024
――これは僕が小学生二年生の夏休みの話。
夏休みのある日、扇風機が回る手狭な部屋。
僕が来ていたのは、毎年行きたくなる四畳半の夢の国だった。
だけど関東にある夢の国や、関西にある映画のテーマパークなんかじゃない。
ここには僕の心を捉えてやまない、夢の国がある。
それはたった一つの、地デジにも対応していないテレビがそれを運んでくれた。
そう、レトロゲームだ。ここは親戚の家。
小学生の僕はずっとゲームを見ていた。目を輝かせてテレビ画面を見ていた。
「すごい……十面をノーミスでクリアした」
「当然だろ、俺はプロ級だからよ」
小さい僕はテレビ画面をずっと見ていた。
この部屋の住人である従弟が、やっていたのは伝説のレトロゲーム『マイトナバンジャップ』だった。
ステージをクリアして、王家の財宝部屋というボーナスステージにやってきた。
ボーナスステージって言っても敵はしっかり出てくるが。
「次のステージはまた難しいんだよな」
「うん、火の海ステージだね」
「分岐の条件がよくわからない」
「ネットで調べないの?」
「広哉、お前はピラミッドを探索するのにネットを使うのか?」
そう言いながら従弟のお兄さんが、不機嫌な顔へと変わる。
小六でも大柄の従弟の名は、『佐伯 加布羅』。僕の従弟だ。
僕が大好きなレトロゲームの師匠だ。そんな師匠が僕に人差し指を立ててきた。
「レトロゲームの良さはなんだ?
探求だ、探検だ、冒険だ、想像力だ。なにより分かりやすい世界感だ」
「うん」
「彼らの世界にネットはあるか?攻略本はあるのか?
無いだろう、彼等は情報がないのに一つ一つ調べながら慎重に進んでいく。
これが彼等と同じ立場になるには、必要なことだ」
力説する加布羅兄さんに僕は目を輝かせて納得した。
「そうだね、僕もそう思う」
話ながらも加布羅兄さんは、敵をかわしてステージのダイナマイトを取っていく。
「広哉、将来の夢はあるか?」
「いきなりなんだ。加布羅兄さん」
「広哉は将来何がしたいんだ?」
「急に言われても……僕は何かヒーローになりたいです」
咄嗟に出てきたのは、この前見た特撮のヒーローものの映像。
かっこよく敵をバタバタ倒していく、漆黒のヒーロー。
携帯電話みたいなので変身をして、敵と戦うヒーロー。
「ヒーローか……子供らしくていい夢だ」
「加布羅兄さんは何になりたいんですか?」
「昔は俺もヒーローだった。広哉の時代のころはそうだろうな。
正義とかに憧れるからな、でも今は違う」
「じゃあなんですか?」
「俺はゲームを作る」
加布羅兄さんは、小学生高学年にして堂々と胸を張ってその台詞を言った。
ダイナマイトを回収する手を緩めず、半分以上のダイナマイトを回収終えた。
「ゲームを作るってどうやって?」
「広哉、そこらへんにノートあるから取ってくれ」
「うん」僕は山積みされた漫画の中から一冊のノートを取り出していた。
そして、そのノートを見るなり僕の目が輝いていた。
「うわっ、すごい。何これ?」
「それは俺が考えた新しいマイトナバンジャップのステージだ。
敵の場所、宝箱の場所、ダイナマイトの場所。これを考えるのに一週間はかかったぜ」
「すごいね、これ」
「だろ、俺はゲーム会社に入ってマイトナバンジャップの新作を作る。
マイトナバンジャップはほかのハードでもいくつかリメイクされているけど、続編はあっても新作はない。
だから俺がゲーム会社に入って、新しいマイトナバンジャップを作るんだ」
「すごい……すごいよ加布羅兄さん!」
「任せろ、よしっ、クリア」
喋りながらも、王家の財宝部屋をクリアしていた加布羅兄さん。
それを聞いて、僕はずっと目を輝かせてノートを見ていた。
「やっぱり加布羅兄さんはすごい」
「だろ、俺はほかのやつと違う。俺を中心に世界は回っているんだ。
今もそんな気がしてならないぜ」
「すごい……」僕はあこがれの目で加布羅兄さんを見ていた。
そんな加布羅兄さんは、難しい顔を見せていた。
「だけど次は十一面だ」
「うん、前回失敗したところだね」
「よし、時間切れにならないようにステージ内をジャンプしまくるぞ。
怪しいところがあったらすぐに知らせてくれ」
「わかった、よく見ているね」
「任せろ!ピラミッドは男のロマンだ」
ビシッと親指を立てながら、コントローラーを握った加布羅兄さん。
リサルト画面を終えて、加布羅兄さんはゲームをスタートさせていた。
ゲーム画面に見えるは足場ほとんど火の海だ。しかも、いきなり足元が開いていた。
すぐさま、ゲームステージで最初の床をジャンプする。
ここが……早速あった。
ジャンプをした下の床が抜けて出てきたのが、ドリンクだ。
「ドリンクだね」
「でもここではドリンクはとらない」
「えっ?ドリンクは時間が増えるよ」
「タイムが百を超えると拷問部屋に送られるからな」
「拷問……部屋?なにそれ?」
「ああ、それはとても恐ろしい部屋だ」
加布羅兄さんが、いきなりゲーム画面にタイムを止めた。
体を震わせて、恐怖の目線を煽っていた。
小学生の僕はただならぬ雰囲気にただ怖がっていた。
お化けとかは子供でもあまり信じていないが、拷問という言葉が怖いことはなんとなくわかっていた。
「そんなに恐ろしいの?」
「突然緑色の手が伸びてきて、ジャップを掴むんだ。
持っていたパワーアップコインは全部没収されて、敵しかいない部屋に閉じ込められる。
まさにこの世の地獄だ、阿鼻叫喚の地獄がそこにはある」
「地獄……」
想像したのは古風な針山の地獄、それからかまゆで地獄を想像した。
そこに茹でられる主人公の一ドットとキャラのジャップ。
想像しただけで僕は体が震えた。
「怖い……地獄……」
「拷問部屋はアイテムも、パワーアップもできない。
溜めたパワーも全部没収されてしまう。しかも敵が次々と湧いていく。そんな部屋に閉じ込められる」
「ねえ、どうすればいいの?」
「死ぬしかないんだ」
怯えた顔で僕は加布羅兄さんを見ていた。
加布羅兄さんの神妙な顔の演技に、僕は恐怖と不安が入り混じった顔を見せた。
顔をひきつらせて、今にも泣きだしそうに加布羅兄さんに抱きついた。
「やだ……やだ死ぬのは!」
「はははっ、大げさだな広哉。
マイトナバンジャップは、欲張ってはいけない、求めすぎてはいけない。
人生もゲームも欲張ることはいけない、ほどほどでいいんだ。欲張りは拷問部屋に閉じ込められるから」
「拷問部屋に行ったら、全部終わりなの?」
「それは違うぞ。俺は見つけたんだ、拷問部屋の脱出方法」
「あるの?」
「そう、今度閉じ込められたら教えてあげるぞ。
さあ、そんなことよりピラミッド攻略だ。男のロマンは攻略しないといけない。
ついてきてくれるな、広哉」
加布羅兄さんは優しくにっこり僕に語りかけた。
当然小学生の僕は、無邪気にうんと頷いていた――




