第二話 歪
「よかったね、たいしたことなくて」
「そうね。ごめんなさい。心配をかけてしまって」
「気にしないでくれ。君が無事でなによりさ」
車いすを押しながら、笑顔をつくって、デルフィナに語りかける。
本来ならば即座に入院しなければならないほどの大病だが、デルフィナはただの過労だと思っているはずだ。
金を積めば治るのなら、死んでも金を集めよう。異国に行けば治るのなら、喜んで連れて行こう。
でも、そうじゃない。どうしたって、彼女は死ぬのだ。ならば、残り少ない余生を、病院のベッドの上で過ごさせるよりも、彼女の生きたいように生かすのが、幸せなのではないか。
ゆっくりゆっくり、車いすを押して、家に向かう。
十五分ほど歩いたところで、公道から逸れ、森の脇道に入る。木々の合間を縫ったような小路を抜けると、レンガづくりの小さな家が見えてくる。傍には湖があり、一匹の水鳥が水面をつついている。街からは少し離れているが、その分静かで、緑に囲まれており、妻も気に入ってくれているいい場所だった。
この家を買えたことが、僕の誇れる数少ない自慢だった。
玄関の戸を引く。車いすが通るか心配だったが、思いの外余裕があった。
すぐに寝室へ向かい、デルフィナを抱きかかえ、ベッドに寝かせる。
「大丈夫よ、これくらい一人でできるわ」
「だめだよ。君は病人なんだ。病人はおとなしく看病されるのが仕事さ」
「でも、あなた、ご飯はどうするの?包丁なんて握ったことがないでしょう。掃除や、洗濯もそう。私が働かなければ、この家は回らないのよ」
そういって、デルフィナは立ち上がろうとする。病の影響だろうか、膝が震え、顔を歪めている。
「車いすなんて大げさなのよ。見て、この通り、私はまだ動けるわ」
「やめてくれ!」
思わず声を荒げてしまう。驚いた彼女は、崩れるようにベッドに座り込んでしまった。
「……すまない。でも、折角また二人で暮らせるようになったんだ。家事も、これから覚えていけばいいじゃないか。今僕は働いていないし、家事くらい少しはできるようになっておかなくてはね。僕はこれから買い物に行くから、休んでいてくれ」
僕は、その場から逃げ出すようにして家を出た。