた…。
かえでトイレに行ってたの」
ほう……。
「そうなのかあ、よく思い出したねえ。
えらいねえ、いや偉いのじゃ、フォフォフォ」
オレは、かえでちゃんが決してぐずらないように理想的なサンタで返した。
「じゃあ、とりあえず。
最初の場所に戻ってみようか。
パパとママがいるかもしれんのじゃ」
務めて明るくそう言うと、かえでちゃんがうっすらと笑みを浮かべた。
ようし、悪くねえ悪くねえ。
子供にとって、サンタの言葉は絶対だからな…フォフォフォ。
…………。
しかしなあ。
元いた場所に、かえでちゃんと同じ歩調でのそのそ歩きながら、オレは思った。
(じゃあ…。
最初あの場から動いたことで能動的に迷子になったんじゃねえの…?)
オレが一人で悶々と苦い表情を浮かべていると、かえでちゃんが不思議そうにそれを見上げた。
オレたちは、ぴかぴかと輝くイルミネーションのアーチをくぐって、元居た場所へと気だるい足を急がせた。
さて、元居た場所に帰って来た。
3時間以上も立ちっぱなしでティッシュを配っていた思い出の場所だ。
「かえでちゃん、パパとママはいるかな?」
オレは、顔が分からないもんでそう問いかけた。
一応、この子に似た顔の大人2匹を目当てに辺りを見渡してみるも、歩行者・未だ撮影を始めないユーチューバー・カップル・カップル・クソジジイ・クソジジイ・ババア・ギャル・老婆・誰も来ていないのに一生懸命変なオリジナル曲を歌う4人のバンドマン。
それくらいしかいなかった。
この中に、パパとママがいるのかなんて、偽サンタにはつとも分からん。
仕方がないので、オレは期待のまなざしで、かえでちゃんの返事を待った。
すると。かえでちゃんは、その血色のいい真っ赤な唇を開いた。
「……いない…ママぁ…パパぁ…」
オレは思わず頭を掻いた。
だって、ついぞかえでちゃんはうずくまって泣き始めたからだ。
「……見つかるよ…
大丈夫だよ…ねえ…」
オレは力なくそう言ってみるが、かえでちゃんが泣き止むこともなく。
周りの何も知らない一般人どもは、どいつもこいつもチラチラチラチラこっちを見て。
何だよ…オレはロリコンでも小さな子を泣かせて慌てふためく大人でもねえよ。
オレは何にも悪くねえのに、じろじろ見るな、ケッ…!
こっち見る余裕があるなら手を貸せよ、今日はクリスマスだぞ、仏教徒ども…。
「ママぁ!!
……パパ…ぁ…!!」
オレの隣。
鼻水をだらだら流して、サイレンみたいに泣く少女。
泣きたいのはこっちの方だよ。
「あぁ。大丈夫だよ…」
根拠もなく、オレはそう言ってうずくまる彼女の背を優しくなでた。
おい親ぁ…早く来いよ…親ぁ…。
と、しゃがみ込むオレたちの頭上から、「すいません」という若い女の声。
見上げるオレ、同じく鼻水だらだらで見上げるかえでちゃん。
……フルーティーないい匂いのする女だった。
思わず、鼻をすんすんするオレ。
顔も、ちょっと濃いめのギャルメイクだが逆にそれが良い。
黒のライダースーツを、むんずと押し上げる形のいい胸はきっとEカッポーだ、ゴクリ。
これがかえでちゃんの……。
………バツイチ子連れってどうなんだ…?
ありがたいくらいにクリぼっちのオレは唾をのんだ。
ありか…?ありか……?もうすでに知り合いの娘とこの凄く良い女な母親なら無しではないか…?
「……ママじゃない…知らない人…うええええん!!」
悪いが無しん…。
オレがそう結論したと同時、ほんの一瞬確かに泣き止んでいたはずのかえでちゃんが再び大洪水を起こした。オレはフルーティー美女から目を逸らした。サンタのコスプレ男が子供を泣かしているところを、ジト目で見られるのは流石にきつい…。
「……よしよし大丈夫だからねえ」
と、女はポキポキと膝を鳴らしながら屈みこんで、かえでちゃんの頭をなで始めた。
子供特有の、柔らかい髪質がわしゃわしゃだ。
……むむ、しかしこの女出会って数秒で見知らぬ子どもの頭をなでるか…。
同性愛者のロリコンか…?
「……何の用で…?」
まあそんなことはないだろうと思いながら、一応オレは問いかけた。
目の前で誘拐とかされたら、流石に癪だ。
「そっかーママパパとはぐれたかー。
大丈夫だかねえ、二人とも今かえでちゃんのこと探してるから、すぐ見つけてくれるからねえ」
なのに女はオレを無視して、あろうことかかえでちゃんのぐずりを少しずつ沈め始めた。
泣く理由、おまけに名前。
何というスピードで対象者から名前を抜き取る女…。こいつはどこかの国のスパイかもーー
「で、何の用で?」
もう一度オレが問いかけると、後ろからそれはおっかない男の声がした。
ぞっとした。
そいつは、こん棒を2本も持っていて
きっとオレを撲殺するつもりで、音もなく真後ろに立っていた。
それだけではない。
そうだ、気付けばオレは。
深夜の駅前で、3人の見知らぬ男たちに逃げ場なく包囲されていた。
ーー女に懐柔され、泣き止みつつあるかえでちゃん
ーー駅のプラットフォームから、最終列車を告げるアナウンスが響く
それらは、まるで時が止まったかのように、いやにゆっくりと聞こえた。
オレは、息を呑んだ。殺されるんだーー明日の朝刊の見出しが決まったーー『駅前サンタ惨殺事件!!!!』。
あぁ、きよしこの夜…ってどういう意味なんだろう。
「--俺たちバンドマンなんで、良かったらその子に何か歌でもプレゼントしようと思って」
と、こん棒もといドラムのバチを両手に持ったイカツイ男が、二ヘラと笑う。
「ふえ…」
オレは思わず、情けない声を出した。
サンタの付けひげが、アスファルトに落ちた。
かえでちゃんが見てるといけないから、慌てて付け直した。
「ふふ」
フルーティー巨乳が笑った。
「見てみて、サンタさんおひげ取れちゃったよ、変だねー」
すると、かえでちゃんも少し笑った。
バンドマンだとかいう巨乳は、かえでちゃんの頭をなでる。
なでる、なでる、なでる。
「よしよしいい子だねえーー」
オレも撫ででください。
今年のプレゼントはこれがいいですサンタさん、この時オレはそう思った。
さて、それからというもの。
何だか凄いことになった。
ボーカルと、ギャルで巨乳で美人とかいう聖夜が忙しいはずの女以外のメンバーが、『迷子の女の子!!5歳!!かえでちゃん!!!ご両親を探しています!!!!』というプラカードを持って駅中を駆けまわり始めてくれた。
オレも行こうとしたが、オレは残った。
何故って、かえでちゃんがオレも行こうとするとぐずったからだ。
かえでちゃんはもうすっかり疲れて、夜も更けたし、オレは巨乳の女たちとその場に残ることにした。
まあ、何だ。プラカードとかオレは思いつかなかったが、そこまですればそのうち見つかるだろう。
何かそういう気もしたし。
だって、大人が5人もいるのだ。
どうにかならなければ、その時は全員で歳を超すことを諦めるべきであろう…。
(……どうにかなるのかねしかし…)
やや不安ではあるが、知らん奴らが駆けまわってくれているのだ。
今しばらくはここにいよう、うん…。
かえでちゃんも、実は保育士の資格を持つとかいう巨乳に懐柔されて、一応泣き止んだし。
で。
さて、残り者どもだ。
巨乳とボーカルはというと、かえでちゃんの両親を探すことに奔走することもなくジングルべルを演奏し始めた。
深夜の駅前で、今夜だけの特別なイルミネーションの明かりが灯る中で。
イルミネーションの光が、チカチカ灯るたびに
赤に染めったり、黄色に染めったりするアスファルトの上で、二人が歌う。黒いアスファルトは、色のスクリーンのようにいろいろな色を映しだして。24色の信号機みたいにオレたちの足元で、ついては消えて輝くのだ。こんなこと、親とはぐれた子供にとって何が慰めかオレには分からんが、まあどうせ待っている間何をしていようが構わんさ。
歌いたいなら、歌えばいい。
と。
巨乳がタンバリンを鳴らすと、ボーカルが大きく息を吸った。オレは、あくびをした。
と同時に、特になんの特徴もない顔と声のボーカルが喉を震わせて、やがてかぶせるようにフルーティー巨乳も歌を歌う。
かえでちゃんがぐずらないように、今さっき出会っただけのオレたちだけに向けて。
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ジングルベル♪
ジングルベル♪ 鈴が鳴る りんりんりん♪♪
鈴のリズムに
ヒカリの輪が舞う シャンシャンシャン♪
巨乳女がタンバリンをシャンシャン鳴らす。
あるいは義務感からか、すっかり泣き止んだかえでちゃんが、音に合わせて体を揺らす。
両親は、両親のことは…?とオレは言わない。何故なら、その顔はやはりどこか不安そうだからだ。
暗い夜。
イルミネーション灯る木造駅の目の前。
オレとかえでちゃん以外に、この歌を聴くために立ち止まるやつなどいはしないが。
振り絞るように歌うボーカルの吐息が、雪みたいに真っ白だ。
おれは、そっと投げ銭の箱に120円をほおり投げた。
一応サンタの格好をしてるので、これで格好もつくだろう。
と、歌が好きなのか、かえでちゃんが二人と一緒になって歌い始めたその時、巨乳のおんなが演奏をやめた。タンバリンを地面にこつりと落として、化け物でも見つけたみたいにアングリ口を開いて、オレを指さして言った。
「ーー……見て、かえでちゃん…サンタが…」
……マジか。
いやまあそうだけど、大人がコスプレサンタ指さしてそんなガチでさあ。
と、突然演奏をやめた巨乳に、「おいどうしたんだよ杏…子供相手でもオレたちはプロだぞ」とか何とか言い始めたボーカルまでもが、オレを指さして「……サンタが…」と、まるで信じられないものでも見つけたみたいに、唇を震わせた。
と、オレの隣でかえでちゃんまでが声を上げた。
それは誰よりも驚いたような響きを持っていて、まるでこの世に道理が根本からひっくり返ったみたいに、多分今この瞬間だけは両親とはぐれたことすらすっかり忘れて、満月の空を指さした。
「お兄ちゃんの……本物のサンタさんのそりが空を飛んでる…」
「……?」
サンタ、そり。なんだそりゃ…。
3人の指さす先を、眠気眼でオレは見た。
それは
ちょうどオレの真後ろ、イルミネーションまばゆい駅の真上のこと。
どこまでも広がる夜空、そのちょうど月の真横を通り過ぎるみたいに、
嘘みたいな話だけど、本当に、サンタのそりの形をした何かが、うっすらとでも確かに空を飛んでいた。
「……まじかよ…」
オレも思わず驚いた。
かえでちゃんはうわああああ!と声を上げて、巨乳もボーカルも信じられないとばかりに互いに顔を見合わせている。
そりは。
りんりんりんりん、どこか遠くで鈴の音を鳴らして。
ゆっくりと、地上にいるすべての人間をあざ笑うみたいに、夜空を滑ってーーやがて、遠くのビルの陰に消えた。
「うわああああああああああ凄おおいい!!!」
かえでちゃんが吠えた。
その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
ついと、オレは未だ駅前にいつ続けるユーチューバーどもを見た。
そいつらは、どういうわけかそりが現れた瞬間から【正確に】カメラを向けていたようで、「撮影成功!銀の盾ゲッツ!!」と、互いを立てあっていた。
(……そういうことか…)
「ねえ、お兄ちゃん凄いねえ!!
サンタさん本当にいたよ!空に!!」
かえでちゃんが、立ちほおけるオレの赤い袖をグイグイ引っ張ってそう言った。
「……ああ、本当にすごいなぁ…¥」
オレも、思わず空を見上げてそう言った。
ちょうどその時、バンドマンの男二人がそれぞれに両親を連れて戻ってきて、まるでサンタクロースからプレゼントが送られてきたみたいで、かえでちゃんは大喜びだった。
こんな喜んでいる人間見たことないってくらい飛び跳ねていて。
泣きながらパパとママの方に走って行って。
「お兄ちゃんありがとー!!」、って何度も何度も声を上げて、イルミネーションがキラキラの駅構内に吸い込まれるように消えていった。家族3人仲睦まじげに手をつないで、オレに背中を向けて。
「さぁ、そろそろオレも帰ろうかな」
手伝ってくれたというか、ほぼ彼らのおかげでどうにかなったバンドマンたちと、何だか暑苦しく握手をしてから、最後に女の手をギュッと握って、今日はまあこれでいいかと、オレはサンタの衣装を脱ぎ捨てて熱い湯船につかるべく、家路に向かった。
駅前では、もう少し演奏を続けるらしい4人のバンドメンバーたちが、子供のころ聞いたようなクリスマスソングを歌い始めた。それを背中で聞きながら、元気なこってとあきれながら、そういや明日ティッシュ配り途中で放り投げた言い訳どうしようかとか思いながら、オレは一人クリスマスソングを口ずさみながら玄関の扉を開いた。




