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クリぼっちの過ごし方1

『クリスマスってさぁ、すぐイルミネーションとか付けていらいらすんだよなぁ。

 夜になってさ、とっくに日は沈んでるってのに、街ビカビカ光らせて情緒がねえよ。

 クリスマス死ね、オレみたいなやつのことも考えろよ。

 あー、橋本環奈ああああああ』




「はぁ…」


 サンタのコスプレをしたオレは、ため息を吐いた。

 スマホをサンタの服のポケットにしまって、フォローワーが3人もいるザッカーバーグじゃない鳥のやつをやめた。


「金持ちになりてえなぁ…はぁ」


 寒いから、吐くたび息が白い。

 今、オレはバイトをしている。


 いかした女がやるぱつぱつミニスカなやつじゃない、

 ガチガチのヒゲで北欧のペド爺さんなやつの格好して、人々にティッシュを配っている。歩合制の給料。歩合で稼いだ金で付き合えねえかなぁ…橋本環奈。


「しゃーせー、毎度~。

 はい、こちらティッシュおまけに3つ付けときますね。

 はは、おばあちゃんもお元気で」


 駅前だから人は多い。しかしこの国は老人大国だなおい。大丈夫かよ。


 ほんと。若いのといえば、さっきからオレの隣で、男女4人組のバンドマンが路上ライブの準備をしているくらいだ。

 うぜえ。特にピアノとボーカル。わいわいイチャイチャしたがって。けっ、てめえらなんか死んでも売れるか。


 しかし、この駅前も景色はなかなかに美しい。

 駅長が張り切ったのか、駅全体がイルミネートされていて、12月の寒い夜で、赤とか青とか、イルミがキラキラ光る中を時々鉄の電車が猛スピードで横切っていく。ああそうだよ、止まらねえ電車がある程度の駅だよ。でも賑わってんだよ。


「今日だけな…。

 駅長頑張ったなぁ…ふぅ…」


 イルミの衣をまとった木造の駅を眺め、サンタのオレはそう呟いた。

 なんでも最近このぼろい木造駅は、逆に新しいとかでユーチューブ投稿者とかが時々撮影に来るくらいには話題らしい。でもテレビは来ない。若い女も。老人ばっかだ。そんなもんだ。所詮田舎住みの名もなきクソユーチューバーがたまにやってきて、くだらねえ動画と金のために無駄に駅前ではしゃぎ倒すくらいだ。


 ほら、今もまた、名もなきユーチューバーらしき奴が、オレの近くでカメラのセットを始めてやがる。

 全員で…7人…何だかちょっと大所帯だな…、徒党を組めば売れるとお考えか…?馬鹿どもめ。


 オレはといえば、今また5つのティッシュを束にして、きたねえ顔したクソジジイにティッシュをやった。ジジイは礼も言わずに、ティッシュをふんだくっていった。


「ちっ…クソジジイ…」

「あっ、サンタさんだ」


 と、目の前に小さな女の子が一人立っていた。

 オレのひざくらいの背丈で、赤い風船を持って。

 オレの顔面を指さして、少し笑っている。


 女の子はぱちくりと瞬きして、食い入るようにオレの顔を眺めてくる。

 やっちまったな、オレはそう思った。


 赤い服着て、ひげまで生やしたガチサンタが舌打ちしてるところを見られてしまった。

 このサンタバイトには、鉄則がある。目の前で、子供を泣かせたら問答無用の減給。


 オレは、無理やり笑顔を作った。

 できうる限りの笑顔で、腰を落として、目線を子供に合わせて。


「…………やぁ、お嬢ちゃん。

 わしゃ、サンタじゃよ。

 ……何か聞こえたかな?」


「……う、ううん何も」


 女の子は、少し顔を引きつらせながら首を振った。

 きっとそれはオレというサンタが心から優しい顔をして、本当に何も聞こえていなかったからに他ならない。


「そうかい。いい子だね……ああいや、オホン。

 いい子じゃな…。わしゃ、見ての通りサンタなんじゃが、決してグリフィンドールに加点する魔法使いじゃないんだがね…」


 オレは、ちらりと女の子を見た。


「???ぐり…??」


 首を傾げる女の子。

 なるほど知らないらしい。……愚かなガキめ。


「おっほん…いやなんでもないのじゃ。

 言いたくなっただけなのじゃよ」


「「…………」」


 沈黙。オレも、愚かなそのガキも。


 オレの周りでは、未だにバンドマンたちが演奏もせずだべり続けていて、7人のユーチューバー(やそのカメラマン)たちもまた「いや、ソリはあっちに飛ばすから、カメラの角度はもっと向こうに…」だとかいう話をぼそぼそとお送りしていた。


 さて、オレはいうと。

 イルミネーション輝く駅前で、やっすい賃金のために少女の相手をしていた。


 こいつにティッシュを10枚やろう。こちとら給料は歩合制だ。

 と、どういうわけか。


 オレがハリポタギャグをお送りして以降無言の石像と化した6つかそこらの赤いほっぺの女の子は、これまた同じく赤い風船のひもを握り締めて、もぞもぞし始めた。


「……サンタさん…」


 女の子の、

 震えるような、勇気を振り絞って何かを口出そうとするかのような、小さな声。


 さて、帰ったら今日のバイト代で何を食おう。

(……鹿肉かなぁ)

 半ばそんなことを考えながらオレが言う。


「ん、何だい?

 いい子の君にはティッシュを10袋も上げるよ。

 嬉しいだろう、よく鼻をかむんだよ、セレブじゃないけどね」


 と、オレが女の子に無理矢理ティッシュを押し付けたとき、「あっ」と小さくうめいたその子の手から風船がこぼれてしまった。


「--あああぁ…」


 舌を出して、見上げるオレ。

 赤とか緑とかいろんな色のイルミネーションに照らされて、遠い夜空の満月に向かって上昇していく赤い風船。


「……風船が、ママに買ってもらったのにぃ…」、女の子が一生懸命ジャンプして空に手を伸ばすがもう遅い。なんせもはや風船は「たまやー!!」って感じで星空だ。


 君将来はわからないけどねえ。

 今急に空にまで背が伸びるわけでもなし、失ったものはあきらめな。


 優しくそう教えてあげようとしたその瞬間、女の子が大声を上げた。


「うわあああああああん、サンタさんが風船とったあああああ!!!!!!!!!!」


 サイレンみたいに、うるっさい鳴き声。


「あああああああ、ごめんごめん!」


 オレは慌てて、女の子の肩に手をやった。

 申し訳ない、泣き止んでくれ。人目がはばかれるのじゃ…。バンドマンが、ユーチューバーどもが、その他歩行者もみんなワシを見てくるのじゃあ……。


「うわあああああああサンタさんがあああああ!!!!!!!!」


 べらぼうになく女の子を。

 慌てふためくオレ。

 何もそんなに泣かなくても……君もいい年なんだからさぁ、という大人の社交術は今は使えない。


「ごめんごめん、ほんとごめん…ごめんじゃよ…。

 あ、あの風船…えっと……ど、どこに売ってたのかな?

 いくらくらいしたのかな?……ええっっと…」


 慌てふためくオレ。


 どういえば丸く収まる…頭を回せ、頭を回せ…頭を…ええっと。

 オレプライム会員なんだけど、明日君ん家にジェット風船郵送するよ…違うな……。

 泣くな!!!!!!!!軍隊においては規律がこそが絶対であり、上官に逆ら……これも違う…。

 …ごめんね…、これはもう言った……何だどうすればいい…ちくしょう…思い浮かばねえ……時給は減るし、ちくしょう泣きてえのはこっちの方だぜ……。




 しかし、子供という生き物は結構謎で、そのあとしばらくしたら一応泣き止んでくれた。

 オレは、ロリコンに見えない感じを意識しながら、その子のそばに立っていた。

 バンドマンたちは未だ演奏を始めず、物珍しそうにオレたちのことを眺め続けている。


 しかし、外の立ち仕事ってのは寒い。

 身体をブルわせるオレ。


 と、突然、のっそりと口を開いた。


「……パパとママとはぐれた…」


 また泣き出しそうな感じで、明らかにオレを見つけて。

 つまりロリコンそうじゃない感じで、隣に立つオレを見上げて。


「サンタさん、かえでちゃん…パパとママとはぐれた…」


「…………」


 ふい、とオレは目を逸らした。

 だってバイト中だし。


 ……もう一度、女の子を見る。

 目が合わないように、横目でチラと。

 おおおお、彼女がっつりこっち見てるよぉ…。


「……サンタさん…」


 うるんだ瞳で、逃がさないぞとオレのサンタ衣装の袖をつかんで。

 オレは辺りを見渡した。せわしなく行き交う歩行者たち、よくわからんユーチューバーども、いつになっても演奏を始めない名ばかりバンドマンーー寒空の下、イルミネーションされた古ぼけた木造建築モクゾウエキ。近くに交番の一つもねえ腐った田舎だ。誰が治安を守るのか、もう分かんねえや。


「……ぐす…」


 ぐずる女の子。

 オレのバイト代への嫌がらせだろうか?


 きっとそうだろうな…。

 ………はぁ。

 かえでちゃんは、パパとママとはぐれちゃったらしい。


 パパ、ママねえ。


「………はぁ…」


 と、オレがほとんど無意識でため息なんかついちゃったら、

 女の子が肩をびくっとさせた。

 そして、どういうわけかユーチューバーどもの結構本格的なiPhoneじゃないカメラが、

 そのガラスのレンズが、涙目の少女とサンタ姿のオレの方に向いていた。


(……盗撮か…?

 児童愛性犯罪者と被害者を映して、ネットに今すぐ上げるつもりか……そんなんじゃねえぞ、ふざけんな、クソチューバー共…)


「じゃ、じゃあ、ワシが一緒に探してあげよう」


 オレは、かえでちゃんにそう声をかけた。

 もういいやティッシュ配りだるいし。


 …………。

 …………、カメラはまだこちらを向いている、カメラを止めろ!


 ちくしょう、ク、クリスマスだしな。


「ごほん、サンタさんが一緒にかえでちゃんのご両親を探してあげるのじゃよ。

 ーーなあに、心配はいらん、駄賃は一銭たりともいらないのじゃよ」


 オレは、カメラ目線で透き通るような美声を心がけてそう言った。


 どうだ、とってもいい人に見えるだろクソ野郎ども。


 とういうわけですっかり容疑も晴れたオレは。

 気分美しく。


 ぐずるかえでちゃんとやらの手を引っ張って、とりあえず駅の窓口に向かうことにした。


 まぁ、親も探してるしすぐ見つかるだろ。

 未だ3分の2ほど残ったティッシュを、どうせ暇そうだからと7人のユーチューバー(カメラマンとかもいる)に押し付けて、オレは駅の構内に入った。もったいないけど大人1枚切符も買った。


「すぐにサンタさんが見つけてあげるから、泣くのをやめるのじゃよ」


「う、うん…」


 サンタ姿のまま、切符をぽちってそう言うと。

 かえでちゃんは、ごしごしと涙を拭ってむんずと唇をかみしめた。

 我慢しているのだ。


 ……。

 ふむ。


「子供用の切符をプレゼントしてあげれば泣き止むかね…?」


「うん…」


 むむんず、といっそう下唇を噛みしめてうなづくかえでちゃん。

 はぁ…、缶ジュース一本分以上損するけど、仕方ねえか。


 オレは、そういや幼稚園児の時、必要のない切符を親に勝手とせがんでたなあ、と思いながら。

 例の見知らぬ女児にそれをやった。

 けれど彼女は、なぜかいっそうぐずりだしたから、仕方なくオレは缶ジュースも買ってやった。


 そしたらまあ現金なもので、お涙も引っ込んじまって、さっそく改札に切符を入れて『大人ごっこ』をやり始めた。あーあー、改札の中に自分の切符で入ることがそんなに楽しいかね、にやけ面浮かべやがって。


 ちょうどその時。

 オレはといえば、窓口の駅員に「女の子どもを探している親はいませんでしたか?」と尋ねたところだ。


 駅員は一瞬、いぶかし気な面を浮かべたが。

 まぁ、相手が付け髭のサンタだしな。分かるよ、てめえの気持ち。

 やがて留飲りゅういんを飲み込んだみたいに、喉を詰まらせていった。


「……いやあ、そういう人はいませんでしたね。

 あの、缶ジュース持った子。迷子ですか?」


「ええまあ」


「………そうですか…。

 あなたの知り合いで…?」


「いや、…違いますけど」


 駅員の眉が、ピクリと跳ね上がった。


「……いやあ、ははは。不思議な縁で…まあ探してあげてるんですよ。

 サンタですしねえ…!」


「…………」


「……怪しい奴じゃないですよ。

 ……こ、これオレのiPhone。

 電話番号…!もしご両親が窓口に来たときは、すぐに電話かけてくださいよ。

 それなら何も怪しくない」


「………は、はあ…」


 駅員は、何だかめんどくさそうにそう言った。

 出来る限り人のいい笑顔を繕い、内心で雄たけびを上げるオレ。


(大体何で怪しまれなきゃならんのだ、おりゃあ…!)


 と、オレの袖を引っぱる小さな力。

 むんずと、後ろにほんの少しバランスを崩すオレ。


「サンタさん、お話してないでパパとママさがしに行って!!」


 女の子は、なぜか少し怒ったようにそう言った。

 駅員とオレは目を見合わせた。

 駅員は、「わかりましたよ、サンタさん。こちらでも探しますので、見つかり次第ご連絡いたします」と胡散臭いほどににこやかにそう言って取り繕って、電話番号を書かれた紙を受け取りやがった。


 ……こいつごめんって言わないタイプか。

 そう思いながら、オレは窓口を後にする。


「で、パパとママとはどこではぐれたのかな?

 言えるかな?」


 オレは、窓口から数メートルはぐれた所で、屈みこんでそう尋ねた。


「わかんない」

「…………とりあえず駅を一回りしてみようか…」


 幸先わりいな。

 ちえっ、とオレがサンタのひげ面の口元をとんがらせていると、後ろから「お嬢ちゃん、見つかるといいねえ!!サンタさんといいクリスマスをー!!」と、さっきとは違うおっさん駅員が声をかけてきた。


 あれが駅長だろうか…?

 まあ、どうでもいいか。

 そう思いながら、オレはいつの間にかすっかり泣き止んだかえでという名のロリコンの原因菌と共に、とりあず改札に向かった。


「ふふふ、サンタさんと一緒にクリスマスが過ごせるなん夢みたい」


 女児が言う。

 あーあー呑気なもんで。

 でもね、残念ながら夢じゃないからご両親とはぐれた場所くらい思い出そうね。


「こちとら小児科じゃないんだよ…」


「ん?」


「いや、何でもない」


 そうして俺たちは、プラットフォームに到着した。




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