082
僕はマンションの中にいた。
そこに来るのは、久しぶりのことだ。
僕の近くにあるマンション、そこにはかつて好きだった人がいたマンションだ。
マンションの一室に通された僕は、位牌に手を合わせていた。
その後ろには落ち着いた雰囲気の叔母さん。
「会いに来たよ、呰見」
「ありがとうね、幸神君」
「いえ、僕は呰見のことが忘れられませんから」
毎月一回、僕は呰見の家に来て位牌に手を合わせた。
それが僕にとっての罪滅ぼしだ。
「でも、幸神君だって前に進まないといけないでしょ」
「大丈夫です、僕はいつも呰見のそばにいますから」
「そう、嬉しいわ」
単純に母親が喜んでくれた。だけど僕は正直なところこれだけが目的ではなかった。
「でも、まだ戻ってきていないんですよね」
「ええ、戻ってこないわ」
「不思議ですよね」
「そうね、幸神君だけ見つかってよかったわ。
あの地震、沢の流れも急だったし」
「呰見が戻らないのは不憫ですよ」
僕は苛立ちを覚えていた。
呰見が失踪した、沢でおぼれた僕は助かって呰見は未だに見つかっていない。
だから、ここの位牌にも呰見の名はない。
それでも、呰見のことは僕に責任がある。
「本当に申し訳ない」
「いいのよ、気にしないで」
「いえ、あれは全部僕が悪いんです」
「そんなことないわ、あの子だって楽しみにしていたのだから」
そう言いながら母親が持ってきたのは、夏休みの宿題。
僕はそれをはっきり知っていた。
「夏休み……あの日はもう帰ってこない」
「幸神君は、呰見が死んでいると思う?」
「思いたくない」
「そうよね……でも私たちはもうどうでもいいの」
「なんでそうやって……」
「いいの、疲れたのよ。あの子だって永遠にさまようわけにはいかないでしょ」
「僕は諦めていない」
「諦めなさい!」
呰見の母が急に僕を諭すように言ってきた。絞り出すような強い声で。
だけど僕はじっと呰見のことを諦めていない。
「それはできない」
「いいえ、諦めてくれないと私が辛いの」
「……だけど」
「だとしたら考えがあるわ」
僕は強くいう事ができない。
そんな僕のいる部屋のマンションが急にノックされた。
そして、出てきたのはあまりにも意外な人物。
間もなくして出てきたのは、ブレザーの人物。
眼鏡をかけて知的な女が、僕の目の前に現れた。
「きょ、教楽来?」
「あら、久しぶりじゃない」
そういながら教楽来が、呰見の部屋に来ていたのだ。




