2STORY
ゆっくりと足を進める。
校門を潜ると、また再び桜並木が俺を囲む。
すごい桜の数。
中学の時と規模が全然違う。
そんな時、後ろから思いっきり背中を叩かれた。
「凛太朗ー!なに自分の世界に入り込んでんだよ!」
「……廉士、痛い……」
よろけながら睨むと廉士はヘラヘラ笑って、お前が薄っぺらい身体してるのが悪い、と、毒を吐かれた。
彼は、入江廉士。
中学時代からの親友で、長身で切れ目が際立つ整った端正な顔立ちをしている。
サッカー部に所属していたせいか、一見、細く見えがちだが、程よく筋肉がついている。
そんなルックスのせいか、視線が痛い。
もちろん、女子の。
新入生が、振り返るのは廉士のせい。
このイケメン野郎め。
「廉士、ほんと目立つんだけど!」
「あー、俺イケメンだからなー!ごめんごめんー!」
「それ反省してる?!してないよね?!」
冗談で言ってるのはわかるけど、否定はしないところはちゃっかり自分のことをわかっている。
嫌いじゃない。
むしろ、清々しいくらいで居心地がいい。
「それより、見つけたー?例の先輩!」
「そんなすぐ見つかるわけないだろ?」
入学式がある体育館に向かいながら、俺の憧れの人、柏木穂花さんの話をする。
去年の春。
俺はたまたま、廉士と弓道の大会を見に行った。
もちろん暇つぶしというやつ。
俺の中学には弓道はなかったし、廉士の兄さんが高校で弓道をやっていて、その応援に行った。
その時だった、彼女と出会ったのは。
飾陵高校の試合で彼女は、最後に的を射る。
その凜とした後ろ姿。
しなやかに弓を引く指先。
真剣な横顔。
指を離した瞬間、長い髪が揺れた。
そして的はど真ん中に。
その全てが綺麗だった。
人を綺麗だと思ったのは初めてだったんだ。
今でもその光景は目に焼き付いている。
「会いたい……早くあの姿を近くで見たいんだ」
「ふーん、てか、本当に弓道部に入る気?ここの弓道強いよ?」
「当たり前!その為にこの飾陵高校選んだんだから!」
受験勉強も必死にして、やっと合格した。
この高校で、憧れの人をもっと近くで感じるために。
------パン
その時、聞き覚えるある音がした。
胸が高鳴った。
それは、弓が的に当たる音。
聞き間違えるはずはない。
聞こえてきたのは、体育館の横にある弓道場であろう、建物から。
思わず足を止めて、弓道場を見る。
誰かが、的を得たんだ。
「なぁ、廉士……」
「はいはい、いってらっしゃーい」
笑顔で右手を軽く振る廉士。
俺が、弓道場に行きたいと察したのか、自分は、背を向けて体育館に向かい始めた。
もうすぐで入学式が始まる。
でも、きっと廉士のことだから、うまく言ってくれるはずだ。
俺はその足で、急いで弓道場へ向かった。
あの人に会えるかもしれない。
会ったらなんて声かけよう。
そんな期待しかない。
少し走ってきたのか、それとも体育館から距離があったのか、弓道場についた瞬間、汗が額を伝った。
心臓がいつもより早い。
これは、緊張感からだ。
会えるかもしれないという期待からかもしれないけど。
弓道場からはまた弓を射る音が聞こえた。
「入っても大丈夫だよな?」
弓道場の扉に手をかけた。
そっと、扉を開ける。
古風な建物で、木の匂いが鼻をかすめた。
古臭いとも言えないこともないが、趣がある。
壁には幾つもの表彰状が飾られていて、また、トロフィーやメダルも棚に立てかけられていた。
さすが、インターハイ常連校。
それより、ここが弓道場か。
思ったよりも広い。
少し太陽が眩しくて目を細める。
そして、音がした方に目をやる。
「え………」
そこには、憧れていたあの人の後ろ姿。
信じられない。
長い髪。華奢な後ろ姿。
制服のせいか、以前見た時よりも、小さく見える。
心臓がより高まった。
あの人、柏木穂花先輩が目の前に。
そう思うだけで、緊張感の糸が身体中で絡まる。
でも、声をかけたい。
あの時の感動を伝えたい。
その人と俺の距離は、約5メートル。
結構離れている。
俺はゆっくり足を進める。
一歩進めることに、口から心臓が出そうになる。
柏木穂花先輩。
やっと、だ。
手の触れられそうな距離。
いや、でも人生とはなそんな簡単にうまくいくわけない。
期待は何時だって下回るか、もはや裏切られるもの。
「ねぇ、それ以上近づいたら、射抜くから。」
「ええ、、えええ?!」
あと一歩で、彼女に触れられる距離。
には、ならず、彼女目線はさっきまで射抜いていた的ではなく、俺に向けられていた。
しかも、今にも矢を放つ姿勢。
いやな汗が背中を伝った。
思わず両手を挙げてしまう。
銃を突きつけられたどっかのちんぴなドラマの役者の様に。
俺が想像していた、柏木穂花先輩は柔らかくて、名前の通り、ふわふわした花の様な人。
今、目の前にいるのは、冷酷で、冷たい目をした女の子。
俺を思いっきり睨む。
生命の危機を感じる。
鼻のギリギリまで矢を突きつけられた。
その威圧に耐えながら、声を振り絞った。
「か、柏木穂花先輩じゃない?」
「柏木穂花?は?お姉ちゃんになんか用?」
これが、俺と柏木柚葉との出会い。
出会いは最悪。
もちろん、こんなやつ大嫌いだと思ってた。
だけど、いつしか俺の大切で一番大事な人になるんだ。