063
(MARINA‘S EYE)
――これはあたしがよく見る夢、あたしの潜在的な記憶に残った物語。
その場所はレンガで作られた床と壁、まるでヨーロッパの運河を彷彿とさせていた空間。
そばにはいくつも商店が川辺を彩っていた。
バレンタインに近いこの時期、あちこちにバレンタインの文字が躍る。
それを初めて見た、あたしの視界は最初闇に閉ざされていた。
だけどあたしの目の前の視界が徐々に明るくなって、叫び声が聞こえた。
「きゃーっ!」
それは女の人の悲鳴、はっきり開けた視界のなかには一人の男がうつぶせに倒れていた。
「嘘っ!」
思わす声を上げた、そこは吹き抜けの通路。
さらにはあたしの右手には何かはっきりとした重い質感があった、それは拳銃だ。
真っ黒な拳銃があたしには握られていた。
「なぜこんな惨劇に」
あたしには途中までの記憶がない、だけど理解はした。
あたしの叫び声に反応してか、周りにいた人間が反応していた。
ざわざわと集まりだした、もちろん視線の先はあたしだ。
「やっていない、嘘だ!」
あたしは必死に否定するが、証拠は手元に残っていた。
よく見ると、さらに奥にも倒れた人間の姿が見えた。
あたしは、恐怖を視線と感じていた。
「あの人です、あの男です」
「違う……違う」
「ちょっとあんた、何してくれるのよ」
男に駆け寄る女は、真っ黒なドレスを着ていた。
険しい表情であたしの方に傘の先端をさしてきた。
「分からない」
「この人殺し!」
「違う……」
浴びせられる言葉に、あたしは言葉に耐えきれずにその場を走った。
走りながら、あたしは周囲の目をはっきりと感じていた。
そしてあたしの中に、声が響いた。
(トイレに入れ)男の声だ。
その一言で、あたしの足は自然と向かっていく。
(なんでそんな目であたしを見るの?)
あたしはただ、走っていた。走ってトイレの方に駆け寄っていた。
後ろから視線を感じながら、あたしは逃げるようにトイレのコーナーに入っていく。
だけど、あたしは女子トイレに入らなかった。手前の男子トイレに入っていく。
男子トイレで、黒っぽいショートカットの男と遭遇した。
(この人も……どこかで)
あたしはそう言いながらも、男子トイレの個室に入っていく。
そんなあたしの体が、男子トイレに入った瞬間にノイズのようなものが起こった。
体がアイスの様にとろけそうな感覚に陥った。
(あたしは……)
喋ろうとする言葉が声にならない。
そのままあたしは再び、目の前が真っ暗くなった。
だけど、すぐさま目が覚めた。
「あたしは……ここにいる」
呆然とした言葉で、あたしは何かを忘れていた。
さっきまでやっていたことを、あたしは忘れていた。
ゆっくりと男子トイレの個室を出た時、トイレには誰もいなくなった。
周囲を気にしながら、あたしはトイレを出て行く。
そんな時、あたしの前には背の高い男が出てきた。
「すまないが、このあたりに男が一人来なかったか?
ひげが生えた猫背の男だと思うのだが」
そんなあたしが聞かれると、あたしの目の前がまばゆい光に遮られた――
「あたし……」
あたしの体は布団の上にあった。
黒い下着姿で布団の中にいたあたしは、呼吸を乱していた。
「夢か……ひどい夢だなぁ」
あたしはこの夢を何度も見ていた。
だけどあたしは、いつも思っていた。
(それが君の過去だ)
「誰?」あたしの頭の中に、言葉が響く。
その声ははっきりと聞き覚えがあった。何より、あたしのいた部屋のタンスがぼんやりと光で包まれた。
どこからその光は届いたのかわからない。
この部屋は広哉のお母さんの部屋らしい、一階の寝室。
「オシリス?」
「そうとも、これは今の君に与える三年前の記憶だ」
「あたしの三年前の記憶?」
「君が勝ち上がるたびに、君の記憶は解放する。それは前にも話した通りだ」
オシリスはあたしの中に言葉を流してくる。
「あたしは本当に人を殺したの?」
「そうだ、君が殺したんだ。君の手で……」
「なんで?」
「それはいずれわかることだ。勝ち上がれ、生き残れ……君の助けとなる者と」
オシリスとはそれきり会話ができなくなっていた。
あたしは胸に手を当てて、呼吸を乱していた。
それをごまかすかのようにあたしは、カーテンを開けた。
そこから暗い部屋に光がさしていた。




