018
教楽来に呼び出された僕は、仕方なく外出をすることにした。
晴れている外とは対照的に、僕は地下へと階段を下っていた。
ジーパンに黒いシャツ、いつも通りの格好だ。
僕の目の前の階段は地下鉄へと繋がっていく。
通学・通勤ラッシュを過ぎたこの時間は、地下鉄の客もだいぶ少ない。
僕はポケットに手を突っ込んだまま、地下鉄ホームを目指す。
だけど階段の踊り場に一人の女が、僕をふさぐように立っていた。
毬菜ぐらいの年頃の少女は、いかにも人目につきそうなゴスロリ風のドレスを着ていた。
胸元にある赤い宝石は、昔僕があげたオモチャの赤いガラス玉。
縦ロールの髪をかきあげて、僕の方を見上げていた。
「暇そうね、ルイ」
「なんだ……雅か。お前も今日はサボリか?」
「暁の姫は絶対にサボりはしないのじゃ」
胸を張って言ってきた自称『暁の姫』こそ雅の成長した姿だ。
今の雅も、小学生時代とあまり変わらないゴスロリ趣味だ。
厚底靴を履いていても僕より背が低い雅は、僕の方をじっと見上げてきた。
階段を下りた僕は、面倒くさそうに雅を見下ろしていた。
背はかなり低い、厚底靴を履いてもやはり僕の方が背は高い。
「ルイ、わらわはあなたを元に戻さないといけないの」
「また、お姫様ごっこか。厨二病全開だな」
「実際かわいい二年のJCなんだから文句は言わせないのじゃ、ルイ!」
「脳内の設定で勝手に僕を呼ぶな、同類と思われるだろ」
「うるさい!姫であるわらわに口答えをするでない!」
腰に手を当てたまま、僕の顔を指さしてきた雅。
怒った雅に対し、僕はやれやれと首を振っていた。
ちなみに『ルイ』とは雅が僕に対する呼び名だ。
こんな僕と雅の関係は、きっと通行人には変人に思われるんだろうな。
そう考えると、雅は実に面倒くさい女だ。
「別に用がないなら僕はもう行く、やることがある」
「何を言っているの?わらわはね、ルイには昔のルイに戻ってもらいたいのじゃ。
誠実で正しい王子に戻ってもらうのじゃ」
「はあ?王子でもルイでもねえし……お前の顔を見ているととても不愉快になる」
雅も僕の中で『僕中三大不愉快人間』の一人だ、顔を見るだけで過去のトラウマを思い出してしまう。
昔の僕がいいだの、ルイに戻ってほしいだの、面倒くさいこのうえない。
「……分かっている。でももういないのじゃ、何をしたってあの子は絶対に帰ってこないのじゃ」
「うるさい!」
僕はすぐさま雅の襟元を掴んで、右手に拳を振り上げた。
反射的に雅が怖くて目をつぶった。
しかし僕は雅の顔に手を振り下ろしたはずが、別の男の顔をはたいていた。
「あううっ」
情けない声が聞こえて、雅と僕の間に割り込んだ男が頬を抑えて僕を見ていた。
「大翔……」
「兄貴、雅様に指一本触れさせない。それがしが相手ですぞ」
頬を抑えながら、なぜか反笑いで僕を見ていた。
詰襟の学生服を着た男は、『幸神 大翔』。中三で僕の二つ下の弟だ。
それにしても大翔は、相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「それがしは雅様の盾です、雅様のおもちゃです、雅様の奴隷です。
痛い思いをするのはそれがしだけで充分ですぞ」
「相変わらず大翔はキモイのじゃ!」
雅の罵声、僕も雅と同じく侮蔑の視線を送るが、妙にうれしそうな大翔。
「そうね……でもわらわは、今のおぬしの方がよっぽどキモイぞ、ルイ!」
「黙れよ、雅!」
僕はその場で苛立ちを隠さずに雅から逃げるように階段方面に下っていく。
そんな僕に勝ち誇ったかのように言い放った雅。
「ルイ……どうしてもあなたは立ち直らないといけないの!」
「立ち直る必要はない、僕はずっとこのままだ。世界は面倒だ」
「待つのじゃ、ルイ」
「これ以上僕に関わるな!」
僕は肩を怒らせながら雅の横を通り抜けて行った。
雅はそんな僕を寂しそうな目で見送るしかなかった。