008
ゲームセンターを出て僕は教楽来妹と一緒にいた。
UNGAのショッピングセンターを歩きながら、初めて出会った教楽来妹と行動を共にする。
夕方に近づいてきて、人通りも徐々に増えてきた。
教楽来妹の純粋な目が僕をついて、後ろめたくなってしまう。
置いていくわけにもいかないが、教楽来姉にそのまま突き返しても進展はなさそうだ。
それに教楽来妹は、なぜか僕のシャツの裾を掴んでいるし。
変なことを言って突き返すと注目も集めそうだ。
「なんでシャツを掴むんだ?」
「えと……あたしは教楽来 毬菜です!中二です!」
さっきまでの半べそ顔はどこかにいったようだ。
元気よくて明るく、何よりすがすがしく頭を下げた教楽来妹。
僕は頭を抱えて、いかにも面倒くさそうな顔を見せた。
「僕は幸神 広哉。まあ名前を知っているのは姉から聞いただろう」
「はい、知っていますよ。広哉」
「なんで僕には名前で呼び捨て?」
「えと……う~ん?よくわかりません」
考える仕草を見せたけど、ちょっとかわいいが笑顔でごまかしていた。
「ごまかすな、いいか。僕は高二だ、教楽来姉のクラスメイトだったから」
「はい、お姉ちゃんの恋人候補ですよね。でもお姉ちゃんとは、ラブラブにならない方がいいと思います」
「ああ。それは同感だし、そのつもりもない」
僕は教楽来姉の顔を思い出して、顔を苦々しく歪めた。
教楽来姉の好きなやつが仮にも僕だったら、いろんな意味でサプライズだろう。
今度は九州全体が、大きな前方後円墳にでも覆われてしまうかもしれない珍事だ。
「あのさぁ……お前たちの間で姉妹喧嘩でもあったのか?」
「ううん、私は会いたかったです。広哉さんに」
新人アイドルの歌フリのようなかわいらしいパフォーマンスで、僕の前に出てきた。
ちょこんと飛び跳ねる姿は、元気娘そのものだ。
セーラー服を着ていなければ、体の小ささから小学生に見えてしまう幼さだ。
「そのわりには君を知らない。学校にすら行かない僕を知る接点が君にはないはずだ」
僕が思わず口にするが、心のどこかで引っかかった。
初対面のはずなのに、どこかで会ったことあるような気がする。
そんな不思議な感覚の『教楽来 毬菜』、名前を心の中でつぶやく。
やっぱり彼女に関する記憶にたどりつかない。
「やっぱり君は何者なんだ?」
「教楽来 毬菜です、あなたの相棒です。毬菜とでも呼んでください、広哉」
「それは分かるが、教楽来姉の妹だろ。その制服からいくと八神中か?」
「うん」
教楽来妹の言葉で何となく分かった。
八神中、そこは今の大翔が通っている中学。二年前まで僕が通っていた中学の名だ。
なんだか教楽来妹は名前が言いにくいので、『毬菜』と呼ぶことにしよう。
「大翔の友達か?」
「えと……大翔さんとはあまり仲良くありませんよ。
話したこともないですし、三年生みたいですが。学校内ではわりと有名ですよ」
僕の顔を見上げながら、毬菜がやはり笑顔で答えた。
「じゃあ、雅の知り合いか?あいつも変り者だからな」
「雅……多々連 雅ちゃん?」
「やっぱり知っているのか、なら話は早い……」
「えと……雅?ごめんなさい……」
なぜか少し頭を押さえて、苦しそうな顔を浮かべた毬菜。
その場に屈みこんで、頭を横に振っていた。
「ごめん……あまりよく……思い出したくないです」
「ふうむ、雅の知り合いというよりはどうもトラウマっぽいな」
「ごめんなさい。おそらくその人も、さっきの人も記憶が正しく戻っていれば思い出せると思います」
「記憶が正しく戻る?どういうことだ?」
「……はい、あたしは一部の記憶がないんです」
さっきまでの無邪気でかわいい笑顔は成りを潜め、弱気な毬菜の顔に変わった。
「なんで僕の方に来たんだ?面識はないはずなのに?」
「レトロゲームは世界を救う、私はそう言われました」
「そんな馬鹿な?」
「いいえ、本当です。オシリスが私の記憶にかすかに残っていますから」
毬菜は僕に対して下から見上げてきた。
背は決して低くない僕は、毬菜の下からの強い視線に半ばあきれた顔を見せた。
あまり深く考えるのは面倒なので、ここは素直に話を最後まで聞こう。
「分かった、分かった。ということは?」
「はい、あたしはオシリスゲームの関係者です。
オシリスゲームは二人一組でゲームを行うもので……最後のプレイヤーを探していたのです」
「それが僕なの?」
「イエスっ!」毬菜がかわいくジャンプして、僕を指さした。
「なんでなんだ?」
「それは高校生の男だからですっ!」
毬菜の言葉がよくわからないが、ニコニコしていた。
「なあ……突然現れたピラミッドといい、オシリスは何を目的に考えているんだ?」
「それは……あたしは全く知りません。むしろ知るためにゲーム参加者を探していました」
「ならば教楽来姉でいいんじゃねえのか?
あいつなかなかゲームの腕前だ、まさかあんなに上手いと思わなかったけど」
「いいえ、お姉ちゃんは既に参加を決めています。
お姉ちゃんには心に決めた相棒がいますから」
毬菜の言葉で、少しは納得できたが疑問も残る。
何故、教楽来姉は素直に毬菜と組まなかったのか。
だけどその質問は、毬菜に聞いても分からないだろう。
にしても教楽来姉が心に決めた相手か、物好きもいるモノだ。
「次にオシリスゲームをやる参加者を、探していたけど理由はなんだ?」
「それはあたしの記憶が、オシリスに繋がっているからです」
「本気で言っているのか?あのオシリスに?映像しか出てこないあいつが?」
「今日、あたしの映像を見たんですよね」
「分からないが、やはりそうなのか?」
心当たりは朝のアパートだ。
よくわからないし、顔も出てこないが『広哉』とか向こうでも言っていたな。
なんでやっぱり僕のことを呼び捨てなのだろう。
「ならば、それはあたしの知らないところでオシリスが何か作用していることです」
毬菜の言葉に説得力があった。
確かに四か月前のオシリスも、プロジェクションマッピングを使っていた。
今朝のガラス戸に起きたのも、おそらくそれと同じ類だろう。
「でも、二人でやるオシリスのゲームをやる意味が僕にはない」
「待ってください!」
「なんだよ……」
「意味はあります、ファラオになれますから」
「ファラオ?」
「はい、オシリスのゲームに勝利すると『ファラオ』になれるんです。
ファラオというのは、神聖皇帝でどんな願いもかなえることができる力を持ちます。
それは永遠の富から、絶対的な美貌から、死者の蘇生から、ありとあらゆる全てを叶えられます」
「嘘だろ……そんなの非現実的だ」
「嘘じゃないです、あたしはそう聞かされてきましたから」
毬菜のピュアな目は、僕の顔を写していた。
よどみも曇りもないその目は、嘘ではないとどこかで信じられた。
「マジか?」
「はい、マジです!」
「そうか僕には……叶えたい願いがある」
それは過去の僕の過ち。
僕のミスが招いた一つの悲劇。僕にだけ残ってしまった命。
もしも世界に七つそろうと願いが叶う玉があるのなら、絶対頼むであろう願いが僕にはあった。
だけどそんなものは世界になくて、僕は世界に絶望していた。
何も楽しくない、何も面白くない、魅力さえ感じない。
そんな僕を唯一やる気にさせるのが、不可能を可能にする叶えたい願いをかなえる力。
奇跡と言ってもいい、その力を僕は欲していた。
空想混じりの絵空事だと思っていたけど、僕がゲームに勝てば実現できる。
それを聞けば、いてもたってもいられない。僕は目の色が変わった。
「では、どうすればいいんだ?」
「まずは私とコントロール契約を結んでください」
「コントロール契約?」
「はい、コントロール契約です。私をあなたが制御……してください」
なぜか毬菜の顔色が赤い。毬菜はものすごく照れていた。
照れる毬菜をよそに、僕はどこか高揚していた。
「一体何をさせるんだ?」
「こっちに……」
毬菜が僕の手を引っ張っていく、意外と力があった。
そして僕は毬菜の力に引っ張られて乗ったのは、地下に降りるエレベーターだった。




