054
――この話はやはり五年前のキャンプをしたときの話だ。
小学生の僕達は、自然のテーブルを囲んでご飯を食べていた。
コテージそばにある大きなテントに、コテージ班ごとに集まっていた。
僕達の班は、炊き込みご飯を作っては呰見と雅と食卓を囲む。
「去年より、上手くできたかな」
「うん、おいしいよ」
フォーク片手に、呰見は嬉しそうに食べていた。
隣にいる雅は、皿に盛られた炊き込みご飯に難しい顔を見せていた。
「どうした、雅?」
「うむ、大丈夫だ」
「何か苦手なものがあるのか」
「いや……ないぞ」
そう言いながら、一生懸命フォークを使って食べようとしていた。
が、なぜか手が震えて口に運ばない。
「雅?」
「大丈夫だ」
「本当か?食が進まないぞ」
「ああ、大丈夫だルイ」
僕の言葉に、雅は明らかに何かをためらっているようだ。
それに気づいた呰見は、雅のほうへ近づいてきた。
「雅ちゃん、ニンジン嫌いなの?」
「そ……そうではない」
「でもニンジンいっぱい残っているよ」
「あっ、ホントだ」
呰見の言うとおり、雅は一生懸命皿にあったニンジンを避けていた。
ほじくるように炊き込みご飯からニンジンを取り出しては、よけていたのだ。
「ダメだぞ、雅。好き嫌いしたら」
「ううっ、苦手なものは苦手だ」
「でも、ちゃんと食べないと大きくなれないよ」
呰見に言われて、雅は困った顔を見せていた。
「でもこの微妙な甘み、赤い色、わらわはどうしても嫌なのだ」
「せっかくさ、お手伝いの人が持ってきた野菜だから食べないとだめだよ。
佐藤さん地の畑で採れたものだから、おいしいと思う」
佐藤さんとは、このキャンプで同伴してくれるおじさんだ。
ボランティアで野菜を提供してくれた、近所で農家の人だ。
「じゃが……」
「雅ちゃん、おいしいよ」
呰見がおいしそうにニンジンを食べていた。
それを真剣に見ている雅、皿の隅に追いやったニンジンを見ていた。
「ほら、呰見だって食べるんだ。僕だって」
僕も雅の前でニンジンを食べて見せた。なるほど、佐藤さんのニンジンは甘くておいしい。
「なぜ、二人とも食べられるのじゃ」
「おいしいからだよ、雅ちゃん」
「呰見……」
「食べよう、ニンジン」
呰見は、にっこり微笑んで雅の前でまた食べて見せた。
雅はそれでも手を振るえて、フォークを置こうとした。
「雅、諦めるのはダメだ!」
「ルイ……なんで?」
「ニンジンを食べられるのをここで諦めたら、二度と直らないよ」
「それでもいい」
「そんな雅を、ルイは軽蔑するな。ニンジンが嫌いな雅は女王でも何でもないよ」
「ルイ……それはズルイ」
「じゃあ、女王なら食べられるだろ」
「う……うん」
雅は半分強がって、再びニンジンを掴んで口元に運んでいく。
そのまま目をつぶって食べた。
「おいしい?」
「……マズイのじゃ」
雅はやっぱり嫌そうな顔を見せたが、何とか口を動かして食べようとしていた。
「そうだ、雅」
「ルイ、酷いのじゃ」口の中のニンジンを食べた、雅。
「やればできるじゃないか、雅」
「……ルイ、何故ニンジンを?」
雅は半分泣き出しそうな顔に変わっていた。
「それは雅のためだよ」
「わらわのため?」
「ああ、雅が大人に、立派な女王に成長するためさ。
雅は女王になるんだろ、立派な女王に」
「そうじゃ……女王なのじゃ」
「だったら……」
「むむむっ、なんだかやりこまれたが仕方ないのう」
観念したのか、ゆっくりとそのあともニンジンを食べていた。
それを嬉しそうに見ていた呰見、僕も雅のニンジンを食べるのを応援していた。
「広哉さんは苦手な物はあるの?」
「僕か……食べ物じゃないけど」
そう言いながら、僕は一つのゲームの名前を挙げた。




