第3話 捕獲
多目的型飛行ロボにユニット「テレポートシ-ルド」「物理型シールド」「麻酔シ-ルド」を搭載し、彗星らを捕獲すべく追跡を始めた特別監視室の3人は、5分ほどで彗星らを視認できる場所まで移動していた。
「班長。まずは説得しておとなしく連れて帰りますか?それとも強制的に捕縛しますか?」
班長と呼ばれた高橋大樹は、
「俺が説得してみよう」と答えた。
飛行ロボを彗星らの頭上50mくらいの位置でホバリングさせた高橋は彗星に呼びかけた。
「彗星。おとなしく帰るのならばお仕置きは最低限にすませてやる。もちろんだが、今日の夕食はありにしてやる」
ホバリングさせた飛行ロボはほとんど騒音を出していないからこの呼びかけは彗星らに聞こえたはずだ。
彗星は、(お仕置きも僅かだと言っているし、なにより夕食付きというところが魅力的だな)と思っていた。ところが、8歳になる彦根順は「お仕置きって何をされるのかな?おしりペンペンもあるのかな?」とお仕置きの部分が気になるようだった。
「先生。お仕置きにはおしりペンペンもあるんですかー?」
「それくらいは我慢しなければならないな」
これを聞いた順は激しい拒絶反応を示した。
「いやだー。絶対いやだー。姫ちゃん、お兄ちゃんの手を握って」
すると、彗星たちの姿はその場から搔き消えてしまった。
焦ったのは高橋で、現実は交渉が決裂したことを物語っていた。
「何かまずいことを言ってしまったか」
「おそらく、おしりペンペンが禁句だったと思われます」
「彗星らはここから北東70kmの位置に移動したようです」
飛行ロボの最大速度はマッハ3である。これは1秒間に1kmを移動できることを意味していた。
70kmの地点には70秒あれば移動できた。
「順。何をしたの?」
彗星は自分の意志でテレポートしたのではないことを知った。
「お兄ちゃんにお願いごとをしたの」
「どんな?」
「逃げてって」
どうやらテレポートシールドを掻いくぐって外界へと脱出したのは彗星のテレポート能力と順のお願い能力のコンボだったようである。とはいえ、順のお願い能力がどのようなものかはっきりとはしなかった。
しかし、彗星らの行き先の決定権は8歳の順が握っていることだけははっきりしているようだった。今のところ彗星は順のお願い能力に抗する手段を持っていなかったのである。
「順。次に先生たちに会ったらもっとよく話を聞こうよ」
「うん。わかった。おしりペンペンが無しだったら帰ってもいいよ」
まもなく、高橋たちは彗星らに追いついた。高橋は、彗星らを強制的に捕獲できる可能性は5分5分であると考えていた。彗星らの捕獲に有効なユニットは「麻酔シールド」だけではないかと考えていたからである。もし、 麻酔シールドによる捕獲に失敗すれば、永遠に捕獲のチャンスは失われるだろうと考えていたから、ともかく説得が優先されるのであった。
「彗星。君たちが帰るための条件を聞こうじゃないか」
「夕食は付けること」これは、彗星の条件である。
「おしりペンペンは無し!」これは順の条件である。
「わかった。その条件は全てのもう。水姫は何かないのか?」
高橋のこの一言が余計であった。水姫の条件を聞かずに帰還すれば無事だったのかもしれない。
木佐水姫8歳の条件はよくわからなかった。
「わたしのカーちゃんは?」
(カーちゃん?お母さんのことか?どこでそんな言葉を覚えたんだ)
「奈良君。どういう意味なのかわかるか?」
奈良と呼ばれた隊員は答えた。
「おそらく、熊のぬいぐるみのことかと思われます」
(ああ、なるほど)
「で、水姫は カーちゃんをどうしたいの?」
「ここに連れてきて」
「お家に帰れば会えるよ」
「いや!持ってきて!今まで寂しかったんだから...」
「わかった。その条件ものもう」
熊のぬいぐるみを水姫のコンパートメントで探し、この飛行ロボに物理転送してもらうことにした。
ところが、
「熊のぬいぐるみなんてどこにもありませんよ」
「なに、どういうことだ?」
「水姫がコンパートメントの外に持ち出してどこかに置き忘れたとか?」
「水姫。カーちゃんをどこかに持ち出していない?」
「ううん。お部屋にいるはずだよ」
実はこのとき、カーちゃんは皆の傍に姿をひそめていたのである。
カーちゃんは、 水姫が召喚した魔獣であった。通常、召喚された魔のものは召喚したもののイメージの姿で存在することが多い。つまり、カーちゃんは水姫の望むイメージである熊のぬいぐるみの姿で存在していたのである。
召喚された魔は召喚者と主従の契約を結んでいる。カーちゃんも例外ではなく、主の後を追って傍に仕えていたのである。
ということは、カーちゃんを施設の中で探すことは不可能である。すなわち、水姫の要求を充たせないことになる。
「カーちゃんが見つからないようだよ」
「いや~。絶対帰らない!」
「なんてこった。どうすればいい」
「麻酔シールドを使うしかないのではありませんか?」
「失敗したら?」
「何度でも追いかけて捕獲するというのは?」
「それしかないか」
そして、麻酔シールドが放たれた。シールドの有効半径は相当に広かったが、テレポーターにはあまり意味を持たなかった。
生まれつき危険察知能力の高い彗星は「跳ぶぞ」という間もなく二人の手を握ってテレポートしていた。そのテレポート距離は50km~100kmといったところらしい。ここから彗星らと飛行ロボの鬼ごっこが始まった。
やがて、夕日がさしあたり一面が暗闇につつまれ始めたころには、彗星らに疲労による限界が見えていた。飛行ロボには疲労はない。
「勝った」麻酔シールドで彗星らを捕獲した高橋がつぶやいた。
「一時はどうなることかと思いましたよ」
ところが、高橋たちに思いがけない不幸が訪れた。
暗闇の中からさらに一際暗い影が立ち上がり飛行ロボのエンジン部分をえぐっていた。
その正体はカーちゃんであった。熊は夜行性であると同時に魔獣であるカーちゃんは闇が大好きである。即ち、この場に居合わせるものの中で闇に君臨するのはカーちゃんとなる。
それでも、カーちゃんはシールドの捕獲から逃れた主人の水姫と彗星、順を連れて闇の中に消えていくだけだった。
飛行ロボは不時着し、中の3人は失神していた。
水姫らもシールドから逃れただけで麻酔からは覚めていなかった。
ここは、下北半島の先端に位置し超能力族の支配圏はすぐそこに見えていた。




