最期の料理
其れは、ある日のランチタイムのピークが過ぎた昼下がりの事だった。元国王様が弟を連れ立って【フードコート】を訪れたのは・・・
なにやら真剣な表情だった為、席を外すことを店主と女将さんに許可を取り、工房区画の休憩所に二人を案内し、話を聞くことにした。元国王様と弟が俯きながらではあるが、顔を見合わせ、弟の方が口を開いた。
「なぁ、兄さん・・・“しょくどめ”って知っているかい?」
『しょくどめ?なんだそりゃ?』
「まぁ、字的には食を止めるって書くんだが、意味はそのまんまで食事をさせられない状態を指すんだ。」
『それはわかったが、それって胃の検査の時とかの前日から食事しちゃいかん。って感じなんだろう?』
ここで国王様が弟から引き継いで、私の質問に答えてくれる。
「まぁ似たようなもんだが、今回は全然違うんだ。」
「病床の患者さん・・・簡単に言ってしまえば、もう食事ができない人に対して行われる措置みたいなもんだ。」
『なっ・・・』
「知っていると思うが、このゲームを用いたなんちゃってダイエットが現実世界では流行っている訳だが・・・」
「事のニュアンスは似ているが、事態の重さが全然違う・・・って言うか比較するのもおこがましい事なのだがな。」
『・・・明日も判らぬ命、もしかしなくても、最後の食事になるかも知れない・・・と?』
「まぁ、そういう事になるだろう。」
人の生き死にを商売にするのは如何なものかと思ったが、色々な事情で食事もできず、苦しんでいる方々に。特に明日にでも命を落としかねない方に対し少しでも“死”への苦痛を和らげる為、特に心のケアに重点を置いた、ゲームも取り扱う医療機器メーカーならではのサービスの一環として、ヴァーチャルの世界で食事を楽しんで貰おうとの試みだそうだ。
確かに、癌で亡くなった質実剛健を絵に書いたような祖父もイヨイヨとなった時に、強制的に食事を止められた。
体も意識もしっかりしていただけあって、祖父は事切れる寸前まで腹が減ったと、祖母の作った握り飯が食べたいと泣き言を言っていたもんだ。
例えゲームの世界だとしても、食事ができず苦しんでいる人の心が少しでも安らぐものなら、そんな仕事も悪くないかもしれない・・・
この試みは、非公式なので八嶋医療機器開発と業務提携する大学系の病院でのみ試験的に行われることになっていて。意識が在るならばご本人からの依頼・同意、またはご家族からの依頼により行われることになり、私がOKした次の日より計画がスタートするようだ。
本当に差し迫った患者さんを、専用のヘッドギアを用いて《無限世界の住人》内の特別エリアへ案内しサービス《食事》をするのだそうだ。
まぁ、食事の出来る一般の入院患者なら、病院食も食べる事ができるし、病院内の施設を使って《無限世界の住人》の食事処で食事をすれば住むだけの話なので、そっちは気にする必用は無いだろう。
「なぁ、料理人さん・・・どうだろう?無理にとは言わない・・・」
「兄さん・・・」
一応、八嶋医療機器開発から給料が出ることになってはいるようだ。確かに現在装着している義手・義足では家での食事ならまだしも、本格的な料理を作ることは耐久性的にできない。贅沢をしなければ仕事をしなくても生活出来るだけの資産もある。
別にこの仕事を請け負う必要性は無い訳だが・・・
いままで通り、クラン【農協】で、【フードコート】で面白可笑しく、たまに遠出をして食材を揃えて、仲間達と料理をつくって食べて、酒を呑み、笑い合う。
それも良いだろう。
でも、私自身はそれでいいのだろうか?
祖父の今際の表情を覚えているか?
私を今まで育ててくれた親への恩返しも有るだろう。
この世界へと私を導いてくれた弟への恩も有るだろう。
この世界でできた仲間たちへの感謝も有るだろう。
まだまだこの腕で料理を創って行きたいという思いもある。
私の培ってきた技術を後進に教え・広め、私自身も旨い料理を口にしたいという願いもあるだろう。
それ以上に、今までも続けてきた自身の技術の研鑽が滞っていないか?
二人が神妙な顔をして、深く考え込む私の顔を覗き込む。
答えは出た。
『この仕事、請けましょう・・・いや、是非、私にこの仕事をやらせてください。』
翌日、弟の同伴で八嶋医療機器開発本社ビルへと赴き、書類へとサインをした。肩書きは、VRケアサービス部門 料理課 調理担当 主任技術者と長ったらしいモノが付いたが、要はゲーム世界での調理担当という事だ。
部下が3名付いて、調理場を回して行くことになるようだ。他にサービス担当や、現実世界でお客様の好き嫌いなどの情報収集等を行う、情報収集担当等の合計10人でこのVRケアサービス部門 料理課を運営する事になる。
因みに料理課の課長は40代後半のナイスガイだったりするが、なんと弟の後輩で看護師を経て介護の仕事に就き、これからの医療の可能性をこの会社と《無限世界の住人》に見出し、企画書を持参でこの会社の門を叩いた豪の者だ。
その企画書が弟の目にとまり、この企画が立ち上がったそうな。
そんな弟は、この会社の義肢技術開発顧問で常任理事を務めているそうだ。
あんた、引きこもりじゃなかったのかい?なに?別に家に居てもネット回線さえあれば仕事はいくらでも出来るって?
マジっすか・・・弟、パネェっす。
さて、普段は【フードコート】にて料理を拵えている私だが、企画の関係上部下の育成にも力を注ぐことになった。まぁ、彼らもって言うかステージが《無限世界の住人》なので、【フードコート】で部下の料理の指導を行う事になるのだが。
・・・何を教えるべきなのだろうか?
いや、一般的な料理は、調理法の基礎さえしっかりしていれば何とかなるもんだ。情報としての知識は、本人のやる気しだいで、情報化社会のご時世なら幾らでも手に入る。事細かい味付けや技術なんかは、其れこそ経験がモノを言うもんだから、教え込んだからって直ぐに身に付くってこともない。
残すは、覚悟かなぁ…
料理に対する、また、料理を食べるお客様の事を考える事ができるかなんだけど、コレばっかりは教えるだけでは・・・知識としてだけでは足りない。
なんと言っても一発勝負で、しかも出たとこ勝負だ。此処での食事が最期の晩餐になるかもしれない・・・まず間違いなくなるから、失敗なんてしてられない。中途半端な覚悟など、魚に食わせてしまえばいい!!って位の覚悟をもって調理に挑まにゃ、どんなに美味い料理でもお客様は納得してくれないだろうからな。
しばらくは、【フードコート】で接客をしながら料理を作って、経験を重ねてもらうことにしよう。
でだ、調理のスタッフの教育方針の目処が付いたので、次は実際に料理を振舞う店舗の状況の確認を行う。これは、課長さんと弟が協力して作成しているが、お客様のニーズに合わせて事細くレイアウトが変更できるような仕組みになっている。
基本は、和・洋・中の店舗を各3種類用意し、ニーズに合わせ細かくインテリアの調整が出来る様にしてある。そのほかにも、自宅や屋外などでも食事が可能なようにしてある。で、その店舗がその時々で調理場に隣接するような・・・その、なんだぁ、要は調理場がゲーム機で店舗がカセットのような付け替え自由な状況になっているって感じだな。
サービスに関しては、私としては余り口を挟む事は無かった。何故なら、サービス担当主任である私より年配の女性が掲げる指針が“一期一会”だったからだ。茶道の祖の言葉だが、この出会いは最初で最後かもしれないから、今できる最高のもてなしを・・・のような意味を持たせた深い、この企画に携わる者総てに必要な言葉であり、これから私達が創り上げる最期の料理の考え方でもある。
ここまでゲーム世界内での状況を説明したが、現実世界の私の状況はというと。基本、在宅での勤務扱いとなり、会社に赴き出勤だの退勤だのと小難しい事は無い。しかし、仕事が正式に始まってしまえば年中無休で業務時間は不規則っていうより有って無いようなもんだから、逆に在宅の方が仕事をしやすいかもしれんな。
ゲームにログイン中は、運営から呼び出しがかかり、店舗に転送される事になっており、ログアウト時は会社から貸与された携帯電話に連絡が来るって事になっている。私用で出かける際は、事前に会社に連絡し、ヘッドギアの携帯する事。有事の際は1時間以内にログインする事が義務付けられている。
一応、患者さん達には生体感応装置なる、体の状態を確認する装置が付いているため、余程急変しない限り多少の見通しが立つ模様だ。
他に、まだ行っていないが、月に一度会社にてVRケアサービス部門全員が集まり、口頭での成果報告を行うことになっている。基本は週に一度、【フードコート】にてミーティングを行っているのだが。会社的に・・・
『長時間VR空間での生活で、自身の健康を損なう可能性が無きにしも非ずなので、月に一度は外に出て日光を浴びてください。』
との事らしい。まぁ、まがりにも医療機器メーカーの従業員が引き篭り過ぎで病気になるのはいただけないしな。
ここまでが今までの私を取り巻く状況だな。しかし、ここまで来てVRケアサービス部門 料理課の仲間の紹介をしていなかったので、ざっとだが紹介してしまおうか。
料理課 課長:磯島 祐一 (イソジマ ユウイチ) 45歳 男
料理課 情報収集担当 主任:飯島 康太 (イイジマ コウタ) 42歳 男
料理課 情報収集担当 :日下部 甚八 (クサカベ ジンパチ) 30歳 男
料理課 サービス担当 主任:陣内 葉子 (ジンナイ ヨウコ) 55歳 女
料理課 サービス担当 :鈴木 洋一郎 (スズキ ヨウイチロウ) 25歳 男
同上 :麻田 正子 (アサダ マサコ) 30歳 女
料理課 料理担当 主任:郡司 陣大 (グンジ ジンダイ) 52歳 男
料理課 料理担当 :碧山 涼 (ミドリヤマ リョウ) 24歳 女
同上 :君田 寛二 (キミダ カンジ) 25歳 男
同上 :遠藤 優 (エンドウ ユウ) 23歳 男
以上が、VRケアサービス部門の面子だ。コレに弟(本名:郡司 継寿)が加わり、一つのチームとして運営していくことになる。
因みに《無限世界の住人》ログイン時でも呼び方に困らないように、全員が全員とも苗字読みに統一している。そうすれば、無用な混乱を引き起こさないだろうとの処置だ。
私としても、今までゲーム内で培ったものを修正する必要がないのでありがたいってもんだ。
私が契約書にサインしてから2週間が経過した。この二週間で部下である3人に、教えられることに関しては、かなり詰め込むことになったがしっかりと教えさせていただいた。といっても、技術面よりも心構えの面が多かったかもしれない。
後は私共々、実際の現場で勉強していくしかないのだろう。
そんな訳で、情報収集課の飯島主任から情報を頂いた。どうやら明日から食止めに入る患者さんの情報を頂いた。




