表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕たちのレトロゲームが世界を救うこともある  作者: 葉月 優奈
五話:僕のレトロゲームの中にも苦手なものもある
43/129

043

――七年前の夏休みは、とても暑かった。雲一つない青空、太陽が眩しい昼の時間。

小学校四年の話、僕がまだ何も考えていなかった頃の話。

プールから帰る僕は、プールバックを背負い一人で歩いていた。


セミの音が激しく聞こえたこの日。

住宅街を歩いていると、そばには小さな公園があった。

夏になると、遊具も熱くて遊ぶ人間がほとんどいなくなった。

だから、誰もいないはずだった。


(こっちを抜けるか)

僕の家は、公園を抜けると早く帰れるようになる。

近道も兼ねていたこの公園を歩いていると、何やらドスンと物音が聞こえた。

すべり台の後ろの方から、僕の足元に黒い傘が開いたまま僕の足元に転がってきた。


「なんだ、こいつ?」

人がいない昼下がりの公園で声が聞こえた、それは僕と同じクラスメイトの男子の声。

だけどクラス内での評判が、芳しくない太った男だ。

その男が、手下のような下級生と何かを取り囲んでいた。


「わらわは女王じゃ、決して姫ではない」

「おもしれえガキだ」

「触れるで……なにをする?」

だけど三人で男が囲んだ中に、古風な喋りをする女は投げ飛ばされた。

熱そうな土の地面に叩きつけられたのは、真っ黒なドレスを着た女の子。

泥だらけに汚れるドレスを、女の子は優雅に埃を払う。


「むうっ」

「変な格好しているヤツは気に入らないんだ」

「そうだ、お前なんだかむかつくんだよ。白い髪しやがって」

「話聞いたことあるぜ、こいつ魔女なんだ」

「おお、魔女っぽいしな。魔女は狩らないとな」

「わらわは魔女ではない」

「黒いドレスに、怪しい傘、どう考えても魔女じゃねえかよ」

太ったクラスメイトは、怪しそうに笑っていた。

倒れた黒ドレスの女の子の胸元を掴む。


「お前、気味悪いんだよっ!」

悪そうな顔で、黒ドレスの女の子に手を振り上げた。

女の子は怯えたりしないが、目だけはつぶっていた。


だけど、次の瞬間僕は男に向かって飛び蹴りを浴びせていた。

何も考えなかった、体が反応していた。

蹴りを浴びせて、大男は後ろにのけぞった。


「逃げるよ」

「うん」僕は自然に女の子の手を引いて公園を走っていた。

僕の飛び蹴りを喰らった男子は、すぐに取り巻きの部下が近づく。


「あいつは、幸神か。やろう……追え!絶対逃がすな」

声と同時に、二人の男の子は僕の方に走ってきた。


それから五分ほど、運よく僕は自宅に逃げ切ることができた。

さすがに自宅のドアの中に入れば、小学生の追っ手も追いかけられない。


足音を聞いて、僕は大きくため息をついた。

「ふうっ、しつこい奴だ」

「……わらわは」

僕に手を引かれた黒いドレスの女の子は、やはり息を切らしていた。

手を引いて猛ダッシュしたからな、無理もない。


「傘が……」

「傘?ああさっき、公園に転がってあったな」

僕がさっき見た傘を、思い出した。しかし、今公園には奴らがいるはずだ。

前回は不意打ちで一発蹴りをぶち当てたが、三人を相手にするほど僕は強くない。

自分の力量は、これでもわきまえていた。


「傘か?後で取りに行った方がいい。奴らがいるだろうし」

「じゃがわらわは……」

「しょうがねえな、僕が行くからそこで待っていろ」

「うむ」

なぜか少し偉そうに女の子は頷いた。

小さな僕は恐れを知らずに、ただ傘だけを取りに公園に向かったのだった。


……それから十分後、僕はボロボロになって帰ってきた。

ドアを開けると、黒ドレスの女の子が心配そうな顔で出迎えた。


「どうしたのじゃ?」

「ああ、取ってきた」

しかし僕は顔に殴られた後、足も腕も擦りむいて血が出ていた。

来ていた緑色のシャツはヨレヨレで、砂まみれ。見るからにボロボロだった。

でも黒い傘は持っていた。手から離すことはなかった。


「へへっ、見つかった」

「なぜそうまでするのじゃ?」

「傘を取りに行ったんだろ、当然だ」

僕は女の子に黒い傘を渡した。

黒いドレスの女の子は、じっと僕を見てしゃがんだ。


「……助けてくれてありがとなのじゃ」

「おう」

僕は服の埃をはたいて立ち上がった、短パンの膝には擦りむいた傷があって痛みがある。


「じゃが、わらわをどうして助けるのじゃ?」

「レトロゲームのヒーローはみんな女の子を助ける、ならば僕もやったのはそのヒーローと同じ。

女の子を助けるためだけに、高いピラミッドや悪魔の王に立ち向かう。

それだけのことだよ、そこには想いしかないんだ。

言葉では表せないほどの感情だけの熱い想い」

「……ルイは強いのじゃ」

いきなり、女の子は僕に変なことを言ってきた。


「ルイ、なんだそれは?」

「ああ、やはりお主はわらわのルイじゃ。わらわにとってルイは必要なのじゃ」

「ルイだか何だか知らないが、僕の名は幸神(さいかみ)広哉だ。お前は?」

「マリー・アントワネット・ジョゼファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・ドートリシュの転生後の姿じゃよ。

女王じゃ、決して姫などではない」

「ああ、そういえば『一ねん、ただれ みやび』って傘に書いてあったな。

雅は、晴れているのに何で傘をさしていたんだ?天気予報も今日は快晴って……」

「これは日傘じゃ、日の光が強いからじゃ。

わらわは日の光に弱い、わらわの肌も日の光に弱い、故に日傘をするのじゃよ」

「ふーん」

今の一年生は、進んでいるのか女の子がこういう遊びが流行っているのかわからない。


「とにかく今は帰れ、アイツらは公園を出て行ったから、今がチャンスだ」

「うむ、分かったのじゃ。ルイ、礼を言おう」

「その前に、無事に家にたどり着けたらな」

僕はそう言いながら、女の子のために玄関を開けていた。

その時の女の子は、とても眩しい程の笑顔を見せていた――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ