「琴とありすと目玉焼き」記入者:猿谷 凪
1年A組…は、ここか。
俺、猿谷 凪はこれから1年間を過ごすであろう教室に入った。ちなみに女子だ。一人称が俺なだけ。まぁ、背が175センチと高く髪はショートカット、口調も荒めだから男子に間違われることもしばしばだけど。
自分の席に着こうとしたとき、右斜め後ろの席から声がした。聞き慣れた声。
「…え、まさか凪の席そこ?」
それは、小さい頃一緒にモデルなどの仕事を始めたりした幼なじみ、琴の声。
「…琴、久しぶり」
すると、俺の右隣の席の子が急に言った。
「もしかしてお二人はお知り合いなのですか…!?」
なんか変わったオーラを放ってる子だなぁというのが、この子の第一印象。その子に琴が答える。
「知り合い…っちゃ知り合いだけど。あたしは絶対凪のこと許さないから」
最後の一言は俺に向けてだろう。許さないって…アレのことか。
「まだあんなことで怒ってんのかよ」
「あんなことって…!あたしは凪のこと信じてたんだからね」
例の右隣の子が聞く。
「何か…あったのですか…?」
「…」
「…あ、他人に言えないことくらいあるわよね、ごめんなさい。私もそんな時はローザに秘密で全部話したりするの」
…いや、何を言っているんだろうこの子は。のちに、その子の名はありすで、ローザというのはありすのベッド横にいるぬいぐるみだと判明する。というか、今の問題はそれじゃない。いつまでもこのままなのも面倒なので全部話すことにした。
「俺は、ソース派なんだ」
「へ?」
「まだそんな事を言ってるの、目玉焼きには醤油でしょ…?」
そう、小学生のとき俺と琴はとある番組に出演した。そこで目玉焼きには何をかけて食べるかということで対立したのだ。今思えば本当にどうでもいい話だと思うけど…少なくとも俺は。琴はまだ根に持っているらしい。それ以来2人で仕事をすることは無くなり、中学生になってから俺はモデルを辞めた。元々そんなに熱を込めて仕事をしていなかったというのもある。
「ありすは?目玉焼きには何をかける派!?」
琴がそう言ったので、俺もそれに便乗する。
「どっちが好きなんだよ」
急に矛先が自分に向いたので驚いたのか、ありすと呼ばれたその子はビクッとした。
「私の家で出てくる目玉焼きは、…その、シェフが気まぐれだから、毎回違う味つけなのよ」
「は?」
「でも彼、こだわりを持っているらしくて全部とても美味しいんです!」
そんなキラキラした目で言われても。シェフとか何を言ってるんだ。その子が続ける。
「あの、お名前は何ていうんですか?」
「俺?…は、猿谷 凪」
「やなぎさんですか、私は有栖川ありすっていうの!」
あの有栖川家のご令嬢か。どうりでシェフがいるわけだ。
「…ていうか、やなぎじゃなくてなぎだけど」
「ありすって不思議な子だよね、ほんと」
琴と俺は思わず顔を見合わせて笑う。ありすも、ふふと笑った。
「まことさんとやなぎさんは仲良しなんですか?」
「「仲良しじゃないっ!」」
そう叫んだら琴と声が重なってしまった。何となく気まずくて琴から視線をはずす。
「…仲良しじゃないんですか?」
「…別にっ」
ありすの問いに対する、琴のよくわからない返事が可笑しくて俺はまた笑ってしまった。
…今度、目玉焼きに醤油も試してみようかなぁと思う。