第1話 おだやかな一時
見渡す限りの高原が広がっているTBMのテレポートゲートは留学先の街から10kmほど離れた高原の片隅に設置されていた。
そこから街までの交通手段はヤクによった。TBSやTBPの交通手段はわからないが、ここではごく普通にヤクが使われていた。
ヤクは、牛に似た動物で1頭に1人の客が乗り、道先案内人が手綱をひいていた。客が子供の場合、二人、三人を乗せることもあった。
かつて絶滅が危惧されたヤクを保護し、今では荷役用や家畜としてTBMにはなくてはならない存在だった。野生のヤクも繁殖に加速がつき、当局では数を把握しきれていないまでになっていた。
道先案内人はのんびりと手綱をひき、ヤクも歩調を合わせて歩むから時速にすれば3~4kmといったところであろうか。そのため、街までは3時間ほどの時間が必要だった。しかし、このことが彗星ら一行4人にTBMがのどかな集団であると印象付けたのである。
街中に入ってもヤクの速度は変わらず、まるで道行く人やヤクに同期しているかのように感じられた。
やがて、留学先となる学園へとたどり着いたとき、出迎えたのは、小柄な男性で彗星より2つか3つ年上なのではないかと思われた。応接室らしきところに案内されて、
「お待ちしておりました。少々お待ちください」と言って小柄な男性が姿を消す。
言葉は、自動翻訳機があるから特別なことがない限り困らないだろう。
他集団の本を読むときもスキャン式の翻訳機があるから同じである。
この集団の空間にはゆるやかな時間が流れているような気がする。やや年老いた女性が現れて挨拶したときも、待たされたという時間でもなく、かといって急いで挨拶に来たという時間感覚でもなかった。
「ようこそ、当学園へ。わたしは校長のツェリンと申します」
「校長先生自らのお出迎えとは恐縮です」と答えたのは、カビウであった。
「いえいえ、他集団からの客さんを迎えるのはわたしの仕事なのですよ。ところで、お疲れになったでしょう?宿舎の方に案内しますね」
(手続きなどは必要ないのだろうか?)などと思ったカビウであったが、(まあ。向こうの言う通りにしようか)と思い直していたとき、先ほどの小柄な男性が現れた。
「宿舎の方にご案内します」
宿舎は学園のすぐ裏手にあった。それぞれに与えられた個室は、それほど広くなかったが、小さな机とベッドが用意されていた。そして、4人専用だという団らん室もあって、そこには、6人ほどが座れる小奇麗なソファーとテーブルが備えられてあった。
団らん室に集まった4人はほっと一息ついた。
「のんびりしているわね~」とカビウが感想をもらした。
「ここなら、ゆっくりできそうだ。でも8か月だけか」とは彗星の言葉である。
「いっぱい友達できないかな~」順の目はキラキラしていた。
「このソファー広いから、ここはカーちゃん、ここはウタリの場所よ」水姫がぬいぐるみをおいてそう主張した。
そして、彗星らの学園生活は明日から始まるが、学園の集団での役割や実態、そしてチベットの事情や思惑など、奥の広さを知ることになっていくのであった。